(元)魔王軍参謀による、華麗なるフットボール

@anton

第1話 永劫回帰の世界より

「これでは態々、殺されに行かせているようなものです。なぜ、これほど被害が出ても、私に軍事をまかせていただけないのでしょうか?」


 魔王軍の参謀であるルーク・バルザッリが努めて冷静に、強大な力の持ち主である魔王ロザリスに向かって、ルークの戦略を一行に行使しないのはなぜかを問うた。


「伝統だからだ」


 魔王は玉座に座り、足下に跪くルークをつまらなそうに見つめ、至極簡単にその問いに答える。


「今のやり方では勇者を遠ざけるどころか、貴重な民達を失うだけです。既に、幹部が二席殺害されているように……」


「我々魔族は長い伝統により支えられてきた民である。死した者は己の弱さ故に負けたのだ。伝統に間違いは無い。事実、先代は一体一での決闘のみを至上とし、自身の力のみで世界の半分までをも魔族が領土とした。

 我は先代には及ばぬが、その理念は受け継いでいる。

 貴様の様な弱者を残しているのは、先代に仕えてきた故の恩恵である。本来、世界とは力ある者が弱者全てを支配するという理を絶対としている。その理念は我等魔族が滅びぬ限り、永久也」


 言い終えた後、魔王は扉を魔力で開き、ルークに対して出て行けと告げた。


「それは先代が無二の強さを誇っていたからでしょう!! あの方は民の統制や福祉などの政は我々配下に任せ、全ての戦いを一人で行っていたからこそ魔族にとっての理想国家を実現したのです!! 貴方のように強い者に冠位を与えるのでは無く、全ての者は自身より弱いという理念の中で国を発展させていったというのが、なぜわからないんでしょうか!?

 民達を見てください、強きを求めるばかりで何も満たされていやしない!! 戦場は無駄な死者を増やし続けている! 魔王よ、現実を見ろ!!」


 ルークが握りしめた手からは血が滲み、身体は歯の根が合わずにガチガチと震えている。

 今まで側近としてこの魔王の機嫌を取りながら、兵士達の調整をしつつ、自身の権力が失われる事を避けるために幹部を動かしてきたが、日々増え続ける死者という、初めて陥った事態に頭では無く身体が反応し、遂にその鬱憤は爆発してしまったのだ。


「――去れッッ」


 室内の空間が歪む。その重圧は一瞬ごとに増し、全ての者に平等な恐怖を与えるであろう。黒く巨大な球体へと変化していく。


「グラビティ=」


 球体の周囲からは全てが消え、ただ魔王と玉座のみが、その時空に君臨していた。そして、球体は一瞬で凝縮。


「――――ッッ」


 魔王の詠唱と共にその空間は弾け、周囲へと強大な衝撃波を浴びせながら、歪みを解放する。起こるのは、摂理の暴走である。


「___ッッ!!」


 魔物の中では貧弱であり、頭脳と美貌だけが取り柄であるルークに避ける事は不可能だった。

幸運なのは魔王が手加減していたのか、ギリギリで死を免れていた事だ。


「――再度来るつもりならば」

 魔王は玉座からピクリとも動くことはせず、落ちくぼんだ眼で哀れな豚でも蔑むかのようにルークを見ながら。

「――死を覚悟しろ」と言って、魔力で扉を閉めた。


 地に伏すルークは何度も何度も地面を殴る。潰れた拳からは既に痛覚は失われていた。徐々に身体の神経が鈍くなっていく。



 ――ルーク様ぁ! ルーク様ぁああ! お目覚めになってくださいまし!


「……サキュエルか?」


 目覚めルークの横で、ナース服を着た赤髪の美女がルークの目覚めを待っていた。彼女の泣きはらした目が時の流れを感じさせる。


「あぁっ、ルーク様! どこか痛むところはございませんか!?」


 サキュエルは泣きながらも笑みを浮かべ、心配そうにルークの身体を気遣う。


「問題ない」


 ルークは短く答えて、サキュエルの手を振りほどいた。


「お父様と何がありましたの!?」


「とりあえず、一人にしてくれないか……?」


「……ごめんなさい」


 サキュエルは魔王と妾の間に生まれたサキュバスであり、正統な血縁者が存在する城内で、暫く禁忌の存在として扱われてきた。

 サキュエル自身もその扱いに不満はそれほど不満は無かった。虐げられているというわけでも無く、自室の中に引きこもりがちだったくらいだ。

 しかし生きがいはなかった。


 その状況を打破し、幹部として彼女を推薦したのがルークなのだ。

 力をモットーとする魔王に認められる力がサキュエルにあったからこそだが、ルークのおかげで生きがいを見つける事ができたのだと多大な恩を感じ、彼に恩返しをしようと付きまとっていたのだが、あっけなく彼に惚れてしまい。

 それからは付きまとい行為もエスカレートし、現在のルークにとっては気がつけば側に居るという存在なのだ。正直迷惑にも思っている。


 そんなサキュエルを追い出したルークは兵士達の事を思い。一人医務室でこの事態を解決する方法を思考する。


「どうしたのかしら?」


 その時、ルークの寝ているベッドに接着した壁から、黒い装束を着用し、三角帽子を被った魔女が身体を半分だけ出して現れた。


「どうして、俺の思い通りにならない……?」


 この魔女はルークが幼い頃より、悩みを抱えると現れる存在で、対価を授けるだけで願いを叶えてやろう、と契約を迫ってくる胡散臭い魔女だ。

 ルークはそんな魔女に問うた。


「ふふふ、そんなあなたに良い取引があるんだけど、どう?」


 唇に一指し指を当て、心底楽しそうな表情で魔女はルークのことを見た。

 ルークは唇を噛み、今まで味合わされてきた苦渋を思い浮かべながらも、乗ろうと決断した。


「契約成立ねぇ」


「待て、まだ、内容を聞いてないぞ!」


「聞こうとした時点で成立よぉ」


 魔女は愉悦に浸るようにルークの頭を撫でる。

 ルークは振り払おうとするが、腕の痛みが走り、おとなしく撫でられるに留まる。そして観念したようにルークは魔女へ契約の内容を問うた。


「既にこの世界はね。進む未来が決まっているのよ」


「どういうことだ……。神は進む未来を既に決めているとか言う話か?」


「ある意味ではそうねぇ」


「勿体ぶるんじゃない!」



「あら、怖い怖い、怒られ続けるのも嫌だし。親切に教えてあげるとね、この世界は偽りの世界なのよ」


魔女は艶容な笑みを浮かべながら言った


「哲学的な話なら遠慮だ。帰れ」


「もう、先走りすぎよ。本当に、人が作った世界なの。ここは」


「つまり、なんだ。お前が言っている事もそうだってことか?」


「違うわよ」


 魔女が身をすくませて言う。

 ルークは先に進まない議論に苛立ち、歯ぎしりする。


「この世界の根本的な進む道は決められていて、貴方が死ぬって事は規定事項。幹部は全員死亡で、勇者達の勝ち~めでたしめでたし~ぱちぱち~ってことよ」


「そんな事は神でも無いと分からないはずだ」


「もーう、頭が固いわね。この世界は人が人を楽しませるために作ったゲーム内の世界なのよ」


「……ゲーム?」


ルークが呆気にとられる。

 魔女はクスクスと笑い続ける。


「そう、ゲーム、ゲーム。 ここはフィクションの世界ってこと」



「何を馬鹿なことを……。ここが仮にフィクションだとすれば、現実とはどんな場所か言って見ろ」


「そうねぇ。何も無い、つまらない場所よ。だから楽しむために貴方たちを作るの。納得できた?」


 魔女は間を開けることも無く答える。


「証明して見せろッ!」


 ルークは決して信じようとしない。

 百を超える年を過ごしてきた世界が虚構な存在だとどうして信じられようか?


「私が嘘を言ったことがあったかしら? まぁ、証明なら出来なくも無いけど、というかそれが契約の趣旨なのよね」


 ルークの額から汗が溢れる。信じたくないが、妙な説得感に押されてしまう。魔女と長く関わってきたからこそだ。


「ふふ、私はね。現実世界を面白くするために、この世界に来たのよ」


「信じたくはない――が、お前がこれまで起こしてきた不可能と思われる奇跡の数々、信じざる負えない。か……」


 ルークはため息を吐くと、背筋だけで上背を起こし、魔女の目を見つめた。


「これまでも色んな世界に干渉して、微妙に世界のバランスを変えたりしてたのよ。でもこの世界は今回でお終い。と言うわけで貴方とは長い付き合いだから。永遠に決まった道を進み続ける貴方のことを、現実世界に連れて行ってあげようかなと思ってね」


 魔女は黒い手袋で覆った手の人差し指を立たせ、円を書くように回している。


「なぜだ………………」


 ルークを虚しさが襲う。仲間が、敵が、自分が。この世全てが架空だとすれば。それが事実ならば、自分が生きてきた意味とはなんなのだろうか。魔王の暴虐を止めるため身体を張った今日はなんなのだと。


「なんか初めて会った君が悲しそうに見えたからかしらねぇ。可愛かったしねぇ。そんな君と長い間付き合っていたら情が湧いちゃって。ふふっ」


魔女はウインクをして、ルークに微笑む。


「つまり、対価というのは建前で、実際はただのお前の温情だと?」


「信じるか信じないかはルーク君次第! さぁどうする?」


 魔女は両手の人差し指を立て、選択肢を提示する。


「この世界を出て、何の知識も無い現実で生きる」

 または

「勇者と戦い続ける」


 ルークが言うであろう答えを確信し、魔女はくつくつと笑いながら待つ。


 ――フッ……言うまでもないだろ?


 ――――ええ、貴方のことなら何でも分かるもの


 ――――――ハッ、呆れた奴だ。現実世界とやらで俺の真の実力を……


 ――――――――


 ――――――――――


 ふと寄ったコンビニには、

 23歳リーグ最年少監督誕生!!、奇跡の再来か? 名将のDNAを持つ男はチームを優勝へと導く事が出来るのか!? と言ったような見出しが表紙を飾っているスポーツ新聞がいくつも置いてあった。


「あぁ~っもう嘘でしょおおおぉぉ!! 僕なんてお爺ちゃんの横にいただけなのにいいぃぃ!!」


 青木 秀一郎  23歳  趣味 ゲーム、漫画、アニメ 彼女歴 無


 彼の祖父は二部に低迷していた古豪を復活させただけではなく、そのチームで一部リーグ制覇を何度も成し遂げた名将である。

 アジアチャンピオンも五度経験しており、国際試合では戦力で大きな差がある世界的名チームと打ち合いの果てにあと一歩まで追い詰めることが出来たほどの勝負強さを彼は誇っていた。


 そんな彼が他のチームの誘いを受けなかったのは青木秀一郎に要因がある。彼の両親は既に他界しており、祖父が孫の面倒を見るしか無かったのだ。

 そんな名将と言われる祖父の元、青木は中学を卒業したばかりの頃からチームにくっついて回っていた。その癖、祖父の指導にうんうんと頷くだけで、サッカーについてほとんど何の知識も身につけてないのである。


 おまけに監督をするために必要なライセンスさえもコネで無理矢理に取得したほどの無能である。


 そんな彼が監督に就任したのは、一つのチームを生涯育て上げた名将の死とずっとくっついていたと言う事でスポンサー、メディアから白羽の矢が立ったことが要因だ。その理由故に、内情を知るものは彼を認めておらず。

 青木秀一郎は現在、常に胃痛と闘っているのだった。



「はぁ……もう、efでもするかぁ……」


 通称ef___エネミー・ファンタジー。およそ20年前に制作されると空前の大ヒット、そのままシリーズ化し最新作が一昨日に出たばかりのRPGである。


「えっ……なにこれッ! アッ! イヤッ! ダメッ!! アアアアアッッッッッッッ!!」

 画面に突如現れた腕は秀一郎を引きずり込み、その姿を黒い画面へと消した。



 _____「えっ、なにこのイケメン…………」





 _____「ここが、現実か………………」















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