05.

「あのぉ、私なんかが口を挟むのもあれなんですけど、どうしたんですか?そっちの女の人」

「おや。随分と積極的に鬱陶しい事柄に首を突っ込むのだね、君は。それで、君の方はおつかいは終わったのかな?」

「おつかいは終わってないです。でも、受付が混んでいるようなので待っている状態ですね」

「それは災難だったね――」


 ズダン、と悩ましい彼女は両手で力一杯机を殴った。一瞬だけ周囲が静まり返る。


「何よ……私の事、訊いたんじゃなかったんですか?それとも何、私が悲しみに明け暮れていると言うのに、まさかただの世間話でもしに来たんですか?私の境遇をダシに使って、自分だけ時間を潰そうだなんて、私を弄んでいるとしか思えない……酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い――」


 ――アッ、この人ヤバイ感じの人だ……!

 ぶつぶつと同じ言葉を繰り返す彼女を前に、文字通り言葉を失って固まっていると全く気にした風もなく、紳士のおじさまは正気とは思えない彼女に言葉を投げ掛けた。


「君がなかなか話さないからだろう。聞いているうちに、事のあらましでも説明したらどうかね」

「だから、さっきから言ってるじゃないですかッ!無くなったんですって、私の大事な大事な、命より大事な彼からのプレゼントがッ!!」

「と、言うわけだよお嬢さん。私もね、いちいち彼女の持ち物がどこへ行ったか把握しているわけではないからね。完全にお手上げというわけだ。と言っても、彼女の管理体制に不備は無いよ。となれば、ネタは割れたようなものだから部屋を片付けろとそう言っているのに聞かない。まったく嫌になってくるよ」

「片付け、ですか?」

「ああ、引っ越すのだよ。水の国も住みにくくなってきてね。まあ、分かりきっていた話だけれども。それで、先に引っ越し先を見に行った仲間が間違って彼女の荷物を持っていってしまったのだろう。少し考えれば分かる事だろうに、ギャーギャーと煩い事だ」


 ――既視感。あれ、この話ついさっき聞いたような。凄く新鮮、全く持ってタイムリーな話題なのではないだろうか。

 この人、届け先の人かもしれない。この勢いだと確かにアルデアさんを刺殺してもおかしくない。そのくらいには形振り構っていられない状態だし、一応確認してみよう。


「えーっと、つかぬ事をお聞きしますが……お姉さん、お名前は?」

「はぁ?」

「いやあの、騙されたと思って……」

「……イカルガ」


 ちら、と住所の紙に視線を落とす。間違い無い、彼女――イカルガさんが荷物の届け先だ。ああよかった、これで開放される。私と、恐らくはイカルガさんも。


「イカルガさん、アルデアさんからお届け物です」

「えっ」


 鞄から取り出した小包をイカルガに渡す。小さな白い箱を見た彼女は、それをすぐに開けた。綺麗な形の目が大きく見開かれる。どうやら依頼完了らしい。

 実は、こうしたドッキング現象はよくあるのだ。例えば、相乗りした相手が届け先の知り合いだった。こういう類の出来事が。どうも、瞬間移動の能力と関わりがあるような気もするが、私は研究者というわけではないので調べようがない。そもそも、ギフトの技能というのは数値化出来ない――


「うぐっ……!?」


 ずしり、と首の裏に掛かる重み。暗転する視界。

 状況を把握するより早く、頭上からイカルガさんの声が響いた。


「ありがとう、本当にありがとうございます……!何とお礼をしたらいいか!私、このままだとおかしくなっていたかもしれません!!」


 ぎしり、と首に巻き付いた腕が力を増し、首の骨から軋んだ音が聞こえてくるようだ。いやいやいや、あなた、今のままでも十分おかしいですよ、という声は声にならない。まるで旧知の仲のような過激なスキンシップ。ペットの大型犬でも抱きしめているような、そういう雑ささえ感じる。

 それを見ていた紳士のおじさまが呆れたように、一応はイカルガさんを咎めるような声を掛けた。


「都合の良い事だな、イカルガ嬢。先程の態度と180度違うじゃないか。それに、おつかい、か。君のそれはおつかいの度を超えている。まるで運送業のようじゃないか」

「いいから……離して……下さい!」

「おやおや。イカルガ嬢、その『恩人』とやらを締め落とす気かね。いやはや、愛情表現が締め落とすというのは爬虫類か何かのようだ」


 するり、と先程までの締め上げが嘘だったようにイカルガさんの腕が離れて行った。助かった、このまま締め殺されるのかと思ったし、何より彼女とは初対面である。そんなのに必要以上の距離で纏わり付かれればある種の不気味さを覚えるのは必至。

 息も絶え絶えにイカルガさんから離れれば、彼女は「何故?」とでも言いたそうな顔をしていた。理解する。この人、ペットに構い過ぎて逆に殺してしまうパターンの人だ。愛情表現というのはより過激で、より力強い方が良いとそう思い込んでいる人の典型。その相手が初対面だというのも空恐ろしい。

 据わった目をしたイカルガさんは紳士を睨み付けている。今にでも殺し合いを始めそうな殺伐とした空気感。


「君、運が良かったな。私がいない時であったのならば、今頃彼女の部屋に人形が一つ増えていたかもしれない」

「に、人形……?まあ、取り敢えずこの紙にサインして貰えますか。出来るだけイカルガさんだと判断出来るものが良いです。あ、これ。ペンどうぞ」


 長居するのはよくない、と判断しさり気なくサインを促す。これさえ貰ってしまえば、あとは逃げ出すのも容易だ。


「書けましたよ。うふふ」


 綺麗な笑顔で届いた荷物を見ているイカルガさんに注意しながら、そっとサインの紙を受け取る。『ボスへ 絶対に許さない』、ボスって何なんだろう。仲間だとか何とか言っていたし、何かの組織なのだろうか。

 あまり深く突かないようにしよう。顧客データの流出、なんて不吉な事を考えながら、紙を仕舞う。あとはこれとアルデアさんの報酬金を交換すれば依頼は終わりだ。

 それにしても――


「イカルガさん、彼氏さんの事大好きなんですね。えへへ、良いなあ仲良しカップルって感じで」


 思い浮かべる。私も意中の人物とこの綺麗な街並みを歩き、アクセサリーを贈って貰う。何て素敵で平凡な夢なのだろうか。最も、私には彼氏なんていないが。

 ふと、妄想から我に返るとイカルガさんがこちらをじっとり見つめているのに気付いた。え、何?何か変なスイッチ押した?


「そう見えますか?」

「え?はい?」

「見えますよね、見えてますよね?そう、実は私、彼の事が大好きで大好きで大好きで――」


 何か面倒臭い事になった、そう気付くより早く、イカルガさんの口から飛び出す惚気と惚気と惚気。マシンガントーク過ぎてほとんどが聞き取れない。うわぁ、とでも言いたそうな顔をした紳士のおじさまは早々に席を立ってこの場から雲隠れした。

 そして何より、風邪を引いてしまうくらいの温度差。

 私にとってイカルガさんは依頼人の片割れに過ぎないのだが、イカルガさんはまるで私が旧い友達か何かのように語り掛けてくる。いやいやいや、私とあなたは出会ってまだ数分しか経っていないほぼ他人同士なのだが。

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