第4話 クリスと言う名の少女

 バルド帝国城の地下にある牢屋で、鞭が叩きつかられる音が響きわたって居た。その牢屋には、太い鉄の鎖で両手両足を壁に縛り付けられた格好でラファエルが捕らえられて居る。そんな姿のラファエルに一人の体格の良い兵士が鞭を叩きつけていたのだ。

「いいかげん。吐かないか。どこの国の間者なんだ? 陛下の命を狙うなど」

兵士は、痺れを切らした様子でそう言った。だがラファエルは、うなだれたままで何も答えようとしない。兵士は、皇帝ラーに『殺すな』と命令されていた手前、あまり強硬な手段の出られない事への苛立ちを募らせていた。

「知っているか?」

今まで沈黙も守っていたラファエルがいきなりそう呟いた。突然の事に兵士は、驚いて大きく両目を見開く。

「なんだ、いきなり」

「知っているか? 精霊魔法って言うのはな。精霊の声を聞き、自身の魔力を餌にして魔法を使ってもらう事を言うんだ」

「いったい、何の話をしている?」

「あにくに俺は、昔、皇帝ラーに身体中を弄り回されたおかげで、精霊の声が聞こえなくなってしまってな。だから、考えたのさ。自分自身の内に眠る魔力の活用法をさ。エルフは、純粋な魔法は使えない。人間とは、構造が違うらしくてな。最初は、上手く行かなくて苦労したがね。身体に眠る魔力を全身に巡らせる事に成功したんだよ」

「いいかげん、だまらないか!!」

兵士は、いいかげんウンザリした様子で叫んだがラファエルは、かまわず言葉を続ける。

「そうだ、魔力を全身に巡らせるんだよ。細胞一つ一つに染み渡るようにな。そうするとな……こんな事が出来るんだよ!!」

ラファエルは、そう言って、少し力んで見せた。すると、ラファエルの身体を拘束していた太い鉄の鎖がまるで粘土の様に引き千切られたのだ。

兵士が驚いて、声を上げる間の無く、ラファエルは、自由になったその身を素早く前進させて、兵士の顔面を右拳で殴りつけた。小さな悲鳴を上げて、兵士は、その場に崩れ落ちるとそのまま気を失ってしまったのである。

「この力の唯一の欠点は、体力の消耗が激しいと言う事だな」

ラファエルは、そう呟きながら、気を失った兵士の腰から、ショートソードを奪い、牢屋の鍵の束を服の中から引きずり出した。

「さてと、随分時間が過ぎた。早く見つけ出さないとな」

ラファエルは、鍵を開けて、ショートソードを右手に牢屋の外へと飛び出して行くのだった。



 塔の中で静寂なる暴風は、思い悩んで居た。クリスを連れて、城の外へ脱出を試みたものの結果的に塔の部屋に閉じ込めらてしまった事に悩んでいたのだ。

「クリス、この部屋の魔法結界のおかげで、簡単に脱出できなくなったね。僕の魔力でも無理そうだ」

「……もう、諦めるしか」

「大丈夫だよ、僕が外の世界へ連れ出すって契約だからね。必ず、外へ連れて行くよ。ただ、その方法が簡単では無くなっただけだよ」

「でも。どうしたら」

「さっき、男が魔法結界を修復した時に僕の術式を割り込ませたんだ。でも、今のままだと術式を発動しても魔法結界は、完全に壊せない。もっと、魔法結界に負荷をかけないとね。僕とクリスの魔力では、魔法結界のリミットギリギリなんだ。せめてもう一人分の魔力圧力があれば……」

静寂なる暴風は、心配するクリスを落ち着かせる為にそう説明したが実際に現状では、なすすべが無い事を解かって居た。ただ、静寂なる暴風達が出来るのは、脱出するチャンスが来る事を待つのみである。





 バルド帝国城内では、慌しく兵士達が走り回って居た。

「脱走だ。賊が地下牢から逃げたぞ!!」

兵士の一人がそう叫んで周りに注意を促す。そして、その情報は、城内全てに行き渡り、城に居る兵士達が一斉に動き出した。ラファエルは、ショート・ソードを片手に城内で押し寄せて来る兵士達相手に激闘を繰り返しながら、移動をして居る所だった。

「オイオイ。どんだけ兵が居るんだよ。それにしても俺一人の為に総動員かよ」

ラファエルは、切れ間なく押し寄せてくる兵士達を見て、ため息混じりにそう呟く。そして、とうとうラファエルは、城の西側に位置する塔へと追い詰められてしまった。 塔の扉を背にして、ラファエルは、ショート・ソードを構える。

「一寸、まずいな。このままだとまた捕まるか。体力もこれ以上こころもとないしな」

ラファエルは、ゆっくりと迫り来る兵士達を睨みながら、背にある扉のドアノブに手を掛けた。すると、カチッと、言う音と共にに扉が少し開く。

「ふっ、鍵が掛かってない? 篭城して、体力の回復を待つか? このままじゃジリ貧だしな。しかし、どちらにしても逃げ場が無い。時間が稼げるだろうが」

ラファエルがそう思案を始める間のなく、睨み合いの痺れを切らした兵士の一人が斬りかかって来た。すぐさま、ラファエルは、身を翻して飛び込んで来た兵士を蹴り飛ばすと、その勢いのまま塔の中へとその身を滑り込ませた。





 塔の前で兵士達が中に飛び込んだラファエルが出てくるのを待っていると、部隊長であるロディーがやって来た。

「どうした? 何をしている?」

「それが、地下牢から逃げ出した賊がこの塔の中に逃げ込みまして」

兵士の一人がそう説明するとロディーは、少し考え込むと兵士達に命令を下した。

「ふむ、放って置いてもいいだろう。もう良い。お前たちは、下がれ」

「しかし……」

兵士達は、ロディーの命令が納得がいかない様子で声を上げた。

「あの賊は、普通の地下牢では、意味がなさそうだ。もっと、特別製の牢屋を用意するまで時間稼ぎになる」

「ですがあの塔の中には」

「何も出来んよ。あの塔の中には、強力な魔法結界が張ってある。魔力を持たない人間には、無害だがね。魔力を持つ者にとっては、蟻地獄の様な所さ」

ロディーのその言葉に兵士達は、これ以上意見出来なかった。 自ら罠へと入り込んで行ったラファエルを暫く放置する事しかできない事への蟠りが兵士達に在った事は、ロディーも理解していたが現状出来る事は、それしか無い事も解かっていた。

ただ一人の賊と言うには、とても強い戦闘力を持って居る。下手に手を出して、こちらの被害が増える事は、ロディーも本意では、なかったのである。



 ラファエルは、塔の中に入ると急激な疲労感に襲われその場に崩れ落ちてしまった。

「なんだ、ここは? この部屋は……力が急に入らなく」

突然の侵入者にエイダは、驚いて崩れ落ちたラファエルの方へ駆け寄った。

「誰? 貴方は?」

そう問いかけたエイダをうつ伏せに倒れたラファエルは、目だけを動かして、エイダの姿を見据える。

「この部屋は、そうか。魔法結界か。お前は、平気なのか?」

「慣れているから」

「まるで、強制的に身体中の魔力が吸い出されていくようだ。これを慣れているか。そうとうな魔力の持ち主なのか?」

「解からない。物心ついた時から、ここに居るから」

エイダは、少し心配そうにラファエルの手を握る。すると、ラファエルは、無理やり身体を起こして溜息を吐く。

「大丈夫だ。俺も少し慣れてきたよ」

「貴方は、誰なの?」

エイダは、再びラファエルにそう問い、ラファエルは、少しおかしそうに笑みを浮かべた。

「ああ、そうだな。まず名を名乗るか。俺は、ラファエル。お前の名前は?」

「エイダ」

ラファエルは、エイダの名を聞いて、少し驚いた様子で考え込んだ。

「違うのか、この子がそうだと思ったのだがな」

「いったい何を?」

「お前、クリスと言う名の少女を知らないか?」

ラファエルの口から出た『クリス』と言う名前を聞いて、エイダは、ピクリとその身を震わせた。そして、キュっと唇をかみ締める。

「それは、私の事です。私の名は、エイデリア・クリスティーン。それは、私のミドルネーム」

「そうなのか? なら、お前事に間違いないだろう」

ラファエルは、ようやく目的の少女を見つけ出せた事に安堵の溜息を吐いた。ラファエルは、ある人物の依頼を受けて、城の中で幽閉されている『クリス』と言う名の少女を救出する事が目的だったのである。

「ある人物の依頼でな。お前をこの城から助け出しに来たんだよ」

ラファエルがそう言うとエイダは、嬉しそうに笑顔を向けた。



 エイダは、もう一人の『クリス』の存在を理解して居たがそれをラファエルに告げる事は、しなかった。それよりも自分自身が自由になれるチャンスがやって来た事に嬉しさを隠しきれなかったのである。

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