本気の騎士
「それはそうと、引き上げて貰う時に自分の頭蓋骨に頭を打ったんだが…」
俺の発言に父が困惑な表情をした。
解らないのも無理は無い。あれは体験した者でなくば解らないだろうから。
「あー、普通に抜いちゃうと死んじゃうから、頭蓋骨を蓋にして留めたんだよ」
これまた事も無げに言い放つ北嶋。
ハッキリ言ってよく解らないが、多分彼の頭の中では辻褄が合っているのだろう。
俺は改めて辺りを見る。
ん?あれは北嶋の仲間の葛西と言ったか?
血相を変えて此方に向かっているが…
北嶋の女、神崎も走って向かっている?
何があった?
ゆっくりと北嶋に目を向ける。
北嶋の後ろでリチャードがマシンガンを構えているのが目に入る。
!
誰を狙っているかは銃口で解った!!
「北嶋ぁ!!!」
俺が叫ぶと同時に、北嶋の後ろに周り込む人影が一つ。
レオノア!!!
ダダダダダダ!!!
弾が発射される音と共に、レオノアが血を噴き出した。
レオノアがスローモーションのように倒れていく……!!
すぐさま神崎がレオノアの胸にタオルを押し当てた。
「大丈夫!急所は外れているわ!早く手当てを!」
安堵する間もなく、リチャードは険しい顔をレオノアに向けて辛辣な言葉をかける。
「ヴァチカンの騎士とあろう者が、蛮族を、異教徒を庇うとは!!だからお前は駄目なんだ!!俺の邪魔ばかりしやがって!!」
リチャードは直ぐ様北嶋に狙いを定めた。
「愚かな真似はやめろリチャード!!」
父が叫ぶ。
「大丈夫ですよ教皇!ヴァチカンの汚点など、直ぐに揉み消してやりますから!!」
リチャードは醜く笑いながら引き金を弾く。
刹那!リチャードの身体が派手にふっ飛ぶんだ!!
マシンガンが手から離れて床に転がる。
「この馬鹿野郎が!!」
葛西がリチャードを鬼のような形相で睨み付けた。彼の蹴りがリチャードをぶっ飛ばしたのか。
葛西は無言でリチャードの右腕を踏み付けた。手加減せずに。
「ぎゃあああああ!!!」
鈍い音と共に、曲がってはいけない方向に曲がった右腕を押さえながら、リチャードが絶叫した。
「右腕だけで終わると思うんじゃねぇぞ!!」
葛西は背中から鬼を出し、リチャードの左腕を掴ませる。
「この野蛮人が!!ヴァチカンの騎士の俺に向かって…っぎゃあああああああああ!!!」
背中の鬼は躊躇い無く、リチャードの左腕を折った。
転げ回るリチャード。それを顔を踏み付けて止める葛西。
「テメェ!俺が間に合って良かったと思え!!」
葛西が親指を立てながら後ろを差す。
そこには怒りに満ちた九尾狐が、九つの尾をリチャードに向けていた。
――退け、鬼!!
葛西が引いたら、九尾狐はリチャードを間違いなく殺す。
俺も教皇も、その激しい魔力に動く事が出来なかった。それ程の魔力を、怒りをリチャードにぶつけていた。
「テメェに殺させねぇ為に俺が潰したんだろうが!!こんな糞野郎でも人間だ!殺したら北嶋に嫌われちまうぞ!!」
――…そうは言うても勇に銃を向けた愚か者には、妾が死をくれなければならぬ!!
悶絶して横たわっているリチャードを踏み付けながら、葛西と九尾狐が睨み合っていた。
「お前等やめろっつーの。銀玉鉄砲如きで俺が殺れるかよ」
北嶋が呆れながら止める。
「おら、テメェの主人がやめろとよ!」
――全く以て不愉快じゃ!
葛西と九尾狐が同時に離れる。しかし離れ際、九尾狐は一本の尾でリチャードを絞めた。
「ぐああああああ!!」
――拘束だけはさせて貰うぞ!文句はあるまいな鬼!
「好きにしろ。俺だってムカついてんだ。間違って少し強く絞めても文句は言わねえよ」
そう言ってこちらに来る葛西。
「北嶋さん!撃たれた騎士を治して!」
急所が外れているとは言え、神崎が慌てても無理はない出血だ。
「ま、しゃーねーか。代わりに撃たれたんだからな」
北嶋は胸から賢者の石を取り出した。
「…いや、これ以上迷惑は掛けられない。レオノアは俺が何とかする」
そう言って北嶋を制した俺。
レオノアは苦しいのか、ヒュー…ヒュー…と喉の奥で呼吸しているような音を出していた。
「ってもお前、ここには救急箱も無いんだぞ?」
俺は疑問に答える代わりに、白い革のロングジャケットを脱ぎ捨てた。
「アーサーお前…」
父が驚き、俺を見る。
「お前、背中に鍋の蓋背負ってんのか?」
もの珍しそうな北嶋に苦笑しながら言う。
「鍋の蓋じゃないよ。これはガラハットの盾だ」
「ガラハットの盾だと!?」
「あなたがそれの所有者だと言うの!?」
驚く葛西と神崎に応えるように黙って頷く。
二人は信じられないと言った表情で俺を見た。
俺は背負っていたガラハットの盾を下ろした。
「何か凄いモンみたいだが、何だそれ?」
「ガラハットの盾は、聖杯探求に成功したガラハット卿が持っていた盾さ」
知らない北嶋に説明をする。
とある村の修道院に『持ち主が災いに襲われる』という噂と『聖杯を手にする』という噂をもつ、不思議な盾が安置されていた。
ある騎士が、この盾を手にしたところ、謎めいた白い騎士に襲われ、重症を負った。白い騎士は「この盾はガラハットのものである」と言い残して姿を消した。
そこで騎士の従者はガラハット卿を捜し、盾を渡した。
すると、その後、白い騎士は現れず、やがてガラハットは聖杯探求にも成功した。
俺は純白に輝く金属でできた、真ん中に赤い十字が描かれた盾を撫でながら続ける。
「ガラハットの盾は、そのまま防具として使うんじゃない。聖杯を喚ぶ道具でもあるんだ」
「だけど、その盾は純粋な者にしか反応しない筈じゃ…」
神崎の疑問の通りだ。
アーサー王ですら聖杯を探せなかった。
ガラハット卿が唯一聖杯を探し当てた。
その理由が、純粋過ぎる程純粋だったから。
「俺は純粋じゃないが、ヴァチカンに来て最初に手に馴染んだ道具が、このガラハットの盾なんだ。それには恐らく何か意味があるんだろう。だが、今の今まで、俺は聖杯を喚ぶ事はしなかった。怖かったからだ。失敗が怖かったからた。だが、今は違う」
俺はレオノアの上に盾を翳す。
「怖いのは、何もしない事だと解ったんだ!!だから喚べる!!聖杯よ!その姿を現せ!!」
皆が固唾を飲んで見守る中、北嶋だけはボケーッと見ていたが、純白の金属に描かれた赤い十字が光り出す。
「白と赤が共に光って、黄金色に見えるな…」
葛西の言う、その白と赤が入り混じって出来た黄金色の光の中から、白い透明の、杯が現れた。
「おお…あれが聖杯…」
父が手を組み、跪いて涙する。
白い容器の中から、赤い液体が湧き出るように現る。
「あれは血か!!」
「もしかしたら…イエス・キリストの血!?」
聖杯とは、キリストが処刑された時に、その血を受けたとされる杯。
数々の奇跡をもたらすとされる。
聖杯伝説が本当ならば、湧き出た血こそ、奇跡を産むキリストの血に他ならない。
俺は聖杯を取り、レオノアの口に血を含ませる。と、同時に聖杯は消えた。
「無くなっちゃったな?」
キョロキョロと辺りを見る北嶋。
「無くなったんじゃなく、役目を終えたから帰ったんだろう」
再び現れる必要がある、その時まで、俺がいくら願っても聖杯は出て来ない。何故かそう感じた。
「…ぐっ!」
「!レオノア、大丈夫か?」
撃たれた傷を見ると、傷口はすっかり塞がり、外傷を探す事すら困難な程に回復していた。
「い、生きていたか…」
口元が緩むレオノア。
「すまなかったレオノア。俺が不甲斐ないばかりに」
深々と頭を下げ、謝罪する。
「何、未熟なのは俺も同じさ」
そう言って、俺の肩をポンと叩く。
俺は涙を堪えるのか精一杯な状態になっていた。
「は、はははははっ!!よくやったアーサー!!流石ヴァチカン最強の騎士!!さぁ、この薄汚い妖狐を殺して俺を救い出してくれ!!」
リチャードが笑う。
場に居る全員がリチャードに嫌悪の目を向けた。
「おいバカチンリーダー、いい加減しろよ?」
北嶋が命令を出せば、九尾狐は拘束から締殺する事になるだろう。
それを知ってか知らずか、リチャードは強気だった。
「ふん、蛮族が!!貴様も見ただろう!!『我等の』アーサーが聖杯を出現させた事実を!!」
聖杯で自分の傷も治して貰おうと、聖杯を出現させた俺は、自分の部下だと、そう言っている。
悲しくなり、周りを見る。
葛西と目が合う。
先程、『北嶋の為に』九尾狐とリチャードを守った男だ。
葛西がリチャードを潰さなければ、九尾狐にリチャードは殺され、可愛がっている九尾狐を、北嶋は『人殺し』として、いつものように接する事は無いだろう。
神崎…
リチャードに銃口を向けられた北嶋を、全く問題無いと知りつつも、その身を以て守ろうと走っていた。
この二人の行動には計算が無かった。
北嶋を助ける。
その感情のみで動いたんだ。
続いてレオノアと目が合う。
北嶋の盾になり、弾を受けたのは、ヴァチカンの誇りの為…これ以上ヴァチカンの名を堕とす事は出来ない、との想いで起こした行動だ。
そのレオノアは、俺と目が合った直後、首を横に振った。
そこには、リチャードを哀れむが如くの表情。
リチャードを責めたり、呆れたりしていない。
その表情を汲み、再びリチャードを見る。
リチャードはこの状況の中、決して自分の考えを曲げようとはしていなかった。
ヴァチカンの教えが全て。
ヴァチカンが全ての頂点。
ヴァチカンが世界を救う。
全てヴァチカンの先人達が教えた事だ。
リチャードはただ、教えに忠実なだけだった。
そこには強さもある。
だから憤怒の魔王の悪魔堕ちに選ばれなかった。
つまり、何もしていないのは俺だけだ。
リチャードの望みを汲み、レオノアの望みを汲み、尚且つ北嶋の仲間達に劣らないように、北嶋に借りを返す…
一つ…一つだけ思い付き、俺は立ち上がる。
今、俺は生まれて初めて自分の為に戦う事を決意した。
全ての事柄にケジメを付ける為に。
「解ったよリチャード。俺はヴァチカンの騎士だ。教えには従わなきゃならない」
ニヤッとするリチャードと反し、重い空気を出しながら俺を見る周りの皆。
「そんな事はしなくともいい!!」
「そうだアーサー!!間違いは間違いでいいんだ!!」
解っている。いや、さっき解ったと言うべきか。
それでも俺は北嶋に歩み寄る。
「悪いが、俺はヴァチカンの騎士。君に借りを返したいが、カトリックでは自殺は重罪なんだ」
「…何が言いたい?」
「リチャードの数々の暴言は、教えによって植え付けられた物だ。だが、君も腹に据えかねるだろう」
そう言って折れたエクスカリバーを手に取る。
「ヴァチカンの間違いと、君に助けられた借りは、最強と呼ばれた俺の命で償おう。だが、先程も言った通り、カトリックは自殺は重罪。君ならば、本気の俺の命を取る事は可能だろう」
場に居た全員が驚愕の表情を拵えた。
「アーサー!君は自分の命を差し出して、全てに決着を付けると言うのか!!」
レオノアの問いに反応せずに、俺は薄く笑う。
初めて自分の意志で命を使うんだ。
尊敬と決意を以て北嶋に挑む。
俺は再び北嶋に目を向けた。
「俺の全てを凌駕して、俺を討て」
たまらず葛西が口を挟む。
「北嶋、ヴァチカンの理屈に付き合う事は無ぇ!死んでケジメを付けたいなら、そこの騎士に殺されたらいいだろう!」
葛西の言う事は尤もだ。
これは俺の我が儘。
ヴァチカンの教えに反せず、北嶋にケジメを取らせる。
「そんな真似は許さんぞ!!」
勿論、父も止める。
「はははははははは!!そうか、北嶋を殺すか!!やれアーサー!!ヴァチカンが最強だと言う事を教えてやれ!!」
リチャードが愉快そうに笑った刹那、北嶋が俺の視界から消えた。
「何だ蛮族!!」
北嶋はリチャードの前に移動したのだ。
無言で拘束されたリチャードの顔面に拳をぶち込む北嶋。
「ぶっっっっっ!!」
リチャードの頬骨が砕けた音が響く。
「この腐れリーダーが!!部下にキツい選択させやがって!!」
そう言って、折れた片方の刃を持ち、俺の前に再び向かった北嶋。
「剣を出せ」
言われる儘、折れた剣を差し出す。
北嶋は折れた刃をくっ付け、賢者の石を当てた。
「おら、お前の剣は直した。そんなに死にたきゃ、万全で死ね」
折れたエクスカリバーが完全に戻っていた。
「凄いな…それが賢者の石か…」
本気で感心した。
「手加減無しだぞ。ケジメ付けたいんだろ?」
「面倒臭がりのテメェが何で其処まで汲んでやらなきゃなんねぇんだよ!!」
葛西が北嶋の胸倉を掴んでいきり立つ。
「仕方ないだろ」
煩そうに手で払う北嶋。
「テメェ!!」
「北嶋心霊探偵事務所は依頼成功率100パーセントよ!!まだ依頼は終わっていないだけよ!!」
尚も突っかかる葛西だが、神崎の一喝で止まる。
「そう言うこった暑苦しい葛西。正確に言えばアフターフォローだがな」
北嶋の手の中に、再び草薙が現れた。
「バカチン爺さんの依頼、完全に遂行させて貰うぞ無表情」
そう言って柄に手をかけた北嶋。
「礼を言うよ北嶋。俺の全力を見せる」
俺は右にエクスカリバーを構え、左にガラハットの盾を構える。
リチャードに一瞬目をやり、俺は北嶋に向かって行った。
全てに決着を付ける為に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「馬鹿な、何故命を捨てて臨まなければならない…」
教皇が地に両手を付いて、俯く。
「全てのケジメ…そう言っていましたよね?」
私の問いに黙って頷く教皇。カトリックの頂点のそんな姿を見るのは憚れる。
なので顔を背けて言った。
「死んで償おうなんて、まだ心が弱い証拠。今は北嶋さんが悪魔堕ちから助けましたが、そんな心では、これから先、上級悪魔と対峙する時、再び悪魔に堕とされるかもしれません」
顔を上げて私を驚きの目で見る。折角こっちから目を逸らしたのに。
だけど構わず続けよう。
「普通の騎士ならば問題無いのですが、彼はガラハットの盾の所有者です。聖杯を喚べる騎士です。悪魔に目を付けられる事は容易に想像できるでしょう」
悪魔に堕として聖杯を悪しき存在の物とする。上級悪魔なら、それくらいの事はする筈だ。
だから北嶋さんは勝負に応じたのだ。
悪魔よりも遙かに強く、遙かに巨大な存在として。
「な、成程、勝負の意味は解った。だが、北嶋君が勝ったとしても、アーサーはやはり心が弱いままなのではないか?」
教皇の疑問は尤もだ。いきなり心が強くなる事など有り得ない。
「北嶋さんの狙いは、誓い、です」
「誓い?」
まあ、誓いと言うより約束…
「北嶋さんに全て任せて下さい。ネロ教皇の依頼は全て遂行するでしょう。勿論、殺さないと言う依頼も」
「そ、そうか、だが、もう一つ、重要な誤算があるかもしれない」
教皇は顎に手を当てて、真剣に考えていた。
「誤算ですか?」
大きく頷く。
「アーサーが北嶋君に勝ってしまうかもしれない、と言う事だ」
それはそれは真剣に、その心配をしている。
そんな教皇に私は自信を持って断言した。
「北嶋さんは誰にも負けません。彼がヴァチカン最強ならば、北嶋さんは史上最強です。史上最強が、たかが一団体最強に負ける訳が無い。ネロ教皇には失礼な発言ですけども」
不安だったネロ教皇が不快感を露わにした。
だが、それも一瞬だった。
「今は北嶋君を応援するしか無いからな…」
ネロ教皇は無意識に十字を切る。
彼に勝って欲しいが、勝たれると拙い。
そんな複雑な表情をしながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
無表情が死角から剣を乱打する。乱打とは言っても微かな隙を見付けて斬り付けたり、フェイントを織り交ぜて誘ったり。まあ、生きた剣筋の乱打だ。
「さっきよりパワーとスピードは無いが、正確になったな」
その炎を纏った切っ先が、俺の急所に襲ってくる。
まぁ、俺はスペシャルな男故に、その全てを迎え撃ったが。
「くっ!」
微妙に体勢が崩れる無表情。俺は隙の出来た左胴に草薙を向けた。
「させるか!」
無表情は白い赤十字の盾で草薙を防ぎ、下に滑らせた。
「むっ?」
草薙を防いた無表情が何かに気が付いたような感じだ。
「………」
何かを確かめるよう、剣を下ろして盾で身体を隠す無表情。
「草薙の前じゃ、そんな盾なんか紙も同然だぞ」
誘いに乗り、盾に草薙を突き入れる。
「やはり!」
盾に触れる刹那、盾をひねり、力を逃がして貫通を阻止した無表情。そして確信を持って言った。
「皇刀草薙だったか…正体はグラヴィトンか!!」
真面目に感心した。
何でも斬る草薙の正体に気が付いた奴がいるとは。
だが!!
「それは正解の一部だい!!」
何か無性に悔しくなった俺は、駄々っ子のように半ギレで返した。
無表情が言うグラヴィトンとは、宇宙を造る四つの力の事だ。
素粒子の相互作用、自然界の相互作用とも言われる。
面倒だから詳しい説明は省くが、草薙は、その四つの力を組み合わせたり、キャンセルしたりで、意の儘望む儘に斬る刀だ。
構成素粒子の主は、光子(フォトン)と重子(グラヴィトン)だ。
質量0の光子で目に見えぬ因果や呪いなどを斬り、質量無限大の重子で物質を斬る。
して、光子で物質を斬らずに、対象物に重子をぶつけて斬る。
肉体の内部だけ斬る事は、こういうカラクリがあったのだ。
空間を斬るっつーのは、この重子がガンガン力を出して、ブラックホールを造っている、と思ってくれればいい。
持ち主の俺ですら、万界の鏡で『視て』知ったっつーのに、無表情は大雑把ながら、正体に気付いたのだ!!
「つーか、半分だけとは言え良く解ったなぁ?」
無表情は無表情の分際で微かに笑った。
「ガラハットの盾が微かだが刀に近寄っていったからな。俺はしっかりガードする為に構えていたと言うのにだ」
とは言え、体感できるレベルじゃない筈。
「お前、やっぱり凄ぇわ」
無表情の最大の力は、この洞察力か?
いずれにしても、俺が本気になるには充分な理由だ。
「対象物によって重子の質量が変化する。エクスカリバーが如何に強固と言えど、斬られたのは至極当然か」
無表情の構えが変わった。
言うならば、打ち合いから力を流す戦法に変えたように、脱力が目立つ。
暑苦しい葛西も、そうやって力を流そうとしたが、俺はスピードでそれを凌駕した。
てな訳で、俺はスピード重視に切り替える。
「君のスピードも流石だが、俺のスピードも捨てたもんじゃない」
そう言って斬り掛かる無表情。
赤い線が先程よりも鋭さを増す。
身体を横にして躱す俺。
も!!
「…髪の先を斬ったか…炎を纏っているだけあって、焦げているな」
俺の前髪の先が無表情によって斬られた。
速ぇな…この速さは洒落にならん。音速を超えていやがる。
「もう一つ上に行くぞ北嶋!!」
今度は横に薙ぎる無表情。
「うおっ!」
ちょっとだけ吃驚して後ろに跳ねて間合いを広げた。
振り下ろしよりもスピードが増しているじゃねーかよ。横に斬る方が得意だと言う事か。
ならば、と、間合いを広げた恩恵にあやかり、草薙を鞘に収めて腰を下ろす。
「居合い、と言うヤツか」
無表情は居合いを受けるつもりなど無い。俺の構えを無視して斬り掛かる。
「うらああああああああ!!」
草薙が鞘から神速で飛び出す。
盾にぶつける無表情。
そのまま盾を斬って…
ギィン!
「ええっ!?」
流すと思った無表情は、構わず前に出てきたではないか!!
結果、草薙は盾を滑った!!
「けりゃあああ!!」
無表情の渾身の振り下ろし。
間合いが近いから存分に力は伝わらないが、怪我は間違い無い。当たればだが。
俺は草薙を鞘に戻す暇すら惜しんで、めっさ体勢不充分だが前に出た。
寧ろ、つんのめる形だ。
結果、振り下ろした無表情の柄が、俺の額に当たる。
「いってえなあオイ!!」
俺はそのまま回転して鞘を握っている左手で裏拳を放つ。
「ぶっっっ!!」
無表情の頬にヒットして身体が流される。
「うらぁ!!」
吹っ飛んで体勢が崩れた無表情に草薙を振り下ろす俺。
無表情は瞬き一つせずに、草薙の軌道を見て、そして無理やり身体を捻って草薙の斬撃から逃れた。
「はぁっ!!」
無表情が俺の腹に蹴りを入れた。
勿論、俺はそれを余裕で躱す。
蹴りを放って泳いだ身体をクルンと回して体勢を戻した無表情。
「それだよ。死中に活、だ。やりゃあ出来るじゃんか」
「生憎と今は俺の思考をちゃんと反映しているからな。本能は闘志で抑え込んだ込んだよ」
微笑する無表情。
「やい!笑うな!笑ったら無表情じゃなくなるだろうが!!」
草薙の切っ先をブンブン振りながら苦情を言う。せっかく『無表情』という素晴らしいあだ名を付けてやったのが、無駄になるからだ。
「無表情は傷付くな。それなりに感情は出しているつもりだからな」
無表情は聖剣を横に薙いだ。
ゴオオオッッッ!!
赤い線どころか、あっちい炎が横に舞った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺の渾身の一振りが、轟火を纏って北嶋を襲う。
しかし、北嶋は草薙で炎を『斬った』!!
やはりアレに斬れぬ物は無いんだ!
アレは、例えるなら宇宙の力。炎如きでは宇宙を凌駕出来ない。
「承知だ!!」
炎を斬った事により、北嶋に微かな隙が出来る。
右の首!!
例え死んで借りを返そうと考えていても、勝機に手を出さない事は、騎士として有り得ない!!
「貰ったぞ北嶋!!」
最小限の力で、最小限の動作。
ただ、首筋のみ狙う!!
エクスカリバーが北嶋の右首筋に触れる。
刹那、北嶋は身体を反転させ、エクスカリバーから逃れた。
「お前は突っ込んで躱したが、俺は打撃の一つも負わずに躱すんだよ」
北嶋が草薙を跳ね上げる。
俺はそれを笑いながら待つしか無かった。
北嶋の斬撃のスピードに追い付けないのが解ったからだ。
完敗だ。
単純に俺の実力で負けた。
北嶋…
斬ってくれてありがとう。
俺は草薙が触れる刹那、目を閉じて礼を言った。
ドン!
草薙が俺の顎から頭にかけて、通り過ぎて行く。
俺はそこで終わる。
筈だった。
「…確かに草薙は俺の顔を通り過ぎた…だが、血の一滴も出ていない…」
何度も何度も顔を触って確かめる。
だが、外傷は全く無い…!!
「お前、間違い無く死んだ。だろ?」
北嶋の問いに頷いて答える、
間違い無く死んだ。間違い無く通り過ぎたから。
「死んだなら借りは返した。だろ?」
確かに命を以てケジメを付けると言ったから、死んでしまったから借りは返した事になる?
北嶋は草薙を鞘に収めて言った。
「じゃ、今現実に生きているお前は、生まれ変わったと言う事になるな」
「そう…なる…のか…?」
何か色々ゴチャゴチャになり、北嶋が言った通りのような、そうで無いような…
「じゃ、生まれ変わったお前の父は、俺と言う事になる」
「ええ?同じ歳くらいの男を父と呼べ、と言うのか?」
流石に抵抗がある。と、言うか、何故か北嶋に丸め込まれている感が多々ある気がするのは何故だろうか。
「こんなデカい息子なんか要らんわっ!それに俺はこれから神崎と子供を作る事になるんだからなぁ!」
北嶋の顔が尋常じゃない程、ニヘラニヘラとにやけている。
「じゃあ、一体何が言いたい?」
「あー、つまりだな、お前は俺の命令を聞く事は当然だっつー事だ」
生まれ変わらせたから、創造主のようにルールを作る、それに従え、と言っているのか?
敗れた手前、それは仕方ないかもしれないが、あまり無茶な事は勘弁して貰いたい…
「あまり変な要求はするなよ…」
「するか!俺は女が好きなんだよ!男となんて想像しただけで吐き気がするわ!」
そう言いながら、俺からニ、三歩ほど後退る北嶋。
…何かとても恐ろしい勘違いをしているようだ…
「で、命令とは何だい?」
いちいち反論すると、また面倒な勘違いをされる恐れがある。なので話を進めるよう促した。
「ああ、そうそう!先ずはだな、命は自分の為に使う事だ。それ以外は自殺と見做すぞ」
俺が戦いを挑んだ理由を暗に非難しているように感じる。
しかし、黙って頷いた。
「おー、よしよし!んで、敵は自分で見極めるんだ。上の話しばっか鵜呑みにすると、碌な事にならん」
「それはヴァチカンの命令に背く事になる時もある。俺は聖騎士。命令には背けない」
北嶋の言う事は何となく理解はするが、それは俺の存在理由にも関わる事。
「大丈夫だ。お前の爺さんに俺が命令を出す。文句無いだろ爺さん?」
北嶋が父の方を振り向き、大声で同意を促した。
父はいきなり振られて驚いていたが、微笑を浮かべて頷いた。
「約束は取り付けたぞ無表情。これからはお前は自分一人の決断で戦うか退くか、はたまた話し合うか決める事になる。そこには命令も教えも存在しない」
自分一人で決断か…だが、それは、いずれしなければいけなかった事。
「ああ、解った」
俺は迷い無く頷く。大人に諭されている子供の気分だが、決して嫌じゃなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
決断するには責任が伴う。時には間違った決断もするだろう。
だが、それに心を折らず、認めた上で前に進む。
「心が強くないと押し潰されそうだな…」
思わず呟いた。
「だから北嶋さんがそのように『約束』を彼に受けさせたんです」
成程、私の依頼を全て完遂した事になる。
殺さずに、悪魔堕ちから救う。
今後悪魔に堕ちる事の無いよう、別の『枷』を心に刻んだか。
「彼は私の予想以上の男だな…君は非常に幸運だ。彼が伴侶にと望んだ人なんだからね」
微笑しながら彼女を見る。
「全くその通りだと思います」
彼女は自信たっぷりに、満面の笑みを以て私に答えた。
「ふっふ…約束の労働力は明日にでも日本に向かわせるよう、手配するよ。私が責任を以て人選もする」
頭の固い者や、古い者よりも、柔軟な若い世代を送る約束をする。
「ああ、ついでにアーサーとレオノアは置いておくから、何なら今日から使うといい」
「ふふ、解りました。お預かりします」
彼女は笑いながら。深々と私に頭を下げた。
私はそれ以上に、彼女に頭を下げた。
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