第13話 き、聞いてないよ?
開発室も事務室から入る事が出来るらしく、また開発室からも広間に出入りすることが出来るそうだ。開発室が携わっているのは、主に広間のスロットと事務室のパソコンがメインで、以前までは広間しか出入り口がなかったが、パソコンが開発されてからは事務室への出入り口も要るだろうということで増設されたそうだ。
地球では高校生だったときに異世界召喚されたので、就職したことも大学に通ったことも当然ながら無いので、開発室というところに入る事自体が始めてなので少しワクワクする。そんな開発室のドアの前まで移動し、リナさんがノックをした。
しかし、返事は無かった。だけど部屋からはドタバタしている音が聞こえるので、不在というわけではないようだ。リナさんはドアをもう一度ノックした後、返事を待たずにドアを開けた。
「失礼します。マサト・カナエ様をご案内しました」
僕はドア越しに中の様子を伺ってみると、見える範囲で天女数名がスロットの中を見たりパソコンを分解していた。どうやら集中し過ぎていて、リナさんの声が聞こえていないようだ。
「エルザ開発室長はどちらにいますか!」
「ここに居ますよ~。ちょっと今手が離せないから少し待ってね~」
どうやら僕からは見えないところにいるようだ。手が離せないということは同じように何か分解したり調べたりしているのだろう。僕も地球に居た頃はバイトして稼いだお金で自作パソコンを組み立てたりしていたから、凄く分かる。特にマザーボードに電源スイッチなどの配線を繋げているときに、話しかけられたり用事を言われたりすると、凄く困ったし。だけど、リナさんはそれが分からないのか更に声を掛けた。
「そういう訳には・・・」
僕はリナさんの後ろに立ち、無言で肩をポンポンっと叩き、リナさんが振り向いたところで首を振った。
「僕は気にしてないから、切りの良いところまで終わるのを待っていようよ。気持ちも分かるしね。それに、ここから見てるだけでも楽しそうだよ」
部屋の中に入ってみて分かったことだが、この開発室も恐らく事務室と同じ位の大きさがあり、部屋の奥の方には見た感じガラスの壁で区切られていて、中に大きな機械が置かれているようだった。
またガラスの壁のこちら側は、机が整然と配置されてはいたが、どの机の上もスロットやパソコン、それ以外の機械類もところ狭しと置かれていた。工場とかこんな感じなのかなーと思いつつ、キョロキョロとあちこちを眺めていたら、作業が終わったのか一人の天女が僕たちの前にやってきた。
「ごめんね~お待たせ。ちょっと配線に手間取っちゃって。それで何かまたあったの?」
「・・・はい。マサト・カナエ様をお連れしました。マサト様が開発室の見学をしたいということですので、エルザに案内をお願いします」
恐らくこの人がさっき言っていたエルザさんなのだろう。エルザさんの言いようにまだ釈然としないのか、リナさんは少し無愛想気味だった。
「あぁ、この子が例の過剰に禊ぎをしてしまった子か~。大変だったね~」
「特に気にしてないですから大丈夫ですよ」
「おぉ、良い子だ~」
このエルザさん、見た感じボーイッシュなウルフショートの髪型なのに、中身はどうやら少し緩い感じのお姉さんという風だ。灰色のジーンズ柄のツナギに身を包んでいて胸が少し控えめなのもボーイッシュさを出しているが、内面が滲み出ているのかどこか可愛い雰囲気のある不思議な女性だった。
「エルザ、マサト様にご挨拶をお願いします」
「はいは~い、わたしはエルザ = ディドロ。ここ開発室の長をやってま~す。よろしくね~」
「はい、よろしくお願いします。僕はマサト・カナエです」
ニコッっていうよりどちらかというと、ニパッっていえば分かるだろうか。笑顔を見てほんわかするような感じで向けられて、僕はエルザさんを少し気に入った。
「エルザ、こちらのマサト様は・・・」
「大丈夫~、話は聞いてるから~。それでここを案内すれば良いんだっけ?」
「はい、お願いします。でも僕は忙しいようでしたら後でも構いませんよ」
「さっきは手が離せなかっただけだから、大丈夫。わたしもマサト君からパソコンとか色々話聞いてみたかったし。じゃあ着いてきて~」
そういうとパソコンの置かれている机に向かい椅子を引いた。手招きした後、椅子に座るよう促されたので素直に座ることにした。
「こちらが、この世界で開発されたパソコンで~す。そして名産品でもありま~す」
「め、名産品?」
名産品ってご当地のお土産とか食べ物だよね。パソコンが名産品とかどういうことだろう。まさか食べられるのだろうか。確かにさっきまで死んだ魚の目をしていた天女たちは齧り付くように頑張っていたけど、実際囓ってはいなかったはずだ。
「そそ。まだ極一部だけど、このパソコンが他の神々の世界でも採用されることになってね~。今開発部一同で量産を頑張ってるんだ~」
「あぁ、なるほど。それは凄いですね」
「でしょ~。あ、マサト君から見てここのパソコンってどう思う?」
「そうですね」
僕は少しモニターの画面やキーボード、マウスを見たり操作した後に、パソコンの背面など色々確認してみた。
「これ凄いですね。確かにOSはまだまだ地球でも初期の物に近いですが、ハードは全部無線で繋がっているみたいですし、ハードだけなら地球のパソコンを超えてますよ」
「おぉ、やったね~。思いの外高評価でお姉さん嬉しいよ~」
本当に嬉しいのか、僕の髪の毛をワシャワシャしながらエルザさんは喜んでいた。
「まぁ、でも僕が知っているのは1600年も前のパソコンなので参考になるか分かりませんが」
「あぁ、大丈夫。わたしもハナ様も今のマサト君がいた世界がどうなってるかは分かってないからね~」
「え、そうなんですか?確か調査をしていたとか聞いたけど」
「それはね~。マサト君の居た頃しか調査が出来ないからなんだよ~」
エルザさんの説明では、調査が行えるのは特定の人が住んでいた期間から数年前後しか行えないらしい。理由としては、長く調査することによって調査先の世界に過度の干渉が行えないようにするためと、別世界の未来の知識が原因で調査元の天界や管理している世界に悪影響を与えないためだとか。
パソコンは良いのかと聞いてみたら、調査期間中の知識であり、また天界でしか知識を活用していないから問題がないそうだ。あと僕も世界に悪影響を与えたことがあったが、それは神が召喚したのではなくその世界の住人が召喚した結果なのでそちらも問題は無いらしい。
また、僕のような召喚者が居ないと、召喚者が居た世界と接点を持てないため本来は調査自体出来ないとか。僕の場合は少し特殊で一度別の世界に召喚され、数年後に暗殺されてこの世界に転送されたので、転送が決まって接点を得てからすぐに僕の周辺調査を行ったらしい。
神様たちにも色々決まりがあって大変そうだ。
「と言うわけで、マサト君がこの世界に来てくれたお陰で、パソコンを知って開発も出来て、しかもそれを他の神様たちに力と交換で譲ることでハナ様のお力にもなれる。わたし的には万々歳だよ~」
ほんとにバンザーイと腕を上げ喜ぶエルザさんをみて、また一つ僕でも役に立ったんだなーと嬉しく思った。僕自身は何もしてないんだけどね。
「そういえばマサト君、OSは初期型と言ってたけどマサト君が居た頃の最新型はどういった物だったの?調査結果は勿論上がってきたんだけど、どうしても想像が出来なくて困ってたんだよね~」
「そうですね。確かに元がないから説明しづらいかもしれません」
そう前振りをした上で、僕が知っている当時の2大OSを概略で説明してみたが、エルザさんは腕を組みながら首を傾げたりしているので、やはり伝わっていないようだった。
「あ、そうか。一足飛びに最新OSの説明をしているから駄目なのか」
「どういうことかな?」
「えーと。地球のOSだって一気に最新OSになった訳じゃ無いので、初期型から徐々に進歩していったから、途中経過を知らないのでそのギャップを埋められないから理解が出来ないんじゃないかなと」
そうだ。まず目指すのは10やXじゃなく、3.1だと思う。メニューバーやマルチウィンドウなどを説明し、それを活用した編集方法を教えた。
「おぉ。おおぉ!なるほど~!確かにそれは便利そう~」
エルザさんは今まで傾げていた首を今度は縦にカックンカックン揺らしながら、しきりに感動していた。そうして今度は首の動きが止まったら、手を上げてこう言った。
「じゃ、早速開発してくる~!」
え、案内は? いや、その気持ちは分からないでも無いけど、出来れば一通りの案内が終わってからが嬉しいなぁ。僕は苦笑しながらどうしたものかとリナさんを見てみた。あ、ちょっと怒ってる。
「待ちなさい、エルザ。マサト様の案内がまだでしょう」
「えぇ、でも今凄い閃きが~」
「その閃きのきっかけを与えてくれたマサト様を蔑ろにするのですか?」
「う~ん、そう言われると確かに駄目な気がしてくる~。でもパソコンには案内したし~」
パソコンだけね。まぁ、これだけでも間近で見て操作出来たから嬉しいけど、出来ればスロットや他の物も見てみたい。
「あなたはマサト様を蔑ろにし過ぎです。マサト様はこの天界の被害者というだけでなく、ハナ様が兄と慕う方なのですよ。それを知っていながら、その態度はいただけませんね」
「・・・え゛? き、聞いてないよ?」
「先程、話は聞いていると言っていたではありませんか」
「聞いたのはハナ様が入力ミスして大変だってことだけだよ~」
あぁ、ここにもうっかりさんが居たのか。あれか。
「それで、案内はしていただけますか?」
リナさんが、ちょっと怖い感じで最終確認をしているかのようにエルザさんに問いかけた。
「も、もちろんです!喜んで、ましゃとしゃまのご案内をさせていただきましゅ!」
シャキッと敬礼をして、でも全然しゃっきりしてない口調でエルザさんはそう言ってくれた。
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