第10話 少女と記憶

 町の片隅に在る小さなカフェで、とある3人は、とても気まずい雰囲気で一つのテーブルを取り囲む様に椅子に腰掛けていた。デュアルの隣には、ナスカが座り、正面には、あのフードの少女が腰掛けて、ジッとデュアルの顔を凝視している。

「あっ……あの!?」

最初の声を上げたのは、ナスカだった。いたたまれない雰囲気に耐えられずにナスカは、思わず声を上げてしまった。その勢いに勇気を乗せて、ナスカは、この状況の打開を試みようと思ったのである。街中のメインストリートで、出会った少女は、何故かデュアルのそばを離れようとしなかった。デュアルがあれこれとその理由を聞き出そうとしたが一言も語る気配さえ見せなかったのだ。デュアルは、仕方なしに少女とナスカを、落ち着けるカフェへと連れてきた。

「あのさ、名前は? どこから来たの?」

ナスカは、自分でも白々しいと思いながらも少女に問いかけた。私は、この少女の事を良く知っている。しかし、この少女は、私の正体を知らないはずだ。ばれるはずがない……と、ナスカは、そう確信していた。ナスカの問いかけに少女は、視線をデュアルからナスカへと移した。そして、少女は、何かのスイッチが入ったように喋りだしたのだ。




「私は、探していたのです」

少女が最初に発した言葉がそれだった。デュアルもナスカもその少女の言葉に呆気に取られていた。少女は、再びデュアルの方へ視線を移すと、被っていたフードを取り、悲しげな表情を浮かべた。フードの下から現れた顔は、やはりナスカの良く知る人物に相違なかった。

「逢いたかった。デュアル、貴方に逢いたかった。でも……」

少女のその言葉にデュアルは、表情を険しくした。そして、身を乗り出すようにテーブルに手をつく。

「俺に逢いたかっただと? やはり、俺を知っているんだな? 過去の俺を……」

「はい。過去の貴方を知っています。しかし、私が逢いたかったのは、過去の貴方であって、今の貴方では、ありません」

「過去の俺? そんなものは、存在しない!」

デュアルは、少し苛立ちを隠せない様子で声を荒げた。ナスカは、そんな二人の言葉のやり取りをハラハラしながら聞いていた。出来る事なら、今すぐこの場から、デュアルを連れて逃げ出したいとそう思っていた。しかし、それを許す様な状況では無いとナスカは、キュっと唇を噛み締めた。

「それは、貴方が過去の記憶を無くしているから……」

「だとしても、それを認めれば、今の自分を否定する事になる」

「記憶を取り戻せば、そんな事は、気にならなくなります」

「何故だ!? どうして、過去の俺に拘る?」

デュアルは、怒りを爆発させたようにテーブルを両手で叩いた。ナスカは、その音にビクリと身体を振るわせる。ナスカが心配しているのは、まさしくこの事だった。さっき、少女の言った言葉……。

『記憶を取り戻せば、そんな事は、気にならなくなります』

この言葉が深くナスカの心に突き刺さる。記憶を取り戻せば、今のデュアルの存在が跡形もなく消えてしまう。それほど、以前の彼の人格は、強烈だった。

「意味が無いのです。今の貴方では……意味が無い」

少女は、そう呟くように言うと再びフードを被って席から立ち上がった。

「日を改める事にしましょう。再開するには、早すぎたのです」

「待て!! まだ、理由を聞いていない」

背を向ける少女にデュアルは、そう呼び止めた。少女は、ゆっくりとデュアルの方へ振り返った。

「私は、……貴方に殺されたからです」

少女は、そう言って、デュアル達の前から去って行った。


 街中のメインストリートをフードの少女がフラフラを歩いていると、一人の青年が少女の右手を掴んだ。

「エリス、何処に行ってたんだ? ヒルダが心配している」

「……」

青年の言葉に少女は、答えない。まるで、電池の切れた機械人形のようだった。

青年は、思う。ここ数年、この少女の声を聞いた事がなかった。これも、あの出来事の後遺症なのかもしれないと、青年は、あの惨劇を思い出して苦々しく歯を噛み締めた。

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