そのころの勇者先生

 勇者活動を禁止されて数日。

 なーんもすることがないので、のんびり暮らしていた俺は。


「勇者様、野菜切り終わりました!」


 リラストに料理なんぞ教えていたりする。

 結構飲み込みが早くて優秀だ。


「よーし、よくやった。ちゃんとできてるじゃないか」


「はっ、恐縮です!」


「じゃあそろそろ煮込むぞ」


「番はおまかせを」


 こたつに設置された鍋をじーっと見ている。なんか楽しそうだな。


「こういうの女神界でしないのか?」


「軍でサバイバル料理は習得しています」


「んじゃ家庭料理やっていこうか」


 そして鍋が煮え、二人で食べていく。

 こういう時間は久しぶりかも。


「静かでゆったりとした時間……これが流行りのスローライフってやつか」


「さあ……こういう団らんは経験が少ないもので」


「そうか。そりゃもったいないな」


 そこでちょっと脳内センサーに反応あり。


「ん?」


「どうしました?」


「見つけたか」


 駄女神がシェルターの資料を見つけたな。

 こっから先は危険な領域。教えてもいい範囲で教えるが、あんまり深入りさせたくないねえ。


「勇者様?」


「なんでもないよ」


 頑張れ。一応ジンに連絡しておいた。

 これも修行だ。女神界を頼むぜ。


「肉もっと入れようぜ」


「食べ過ぎはよくありませんよ」


「いいじゃん。ここじゃ食事くらいしか楽しみ無いぜ」


「さっきまでずっとゲームしてましたよね?」


「まあな。なんなら対戦できるやつでも出そうか?」


 ゲームはもちろんアイテム欄から出した。

 だって退屈だったんだもん。


「……経験がありませんので。私はここで何もすることがなく、永遠に監視だけしていくものだと思っていました」


「そりゃ退屈だな。そうだ、ついでにリラストも強くしてやろうか? どうせやることないんだしさ」


「強く…………せっかくですが、私は強くなろうと無意味です。もう成長したところで……」


「能力を使うと死ぬからか?」


「なっ!? なぜそれを!」


「悪いな。ちょっとステータス見せてもらった。初めて会った時、死を決意したやつの目だったからな」


 ちょーっと不穏な空気だったからな。

 そりゃおせっかいもするってもんさ。


「自分の命と引き換えに、時間や空間を巻き戻して固定させ、解除しようとするものを永遠のループにぶち込む。最後を永遠にやり直す」


「そうです。私はそんな能力しか持っていない、そちらの基準で言えば駄女神です」


「悪いがそんな力は使わせない。おそらくそこまで計算して、俺がここから出られないようにする作戦なんだろう」


「はい……わたしにできることなんて、それくらいですから」


 今にも泣き出しそうだな。食事の手も止まっている。


「こんな能力が発現して、一生使うことなんてないと思っていました。けれど……」


 自分の力は自分が死ななければ使えない。

 それは無能力と同じ生活を強いられる。

 無論魔法は使えるが、加護を使えてこそ女神。

 けれど。


「初めて、初めて女神界の役に立てる。より良い世界になるためのお手伝いができるのです。それは……軍人として誇らしいことです」


 そんな悲しそうで、でも少しだけ嬉しそうな顔を、そんな悲しい喜びに浸る女神を見せられて。


「なら俺が強くしてやるよ」


 放置できたら勇者なんてやっちゃいないさ。


「ですから、強くなろうとも……」


「別の加護を覚えればいい。俺を押さえつけられるくらい強くなれば、その力だって使わなくていい」


「無理です。身体能力だけでは、一生駄女神のまま。女神界にはもっと強い存在がいっぱいいます」


「鍛えればへーきへーき。俺はパンチ一発で女神界壊せるぞ」


「まさか、不可能です」


「まあやらないけどな。勇者っぽくないし」


 とにかく放っておけない。

 こいつには何か危うさがある。


「俺が今までどれだけ駄女神と一緒だったと思ってやがる。お前よりひどいやつなんて山ほどいたぞ」


「そう……なのですか?」


「おう、立派だよリラストは。だから俺と一緒に強くなろう。どうせここじゃやること無いだろ?」


「できる……でしょうか?」


 そう聞くということは、強くなりたいし、死にたくもないのだ。

 でもこいつには選択肢も、別の道を選ぶことも許されなかった。

 だから、今回は背中を押してやるのさ。


「できるよ。保証する。だから女神界に許可取っとけ。ここで誰かを育てるのは、勇者活動じゃありませんって」


「わかりました」


 連絡を取り始めるが、おそらく簡単に許可が降りるはず。

 どんな方法だろうが、俺がこの世界から動かないならいいはずだ。

 リラストはそのために生贄っぽい感じになっているだろうからな。


「驚きましたよ。本当に承認されるとは」


「ならまずはちゃんと食おうぜ。腹が減ってたら悪い方に考えちまう。もっと肉入れるぞ」


「ふふっ、もう……全部はダメですよ? 食べ過ぎです」


 よしよし、笑顔が戻ったな。

 しばらくはリラストを育てながら様子見だ。


「飯食ったら食後の運動だぞ」


「わかりました!」


 そんなわけで外に出る。

 この世界は俺とリラスト以外に生物がいない。

 だだっ広い草原や雪山などもあるが、どうも生物がいないっぽいな。


「よーし、全力で来い」


 今回は草原をチョイス。

 空気も澄んでいるし、修行にはちょうどいいだろう。


「強いとはお聞きしていますが……これでも軍属の女神ですよ?」


「クラリスみたいなもんだろ?」


「…………そういえば武神クラリスの師匠でしたね」


「あいつそんな有名なの?」


「軍部で知らない者はいませんよ?」


 あいつ女神界じゃ有名人らしいからなあ……面倒見はいいやつだし、女神から好かれるのだろうか。


「まあいい。とりあえず何やってもいいから俺を殺しに来い。こっちは適当にくらったり避けたりするから」


「では、いきます!!」


 超高速で真正面から俺に殴りかかってくる。

 とりあえず最初は避けていこうかな。


「はあああぁぁぁぁぁ!!」


「いいね。基礎ができている動きだ」


 地道な基礎トレーニングをやっているのだろう。

 動きに淀みがなく、全行程が一つの動きとして、流れるように行われていく。

 風圧だけで小さい星は砕け散るだろう。


「当たらない……ならもっと!」


「ああ、もっと本気出していいぞ」


「みたいですね!!」


 上着を脱ぎ捨て、魔力を一気に爆発させている。

 やはり女神ってのは強いんだなあ。


「セエエエエェェェイ!!」


 動きは見切った。リラストの動きを先読みし、あらかじめ残像を置いてみる。


「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」


 少々フェイント入れ始めたな。

 それに合わせてさらに先まで残像を置く。

 全力出せばギリギリ当たるくらいに調整。


「ハアァ!! って……すり抜けた!?」


 驚きつつも横に出た残像に蹴りを入れている。

 いい判断だ。訓練の賜物だろう。


「どうなって……ってなに座ってるんですか!!」


 座って休んでいるのがバレました。

 俺はもう動いていない。残像に全部任せている。


「えっ、じゃあこれ誰なんです?」


「それ全部残像だから」


「私が攻撃する位置に出ますけど?」


「お前の動きは見切った。後は先読みして置いておくだけさ」


「この数分で私の動きを看破したと!?」


「勇者だからな」


 伊達に異世界何百個も救っちゃいないよ。

 戦闘経験なら腐るほどある。


「まだ出てますね」


「結構先まで動いておいたからな」


「その全行程が見えませんでしたが?」


「それくらい速く動けばいいだけさ」


 邪魔くさいので残像は消す。

 なんか凄くショックを受けているようだし、なんとか励まそう。


「身をもって痛感しました……格が違う。これが伝説の勇者様ですか」


「このくらいはクラリスもできるぞ」


「そのクラリスさんが女神界トップクラスのはずです」


「最初はリラストと同じくらいだったよ。ちょっと心が疲れていたし」


 素質は十分。流石は女神。

 女神界はまだ俺が出ていくほどじゃないし、今はこいつを強くしてやろう。


「よし、じゃあとりあえず……」


 そこで空間が歪む。何かがこちらに転移してくるようだ。


「そんな、ここに転移できるのは上級女神だけです」


「ならそいつらなんじゃないか?」


「予定にはありません。いったい女神界で何が起きているの?」


 さーて、何が出てくるかな。

 ちょっと面白くなってきたぜ。

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