④-VS 二鬼-

 夜の闇の中で擦過音が鳴り響いていた。槍と槍の攻防が続き、己の生死をかけた刹那の思考が目まぐるしく交錯する。

 セイラは小柄な盗賊の槍を受け流し、致命傷を食らうまいと回避し続けていた。彼女はかすり傷一つ受けていない。夜間のせいで視野は通常より狭くなっているが、セイラは驚異的な反射神経と敵の行動を先読みする洞察力で五分の戦いを維持していた。

 だが、五分では勝てないことをセイラはよく理解している。相手との条件は決して同じではないのだ。


「ひゃひゃひゃ!」


 気色悪い笑い声を上げながら盗賊が突きを放つ。攻撃を受け流したセイラは、長槍の先端を敵に向けて地面を強く踏み込んだ。


「シッ!」


 短い吐息と共に放った三連刺突は、しかし盗賊が後ろへ飛び退ることで回避された。追いかけようとしても男は間隔を広げて距離感をぼやかしてくる。セイラが二の足を踏む絶妙な間合いの取り方だった。

 ゆらりと槍を構える盗賊を見据え、セイラも腰を低くする。敵は相当の手練れだ。そこらの兵士とは比べものにならない槍捌きに、彼女は内心で驚嘆している。

 しかしセイラの槍術は盗賊を超えた領域にある。実力的には、まともにやりあえば防戦一方になど陥らない。

 この状況をもたらしているのは、ひとえに嫌らしいほど巧妙な戦法のせいだ。視界の悪さを利用して距離をとり続ける策も、素早く小さな槍捌きで常にセイラを牽制する動きも、手練を思わせる技術だった。

 加えて盗賊は、夜目が利くのか闇夜でも問題なく飛び跳ねている。こうした夜間戦闘に長けていることの表れだった。

 セイラ達のような表舞台で活躍する騎士とは違う、日陰で暗躍するような裏の戦士の匂いがしていた。


「あー楽しいな、楽しいよ嬢ちゃん。しばらく退屈な相手ばかりだったから今はすこぶる心地よさだぜ」


 きひひ、と愉悦を滲ませ盗賊は肩を揺らす。セイラは呆れたように肩を竦めた。


「お喋り好きは結構なことですけども。せっかく闇に紛れてるのに位置がバレますわよ」


「おっといけねぇ。こいつは俺の悪い癖だ。黙って殺らなきゃいけねぇ場面でもつい盛り上がって饒舌になっちまう。まぁどのみち相手は死ぬからよ、今まで問題なかったのさ」


 そう嘯く盗賊だったが「でも連れはいいのか?」と別方向を向いて指摘した。

 セイラ達とほど近い場所でもう一つの激闘が繰り広げられている。


「うおらあああ!」


 裂帛の声を上げてライラが戦斧を振り下ろす。刃先は大男が交差させた両腕に止められ、甲高い音が響いた。男が嵌めている鈍色の手甲はかなりの硬度を誇っているらしく、ライラの戦斧でも傷一つついていない。


「むん!」


 大男が気合いの声を上げて交差させた両手を振り上げる。

 戦斧を弾かれたライラはバランスが崩れるのを堪えつつ、更に横薙ぎの一撃を振り放った。


「だりゃあああ!」


 風を唸らせる激しい一撃だが、今度も大男の両手甲に阻まれる。少しだけ相手を後退させたものの、威力は全て相殺された。

 更に大男は戦斧の柄を掴んでライラの動きを封じると彼女の懐に入り込む。

 右手甲がライラの顔面に打ち込まれた。額が割れて血が吹き出る。

 同時に、彼女の放っていた蹴りが大男の顔面を打ち据えていた。つま先が顎に直撃し大男は苦悶の声を上げる。


 両者共によろめきながら数歩ほど後退した。しかし漲る闘志は寸分も減ることなく、ライラは獣の笑みを浮かべながら戦斧を構え、大男も殺気を練り込むように拳を握りしめる。

 そして両者は同時に駆け出し、渾身の一撃を放ち合う。


「……彼女は、あれじゃないと力が出ないので」


 セイラは髪をかきあげながら嘆息する。親戚として幼い頃から付き合いがある分、ライラの性分はよく熟知していた。

 彼女は小細工など無用の直球勝負を好む。罠も精神攻撃もまったく用いない。脳筋なところは通常の生活にも滲み出ているが、それが彼女の欠点であり、長所でもあった。

 大男の盗賊は徒手空拳のみを扱うかなり珍しい敵だが、面倒な戦い方をしない分、ライラにとってやりやすい相手でもある。大男は彼女に任せておいて問題ない。だからこそセイラも一方の盗賊に集中できる。

 だが問題点が一つだけあった。


「気をつけなさいよライラ! 攻撃を食らわないように!」


「わあってるよおおおおおらぁ!」


 返事なのか気合いの声なのかよくわからない雄叫びを上げてライラが戦斧を振るっていた。

 念のため注意喚起してみたが、やはり彼女も気づいている。

 セイラは盗賊に向き直り、長槍の切っ先を向けた。


「殺す前に聞きたいことがありますわ。貴方たちを雇ったのは誰ですか。もしくは、どこの部隊の人間ですか」


「はは、よくわからねぇ質問だな」


 盗賊はとぼけてみせる。当たり前の反応ではあった。素性や目的を喋る襲撃者がいたらそいつは無能な人間だ。わかっていてセイラも聞いたが、やはりちょっとした手がかりも覗かせるつもりはないようだ。

 では、とセイラは質問を変えた。


「わたくしとライラの馬を殺したのはどちらですか」


「なんだ、馬ごときに執着してんのかい? ……さて、どっちだったかなぁ」


 ニヤニヤと笑いながら盗賊は答えをはぐらかす。ここでもセイラの誘いには乗ってこない。間抜けなほど饒舌なくせに頭だけはしっかり回っているのが憎らしかった。

 確かめたかったのは、どちらがしているか、ということだ。


 二人の愛馬は不自然なほど急死した。生き残っていた盗賊も、もがき苦しむように死んでいる。通常攻撃による殺傷ではなく毒物を打ちこまれた可能性が高いとセイラは踏んでいた。

 どこかに毒を隠し持っているのか、あるいは武器に塗りつけているのか。考えられるとしたら槍の方だ。そう推測したセイラは傷一つ受けないよう細心の注意を払って戦っていた。

 だがそれは陽動で、実は手甲持ちのほうが毒を所有しているかもしれない。敵が裏をかいてくることも当然想定すべきだった。

 もし本当に毒を使ったとすれば、二人には対抗する術がない。

 食らえば即座にあの世行きだ。


「さてさて続きといこうぜ嬢ちゃん。今度はもう少し速めるぞ」


 瞬間、盗賊が地面を蹴って急接近する。槍をしごき高速の突きを放ってくる。言うだけあって先ほどの倍以上は速い。

 だがセイラは全て見切っていた。回避できる攻撃は避けて、それ以外は長槍で捌いていく。その間に、ほんの少しの隙が生じた。常人では見落とすほどの一瞬を捉えたセイラはすかさず刺突を放つ。

 盗賊は既に察知していたようで後方に飛び退っていた。セイラの攻撃は空振りに終わる。

 が、彼女の足は止まらない。瞬時に槍を引き戻して相手を追いかけた。癖なのか盗賊は後ろにしか回避していない。方向さえわかっていれば闇夜の中で距離を詰めるのはそう難しくなかった。


 ――捉えた!


 間近に盗賊を視認しセイラは長槍を大きく引き絞る。

 そして必殺の一撃を放とうとした瞬間。

 彼女の視界には盗賊の嘲笑と小さな数個の球体が映っていた。

 破裂音と共に閃光と炎がセイラの顔面に直撃する。衝撃でのけぞった彼女は叫び声を上げた。


「ぅあああああ!」


 顔中に激痛が走った。視界が真っ白で何も見えなくなる。何が起こったのかわからずセイラは混乱に陥った。

 しかし彼女はその場に踏み止まる。尻をつけば死が待ち受けると本能が警告を発していた。


「セイラっ!?」


 叫んだライラは一目散に走る。だが助けに行こうとしても大男が立ち塞がった。戦斧を振るうが、敵は壁のごとく手甲で弾き返す。

 援護もなく、激痛で身動きの取れないセイラの肌を殺気が撫でた。

 気配を頼りに身動ぎするが、回避が追いつかず脇腹を盗賊の槍が切り裂いていく。


「ぐうっ……!」


 セイラは長槍を四方に振って自分を守る。盗賊の気配はすぐに離れていったが、視力がまったく機能していないせいで居場所も特定できない。

 セイラは狼狽する。爆発を起こしたのは一瞬前に見えた球体の仕業だろうが、もし目玉を焼かれていたとしたら視力の回復は絶望的だ。

 加えて脇腹に傷を受けてしまった。槍に毒が塗られていたとしたら、ここでセイラの人生は潰える。

 だが恐れていた変調は訪れず、かわりに盗賊の愉快げな笑い声が聞こえてきた。


「さすがさすが。少しだけ後ろに引いて直撃を避けたな? これじゃあそのうち目は元に戻っちまうか。だが、すぐにとはいくまい。本物の暗闇の中でのたうち回るのはさぞ見ものだろうなぁ」


 離れた位置にいる盗賊は、セイラを嬲るように観察しつつ懐から数個の球体を取り出した。黒の塗料が塗り込まれた皮に巻かれた球は、指と指で挟めるほどに小さい。


「こいつは震天雷つってな、極東諸島で使われてる小型黒色火薬弾だ。まぁ光と音が凄いだけで殺傷力は高くねぇが、それでも動きを封じるなら申し分ないってね」


「……種明かししてもらえるとは助かりますわ。ようは食らわなければいいだけですわね」


「強がるなよ嬢ちゃん。今のお前には無理だぜぇ」


「試してみましょうか」


 静かに槍を構えたセイラに、盗賊は鼻白む。男が思ったより動揺の量が低い。

 しかしセイラの言葉は、半分ほどは虚勢だった。目が見えないままでは勝算もガクンと減少する。正直なところ分が悪い。

 もう半分は、屈服を嫌う彼女の執念が込められていた。たとえ不利であろうと命乞いなどはしない。最後まで騎士らしく戦うのみだ。

 それに悪くない情報もある。槍に傷つけられても変化がないところをみるに、刃先には毒が塗られていないようだった。一撃死の危険性が減ったならやりようはある。毒の持ち主が判明したなら、ライラも対処できるはずだ。


「なら、どうするのか見せて貰おうか」


 盗賊が接近する。感知したセイラは槍を突くのではなく、手の中で旋回させ始めた。円燐剣<四の型>に匹敵するほどの回転力で周囲全てを薙ぎ払い、絶対の防御壁を作り上げる。

 投げ込まれた黒色火薬玉がセイラの槍に切り裂かれ空中で爆発した。遠くで爆発したためセイラに直接の影響はない。ここまでは彼女の想定通りだ。

 しかし爆音が彼女の耳をつんざき、一瞬だけ方向感覚を奪う。


「ヒャハハ!」


 その一瞬の隙を盗賊は見逃さなかった。セイラの背後に回って彼女の肩口を切り裂く。呻くセイラはすぐに後方へ槍を放つが、既に盗賊は飛び退いていた。


「てめぇら調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 そのときライラが吠え、セイラめがけて駆け出した。だがまたしても彼女の動きを先読みしていた大男が追いすがり、彼女めがけて拳を放つ。


「うざってぇな!」


 ライラは体を後方に傾けて拳を回避した。セイラとの合流を優先し迎撃を後回しにしたのだ。

 だが、それが仇となった。

 ライラの鼻先までしか届かなかった拳の先端から、刃物が飛び出る。


「っ!?」


 顔面直撃、と思われた攻撃は、彼女の反射神経で回避された。

 だがライラの頬に一筋の裂傷が走り、血が飛び散る。

 立ち止まったライラは顔を苦渋に歪めた。頬の血を指で拭い、手甲から飛び出た刃を睨み付ける。


「仕込み剣かよ……姑息な真似してくれるじゃねぇか」


 言葉には怒りと、明らかな焦りも混じっていた。槍に毒が塗られていなかったのなら、大男の仕込み剣に毒が塗られていたと考えるのが妥当だ。擦った程度とはいえ毒の強さは未知数。致死性が高ければもう、ライラは助からない。


 だが、ライラには一片の恐怖も怯えもなかった。自分の死すら戦いの前では些事でしかない。

 誇り高い騎士は戦斧を構えながら、ちらりとセイラを垣間見た。長年連れ添った幼なじみのセイラは彼女の意図にすぐ気づいた。こくりと小さく頷く。

 瞬間、二人はお互いに向かって全速力で走った。


「そう来るよな!」


 互いをカバーし合うと踏んだ盗賊達が二人を追いかける。そして彼女達が接触する瞬間を狙い、小柄な盗賊のほうが黒色火薬球を投げ放った。


 だが、二人は合流しなかった。


 ライラとセイラはすれ違うように交錯すると、互いの敵めがけて突貫する。

 盗賊が驚いたと同時、投げ放たれていた火薬玉がライラにぶち当たった。閃光と爆音が木霊し闇を切り取る。衝撃でライラは立ち止まっていた。

 不可解ではあるが確実な隙に違いはない。盗賊は彼女めがけて襲いかかる。

 だがライラに肉薄したとき、盗賊は自分の過ちに気づいた。


「いってぇなちくしょう」


 彼女は、目を閉じていた。

 爆発と光で目を潰されるのを防いでいたのだ。

 ゆっくりと瞼を開けたライラの視界には、慌ててたたらを踏む盗賊が映る。


「まぁ待てよ」


 ライラは逃げようとする男の腕を掴んで引き寄せる。関節を捻るように鷲掴みにすると、盗賊は激痛に顔を歪めて槍を落とした。ライラの獰猛な顔を近づけられた盗賊は引きつった声を上げる。

 反対方向ではセイラが大男に接近していた。大きく振りかぶった拳が彼女めがけて放たれる。


「遅い」


 セイラの刺突が男の拳を迎撃した。

 一点を穿つ長槍が手甲を貫通し、男の右拳が赤に染まる。視界が潰されているとはいえ大男の動きは読みやすく、風の唸り共に放たれる拳撃も位置を把握しやすかった。


「自惚れるなよ小娘!」


 だが大男の攻撃は続いていた。セイラの槍が直撃したと同時に反対の拳が彼女へと伸びた。更に手甲の先端から刃が出現。文字通り射出する。仕込み剣は飛び道具でもあった。

 一直線に滑空する刃は、そのままいけばセイラの顔面に突き刺さる。

 その地点に、彼女の頭部があれば。

 刃は空を切った。大男は目を見開く。

 セイラは槍を放った瞬間に地面すれすれへ低く姿勢を落とし回避していた。

 そこから槍を逆手に持ち替え、拳を振り切った状態の大男へと旋回させながら振り放った。


「そっくりそのまま返しますわ」


 大男の胸部が鎧ごと銀閃に切り裂かれる。血を吹き出した男は前のめりに倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

 セイラは槍を振って血糊を飛ばす。その様子を横目で確認したライラは肩を竦めた。


「最初からこうしときゃよかったぜ。ったく、判断間違えちまったな」


 先読みに長けたセイラであれば、仕込み剣があったところで攻撃を回避できる確率は高い。事実として彼女は射出する刃を見事に避けてみせた。徒手空拳に拘っているという先入観を植え付けさせ相手を肉弾戦に誘う、という意図を完全に読み切っていたからこそ、セイラは意表を突いた攻撃を退けたのだ。

 一方で黒色火薬玉は単純で大味。耐久力のあるライラこそが実は適任だった。


「そ、そんな単純なことじゃねぇだろ! どうなってんだてめぇの顔面は!?」


 盗賊は信じられないものを目の当たりにしたように動揺していた。いくら威力は低いとはいえ、瞼を閉じた程度で爆発の衝撃が軽減されるわけではない。

 だが当のライラはけろりとして答えた。


「あたいの面の皮は厚いんだよ。これくらい痒い程度だな」


「なっ……」


 盗賊が絶句する。ニヤリと笑ったライラは、男の腕を更に捻り上げた。


「んじゃ話せ。お前らの素性と目的。なんであたいらを襲った」


「ぐっ……わ、かったよ」


 激痛で顔をしかめた盗賊は「だから命は……」と懇願しつつ、反対の腕を腰の後ろに伸ばした。そこにある短刀の束を握りしめる。


「お前ので払え!」


「そうなるよなぁ」


 男の振り放った短刀は空振りとなった。しかも上空めがけて、誰もいない空間を斬っていた。

 ライラの戦斧によって胴体を切断された盗賊は、上半身が錐揉みしながら落下し、下半身は血を吹き出しながら後ろ向きに倒れる。

 全ての戦闘が終わり静寂が訪れた。ライラは弛緩したように息を吐くと、砂利だらけの街道に背中から倒れる。


「くそ……しくった。これじゃ、ルゥナ様の仇が討てねぇ」


 星の瞬く夜空に向けてライラは手を掲げる。彼女の目には、自分の手が微かに震えているように見えた。毒が回ってきたのか寒気もする。きっと致死性の高い毒なのだろう。


「あー駄目だ。震えとまんないわ。目も霞んできてる……ごめんなセイラ。あたい、ここまでみたいだ……あとは頼んだよ」


「気のせいだから早く起きなさい」


 虚を突かれたライラはぐりんと首を回してセイラを確認する。

 彼女は大男の腕から手甲を外し、刃に顔を近づけて匂いを嗅いでいた。


「やっぱり。射出の仕掛けに潤滑油が塗られてるだけで、この刃には毒物は塗られてないわ」


「んな馬鹿な! じゃあセプツェンを殺した野郎は誰なんだよ?」


 と疑問を口にしながらライラは上半身を起こす。あまりにも軽々と身を起こせたものだから「あ、ほんとだ」と彼女は拍子抜けした。毒の影響などまったくない。


「……やられましたわ」


 手甲を投げ捨てたセイラは顔をしかめる。


「毒使いがいると思ったからこそ、先にユキト様を逃がしたというのに……どうやらわたくし達のほうこそ足止めされたようね」


 今のユキトは憑依すべき霊体がおらず、毒を受けては一溜まりもないことから先に安全圏へと逃がした。しかしその判断こそが敵の筋書き通りだった。厄介な騎士二人を彼から離れさせる策にまんまと嵌っている。


「ってことはユキト殿の方に毒使いが向かってるってことか」


「ええ。急ぎましょう。街に辿り着く前に襲われる可能性が高い」


 そうして歩き出そうとしたセイラだが、足をすくわれたように片膝をついた。脇腹を押さえる手からは血が滲み出ている。肩の傷も浅いわけではなく、彼女は血を失って顔面蒼白になっていた。


「落ち着けよセイラ。まずは止血だ」


 ライラは盗賊達の死体から毛皮や衣服をはぎ取り、それを引き裂いてセイラの包帯代わりに使う。だがセイラは逸る気持ちを抑えられないかのように前のめりになっていた。ライラは手当をしながら意外そうに眉を上げる。


「珍しいな、お前がここまで焦るなんて。そんなにあの子が気に入ったのか?」


「……ユキト様は、失ってはいけない男だと思うの。ゼスペリアの将来のために。いえ、もっと大きなものを守るかもしれない」


「へぇ、面白い。その根拠は」


「女の勘」


 ライラは目をぱちくりさせると、軽く吹き出す。


「なるほど。当たるからなぁ、セイラのそれ。んじゃあ、とっとと追いかけるか。馬を捕まえてくる。まだそこらにいるはずだ」


 手当を完了させたライラは盗賊達の馬を捕らえに走って行った。激しい戦闘の後だというのにライラには疲労の様子もない。その頑強さと精神の図太さ、そしてセイラの言葉を疑うことのない強い信頼感は非常に頼もしかった。

 彼女が幼なじみで良かったとセイラは心底感じる。


 ――まだ死んではいけませんわよ、ユキト様。


 導師の力を持つ少年を案じながら、セイラも立ち上がって歩き始める。

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