第29話 あ、俺が焼いてた肉を!

 猪の皮を他の冒険者にも手伝ってもらい剥ぎ取った後、ジュニアスさんに買い取ってもらった。肉は猪を真っ二つに解体した後、半分を寄り合いの行商へ無料で差し入れして、残りはちょっとした焼肉パーティをこっちで開いた。


 簡易かまどの上に置いた鉄板でスライスした猪肉乗せて焼いた。味付けは塩のみだけど、案外美味しい。5・6人ずつ小さな鉄板に群がり、「あ、俺が焼いてた肉を!」とか言い合いながらも美味い美味いと、冒険者も行商人も旅人も関係なく各々が焼けたそばから肉を貪り酒を飲んで楽しんでいた。


 残念ながら周囲警戒のため見張りをしている冒険者たちは参加していないけど、彼らの分はちゃんと取ってあるので、あとで食べて貰う事になっている。


 ちなみに僕とリナは自分で獲ってきた獲物で、更にみんなに無料で提供したからということで2人で一つの鉄板を使ってのんびりと味わって食べていた。


「やっほーマサトさん、お肉ありがとうございます!」

「ありがとう」


 僕たちが2人で焼肉を食べているとイリーナさんとレメイさんがこちらにやってきた。


「いいよ、というかあんな大きい猪2人じゃ食べきれないしね、遠慮せず食べて。そうだ、どうせなら一緒に食べる?」

「良いんですか、じゃあ是非是非!」

「冒険者たちと食べてるとお肉を焼く係になってたから助かるよ」


 イリーナさんは素直に喜び、レメイさんはちょっと疲れた顔で喜んでいた。そうか、冒険者と一緒の席になって彼らの食い意地に付き合ったら食いっぱぐれてしまったのか。そこまで気は回らなかった。ここは僕が焼く係になろう。


 僕は菜箸を手に取り猪肉を焼き始めた。鉄板に所狭しと並べてドンドンひっくり返していく。そこでイリーナさんとレメイさんが全然食べてないことに気づいた。


「ほら、焼けていってるからドンドン食べてね」

「あー、うん。ありがとうございます。えっと、マサトさん、その木の棒は何ですか?」

「よくそんな木の棒で器用にお肉挟めるね」


 食べなかったのは僕の箸捌きを見ていたからみたいだ。


「あぁ、これ?菜箸っていうんだよ。大陸の東にあるイストエルドラド王国っていう国で使われてる道具で、切り分けたり刺したり挟んだり出来る万能の食事道具でかなり便利なんだ。なにせ木の棒2本あれば箸になるからね」


 まぁ僕が今使ってる菜箸はリナに頼んで竹を割いて作ったんだけど、使いやすいように細長い円錐みたいにあの水属性魔法のレーザーメスみたいなので加工してもらった。


 イストエルドラド王国は刀や箸、それ以外にも何故か日本文化と共通点が結構あって自分にとってはかなり不思議な国だ。多分ハナとかが広めたんじゃないかなーと思うんだけど、今度向こうから連絡があったときにでも聞いてみよう。


 あとイストエルドラド王国で侍みたいな職業や旅籠屋とか王国独自の職業も禊ぎでやったから、いずれスロットで引くことになるだろう。旅籠屋のスキルが何の役に立つのかはさっぱり分からないけど。旅籠屋のスキルを引いたら一度イストエルドラド王国に行ってみようかな。旅籠屋のスキルを上げながらリナでも乗せ・・・一人じゃ無理か。


 僕は2人にお皿を差し出すように言って、ひょいひょいと菜箸で鉄板からお肉を皿に移していった。


「早く食べないと焦げるよ」

「わわ、頂きます!」

「じゃあ、遠慮無く頂くね」

「ほら、リナももっと食べて」

「いえ、やはり調理は私が」

「箸が使えるようになったらね」


 僕はリナの皿にも焼けた肉をドンドン載せて、残りのちょっと焦げた感じの肉を僕の皿に移してから菜箸から自分用の箸に持ち替えて食べ始める。


「そっちはちょっと箸が短いんですね」

「ん?あぁ、さっきまでの長い箸が菜箸っていって、主に料理を取り分けたり料理中に使う専用のお箸。今僕が使っているのが食事用のお箸。食べるときと料理したときで同じお箸使うと他の人に取り分けるときばっちいだろうしね」

「べ、別に私はマサトさんのなら・・・」


 やはり僕はイリーナさんに好かれているようだ。だけどイリーナさんはブラートだし、性格や記憶なんかも天界から一時的に書き換えられていることを知っているだけでなく禊ぎの邪魔をしてしまう可能性があるので、その好意を受け取るわけには行かない。


 僕はトゥルーサイトのスキルを発動してイリーナさんを見てみる。ブラートの姿になったイリーナさんが、女性のラフな格好を着こなし小さく口を開けて肉をもぐもぐ食べている姿を見て、これで惑わされることは無いなと確信した。


 このままトゥルーサイトのスキルを発動していてもいいけど、うっかりブラートの名前を出したりしたら変に思われるだろうから、今の姿を脳に焼き付けてスキルを止めた。


「ご主人様、食事が終わったら箸の使い方を教えて下さい」

「あ、うん。良いよ。慣れるまで大変だろうけど、頑張ってね」

「あ~いいな。わたしも教えて下さい!」

「便利そうだしわたしにも教えて欲しい」

「良いよ。まぁとりあえず先に食事だね」


 それからも肉を焼いては食べてを繰り返して食事を終えた後、リナにまた箸を作ってもらってそれぞれ箸の持ち方をレクチャーした。


「う、手がつりそう」

「これは予想以上に難しいね」


 イリーナさんとレメイさんはかなり苦戦しながら箸を閉じたり開いたりする練習をしていた。リナはというとあっさり習得して今はジュニアスさんから豆を少し買い取って皿から皿へ移す練習をしていた。というか既に僕よりも上手い気がする。


「リナは凄いね、もしかしたらもう僕より上手く箸を使いこなしてるかもしれないよ」

「恐れ入ります。これで今後はお肉を焼く際はお任せ下さい」


 ふとリナと鍋をすることがあったら、鍋奉行になるんじゃないかとか思ってしまった。メイド姿で鍋ってのも変かなと思ったけど、さっきまでメイド姿のリナに給仕してたんだから、それもありかと思い直した。


「そういえば、マサトさんはイストエルドラド王国出身なんですか?」

「名前の語感も似てる気がするね」


 あぁ、出身国を聞かれることを考えてなかったな。まさか異世界ですとも言えないから、とりあえずイストエルドラド王国には子供の頃までは住んでいたと答えておいた。また何か上手い理由を考えておこう。


 夜も更けたので10人くらい寝られるテントに僕とその隣にリナ、あと何故かリナの反対側にイリーナさん、その隣にレメイさんと一緒に寝ることになった。


 チラッと、もしかしたらまたテンプレ的に昼間撃退した冒険者たちが襲ってくるかなと思ったけど、結局何事もなくその日は寝て過ごすことが出来た。

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