Episode.6 この二人に『信頼』という存在ができたら

 「待てぇ......待てぇー!」

「そんな簡単に捕まってたまるかよー!」

「何を・・・・・・何を隠してるー!」

「だから何も隠してねーって!」

「嘘・・・・・・嘘嘘嘘!あたしにはわかる!おまえは・・・・・・おまえは嘘をついている!」

 さっきからこれの繰り返しだ。完全に正気を失っていて話を聞いてくれる気配すらしない。

 さすがにそろそろ疲れてきた。俺の体力の底が尽きるのは時間の問題だと思う。

 曲がり角に差し掛かり、俺はふと後ろに目線を向ける。

 ──左だ。

 しかしその判断は──

 「なっ・・・・・・行き止まり・・・・・・」

 疲労のあまり、判断力が鈍っていたらしい。

 さっきの曲がり角は右に行くべきだったのか...

「これが亜人族と獣族の違いだぁ。あたしはあそこで左に行くように誘導してたんだよー!」

 確かに、あの運命の選択の場面になった時、ローレルは道の右側に寄っていた。

 仮に俺が右に曲がっていたとしても、インコースをつかれて追いつかれていたと思う。

 つまり、あの瞬間、既にこの勝負の結果は決していたのだ。いいや、それよりももっと前に決まっていたのかもしれない。

「・・・・・・はっ、なかなかやるな」

「当たり前だぁ!さー、隠していることを全て吐くか命を差し出すか決めろー!」

「くっ・・・・・・」

 どうするどうするどうする──

 背後には高い岩壁。目の前には背後の岩壁よりも遥かに高い壁がある。

 万策尽きた、か。なら、俺はもう・・・・・・

「はー、俺は何も隠していない。これは事実だ。それ以外、俺に何を求める?」

「違う・・・・・・違う違う違う!それは嘘!おまえは何かを隠している!あたしが間違えたこと言うはずがない!」

「どんだけ自意識過剰なんだよ!少しは他人を信じてみたらどうなんだよ!」

「!・・・・・・」

「いいか、俺はここに来る前、唯一友達と呼べた存在のやつに裏切られたんだよ!俺はそいつに俺の全てを打ち明けたつもりだった!そしてそいつも俺に全てを打ち明けてくれた!それなのに!俺は裏切られたんだよ!この気持ちがわかるか!?」 

 嫌だ・・・・・・

「わかる訳ないよな!?まだ会って一週間しか経ってないんだからな!それに、おまえは人付き合いに困ってなさそうだしなぁ!?」

 嫌だ嫌だ・・・・・・

「そんな俺に、本当の自分を見せろってか!?無理な話してんじゃねーよ!まだお互いのことよく知りもしない関係なのに!ただ同じ部活なだけで!俺に求める前に、まずはお前が行ってみたらどうなんだ...」

「・・・・・・やめーや」

「!」

「もうやめーや!そんなん、あたしだってわかっとるわ!あたしも・・・・・・あたしも!本当のあたしを見せてないのくらいわかっとるわ!」

「・・・・・・なら、何で見せねーんだよ」

「そんなん、決まってるやろ!一番わかってるのは隼斗のくせに!何で・・・・・・何でそんな意地悪するんねん!」

 彼女は、単純に俺を知りたいだけだ。それのためだけにこんなことをしている。そう俺は思っている。

「そ、それは・・・・・・」

「答えて・・・・・・答えてやー!」

 答えれるはずがない。この答えが正解とも限らない。もし間違えていたら殺される可能性だってある。それだけはごめんだ。

 だが、一つだけ確信があった。自分のこの気持ちがどんなものなのか。

「くっ・・・・・・そんなの・・・・・・そんなの、本当のおまえを知りたいからに決まってるだろ!おまえの口から!本当のおまえを教えて欲しいんだよ!初めてあいつに会ったとき、正直憎かった!あんなに気軽に他人と接せるんだからな!だけどあいつは自分の口で本当の自分を教えてくれた!それだけて俺は安心できた!頼むよ・・・・・・頼むから俺を安心させてくれ!」

「・・・・・・ほーら、やっぱり隠してたやん」

「なっ・・・・・・!?」

 手の平を返された。この空気は完全に危ない。

「何で、何で今まで隠してたんやー!」

 そう言いながらローレルは俺目掛けて一直線に走ってくる。

 ついに、終わりが来てしまったのだと悟った。

 正直、悔いしか残っていない。

 ──知りたかったなー。本当のアリオス、ローレル、レナ、リリ、ウミ、サリア、シャイターン。そして、夜空。

 その無念を心の奥にしまい込んで俺は一つ深呼吸する。ゆっくりと・・・・・・ゆっくりと・・・・・・。

 「ふぅ・・・・・・ありがとな、ローレル。本当の俺を引き出してくれて。このこと、皆にも伝えてくれよな」

 これだけで十分だ。俺は目を瞑る。

 じわじわと大きくなってくる足音。

 じわじわと大きくなってくるローレルの呼吸音。はは、おい、そんなに荒く呼吸音すると喘息とかになるかもしれないぞ・・・・・・ははは・・・・・・

 そして俺は開眼した。ローレルは既に目の前まで来ていた。

「また会おうな、みんな」

 天を仰ぎ、ここにいないみんなの顔を思い浮かべる。まだ会って一週間も経っていないのに何だか寂しく思えた。

 再びローレルに向き直ると、拳が上がっていた。俺は目を思い切り瞑り、歯を食いしばった。

「うらぁぁ!」

「ぐっ!・・・・・・・・・?」

 ・・・・・・あれ?

「っぐ・・・・・・うわあぁー!隼斗の・・・・・・バカー!うわあぁー!」

 ローレルは俺の懐の中で嗚咽をもらしていた。

「ど、どうしちまったんだよ!」

 俺は肩を優しく掴み、優しく揺する。

「隼斗・・・・・・やっと・・・本当・・・の・・・こと・・・言って・・・くれた・・・・・・うわあぁーん!」

「な、何でそんなに泣いてるんだよ!お前らしくないぞ!ほら!」

 俺はポケットにしまっていたハンカチをローレルに渡す。

「はぁー、ひとまず落ち着けよ。話はそれからでいいから」

 さっきまで敵対していたやつに親切に接しているのだと自覚してしまうとどうにかなってしまいそうなので、今は部員と普通に接していると思い込む。

 「っぐ・・・う・・・ん・・・っぐ」

 正直、一番落ち着けてないのは俺の方だ。

 あんなこと言われ、言わされて本気で殺されるかと思った。それなのに今度は俺が攻める番とか、訳がわからない。しかもこんなに愛らしい顔をして。

 俺の頬を熱いものが伝っているように感じたが、多分、ローレルの感じていることを俺も感じ取ったのだろう。

 ──今はただそれだけでいい。

 「っひぐ・・・なぁ、隼斗・・・」

 「んあ?」

 「話・・・・・・しよっか」

 

 なんだよおまえ、そんな顔も出来んのかよ。



 〇〇〇



 「なるほど・・・それで俺を襲ったというわけか・・・てか!何でそんな簡単な理由で襲われなきゃいけねーんだよ!異世界怖すぎかよ!」

「だってなぁ、古来から獣族の第六感は間違えることのない、恐ろしい存在とされてたんや。そりゃあ獣族のあたしだって自覚してるんやで?」

「マジかよ・・・じゃあ獣族に嘘をついてもバレバレってことか?」

「せやで。やから、あたし達の前で嘘を言うなんて自殺行為もいいところや」

「おお・・・以後気をつけます・・・」

 俺が心で思っていることは獣族にはお見通しらしい。つまり、素直になれということだ。

「せやせやー。それより」

「ん?」

「隼斗、ありがとな」

「・・・は?」

「ほんじゃ、あたしのことについても詳しく言うなー。あたしは嘘を読み取ることが出来るんや。それはあたしたち獣族に共通して言えることや。これはさっきも言ったよな?」

「あ、あー。そうだな」

「でもそれだけじゃあまだ、あたしじゃない。もう一つ、能力があるんや」

「・・・何だよ?」

「そいつがどんな意図があって嘘をついてるかまでわかってしまうんや」

「なるほど・・・つまりさっきお前が覚醒したのは、俺がお前達を信じてないからってことか?」

「まーそれもやけど、一番は隼斗のことを詳しく知りたかったからやな」

 ビンゴだ。

「じ、じゃあさっきあそこで俺が何も言わなくても襲わなかったと?」

「いいや、言わなかったら多分襲ってたやろな」

 もう少しで死亡フラグを回収するところだったらしい。

「それで、言いたいことは以上なのか?」

「せやな。本当のあたしはこれで以上や。もう隠すこともない。ごめんな、隼斗」

「いいっていいって。そのー、なんだ、俺も隠してたりして、ごめんな」

 照れながらもローレルを見ると微笑していた。

「ふふっ・・・。なあ隼斗。これで、あたしたちも、ともだち、か?」

「!・・・・・・ああ。俺らはもう本当のお互いを知ってしまった友達だ。こんな俺だけど、よろしくな。ローレル」

「うん!今までこんな能力持ってて苦労してたけど、今回みたいなことがあって助かった!よろしくなー!隼斗ー!」

 そして、俺らはお互いの手を握り合う。強く、強く。

「さーって、そろそろ帰るか?何か疲れてきたわ」

「せやなー。あたしももうヘトヘトやー」

 俺らは帰路についた。その時の俺らの距離は、朝来る時よりも狭まっていたように感じた。


 「帰ったらみんなで飯、食うか!」 



 〇〇〇



 「どうしたんですか?突然私たちを呼び出して」

「みんなー!ご飯一緒に食おーぜー!」

「・・・一体どういう風の吹き回しなんです?」

「まー細かいことは気にすんなって!」

「せやでー!ちっちゃい事はー気にすんなー!」

 俺とローレルだけ浮いているようだったが、別に気にすることもない。ローレルも気にしてなさそうだし。

「あら、みんなお揃いでいいわね。おや?そこにいるのはロリコンの隼斗君じゃない?お目にかかれて光栄だわ」

「ちょっと待てちょっと待てー。いつから俺がロリコンになったのかなー?」

「今朝から、かしら?」

「今朝?」

「あなた、ローレルとデートにいってたじゃない」

「なぁぁぁにぃぃぃ!?」

 アリオスがいきなり叫びだした。

「ちょちょ、アリオス!誤解だって!俺はただローレルと出かけただけで・・・」

 「それをデートと言うのじゃないかしら?」

「夜空!余計なこと言うなー!違う!違うんだ!俺らは、そのー・・・花!花を摘みに行ってただけだ!」

「問答無用!」

「ほーん・・・隼斗、また嘘、つくんやな?」

「ちょっとー!ローレルー!何をしてるんですか!うわー!あははは!痛い!痛いよー!」

 一人は頭をぐしゃぐしゃにし、もう一人は脇をこちょこちょしてくる。苦しい。

 でも何だろうこの感覚。今までに一回も感じたことのない感覚だ。

 頭を掻き回されて目が回り、脇をこちょこちょされて意識がそっちに集中している時にふと目の端に入ってきた表情を俺は忘れない。

 

 ──夜空。



 〇〇○



 「ごちそうさまー」

「ふぃー食った食ったー」

「ちょー隼斗ー、ちゃんと言ったんかー?」

「言った言ったー」

「隼斗ー。嘘はだめだよー」

「うっ・・・わーかったよ。ごちそうさま」

「うんうん!それでいいのだ!」

 ローレルの最後のセリフはどこかで聞き覚えがあったが、気のせいだろう。今日はもう疲れたし、早いうちに寝るとするか。

「俺、今日は早めに寝たいと思ってるんだけど、この後何かするのか?」

「いいや、隼斗が寝るんなら俺らも寝るわー!」

「あ!じゃあ兄ちゃん!みんなここで寝ない?」

「おっ、いいなー!隼斗、いいか?」

「俺は構わねーけど。他の奴らは大丈夫なのか?」

「私達は問題ないですよー」

「ふん、こんな奴とまた寝るなんて死んでも勘弁だけど、今回に限りいいわ」

 二回目なんですけどーサリアさーん。

「い、いいよ・・・・・・」

 相変わらずシャイターンはシャイだ。

「よっしゃ!そうとなれば早速寝る準備しねーとな!それと隼斗。後で風呂、行くからなぁ!」

「またかよ・・・まーいいけどよ」

 ベッドメイキングを軽く済ませると今度は風呂に入る準備をする。

 それにしても、何だかんだ言って女子のみなさまは俺の部屋の風呂を使ってるから仲いいんだなー。あんなんでも。少し理性を失いかけたが、なんとか我に戻る。

「アリオスー、準備出来たかー?」

「ちょっと待ってくれぇ!今行くわぁ!」

「ってあれ?夜空は?」

「夜空なら自室に戻ったわよ」

「そ、そうか・・・」

 何だったんだあの目は。俺を見てるようで見てない。もっと遠くを見ているようだった。

「うし!それじゃあ行ってくるなぁ!」

「いってらっしゃーい」

 部屋を出ると俺らは並んで大浴場を目指す。

前回と違うところといえば

 

 お互い無言ということだ。



 〇〇〇



 「ふー・・・今日一日の疲れが吹っ飛ぶー」

「なー隼斗。今日ローレルと何してきたんだ?」

 少し険しい表情だった。こいつ、まだ誤解してやがる。

「部屋にいる時は花摘みに行ったって言ったけど、本当はローレルが朝俺の部屋に来て散歩に誘われたんだ。それについて行っただけ」

「そうか、それならよかったぜ」

 妹を愛してやまないらしい。よっぽど心配だったのだろう。

「もう一つ。散歩にしててローレルに異変は無かったか?」

「っ!・・・・・・」

 言うべきか。それとも言わないべきか迷った。

 ふと、ローレルに言われたことを思い出す。

『獣族は嘘をついているかわかる』

 なら嘘をつく意味なんてない。

「あったよ。危うく死にかけたよ」

「やっぱりか・・・ごめんなぁ」

 「やっぱり?」

 「あいつ、隼斗と夜空が来た頃から変なんだ。もしかしたら、って思ってたんだけどな...。でも、その原因をお前が解決してくれたみたいだな。ありがとな」

 いつもの荒い語尾ではなく、丁寧に言っている辺り、責任を感じているのだろう。兄として、そういう結果になってしまったことが何よりの無念なのだろう。

「それって、夜空にも言えるのか?」

「おっと言い忘れてた。ローレルが変になった原因はお前達じゃなくて亜人族全体が対象なんだ。だから自然と夜空への思いも消えてると思うぞ」

「そっか、それならよかった」

「何がともあれ、無事で何よりだった」

「おかげさまでな」

「このやろ!くらえー!」

「ちょ!やめろー!痛い痛い!」

 さっき同様、髪をぐしゃぐしゃにされた。しかも今は浴場。髪が濡れてて指が通りにくくなってるのでかなり痛い。

「よし!そろそろ上がるか!ちょっと長風呂になっちまったからな」

「そうだな」

 そうして俺らは風呂を上がる。

 入る時に立ち込めていた湯気は綺麗さっぱり消えていた。

 服を着て、部屋に帰る途中

「あっ・・・」

「どうした?隼斗」

「すまん、先戻っててくれ」

「お、おう。わかったぜ」

 俺としたことが、下着を脱衣場に置いてきてしまった。



 〇〇〇



 恥ずかしさのあまり猛ダッシュで部屋に戻る。

 部屋の前にはアリオスがいた。

「しー。今みんな寝てるから、俺らととっとと寝ようぜ」

「あー、そうだな。その前にちょっとみんなの寝顔見てからで...ふっ」

「・・・変なことだけはするなよな?」

 ギィーという音と共にドアをゆっくりと開ける。室内は既に真っ暗だった。部屋のあちこちから寝息が聞こえてきた。

「おー、こいつらってこんな寝顔なのかー・・・」

「唯一今までと違うのは、ローレルの寝顔だなー。今日のお前の働きが反映されてるみたいだなー。兄としても嬉しいぜ」

「そ、そんな大したことないと思うぞ!」

「しーっ!起きるから!」

 っといけねぇ。安眠の邪魔をしてしまうところだった。

「それじゃあ俺は先に寝てっからなー。変なことしたらただじゃおかないから覚悟しとけよ?」

「承知してまーす」

「ははっ!それじゃ、おやすみなー。今日はお疲れさーん」

「お、おう・・・」

 いきなりお疲れと言われても困る。

「さて、俺も寝るかー」

 布団に潜り、目を瞑る。だんだんと意識が遠退いていくように感じた。

 

 ドンっという衝撃が腹部に加わった。それで俺は目が覚めた。

「んんー何だよー・・・なっ!」

 俺の腹の側で丸くなっている毛むくじゃらの幼女がいる。

 「むー、隼斗ぉ・・・・・・」

 どんな夢見ているんだ。

 正直、転がしてベッドから落としたかったが、こんなに可愛い姿の娘をそんなひどい扱いをするなんて罰が当たりそうだったのでやめた。

「ったく、世話焼かせなやつだな・・・そんな端っこで寝てると、落ちちゃうし風邪ひくぞ」

 そう言いながらローレルをベッドの中心に移動させ、布団をかける。

「あー・・・隼斗ー・・・あったかいよー・・・」

 本当に寝ているのか疑問に思う。まー気にしないでおこう。

 俺はローレルの寝顔をじっと見つめる。すると、昨日の光景がフラッシュバックのように現れる。

「・・・今までごめんな、ローレル」

 その寝顔は昨日見た顔とは比べ物にならないくらいだった。

 「みんな、これからよろしくな!」 

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