青薔薇散華

「さあ、私を超えなさいローズマリー!!」


「悪役令嬢ローズマリー、参りますわ!!」


 ガッチリ組み合う二人。パワーはやや青薔薇が上である。

 そこに連戦の披露が重くのしかかり、ローズマリーを苦しめた。


「ぐうぅ……」


「儚い命ね。今にも散ってしまいそう」


「そう簡単には……やられませんわ!」


 組み合っていた腕を解き、黒き令嬢パワーの腕が光る。


「シャドウレディフィンガー!」


「その技はもう見たわ」


 腕を突き出す前に懐に潜り込み、青薔薇の容赦ない抜き手が迫る。


「令嬢リボルバーステーク!!」


 目にも留まらぬ抜き手の六連続が、ローズマリーの体を貫いていく。

 青薔薇の令嬢パワーが一点に集中され、受けた相手の背中から吹き出してくる。

 それほど強力な一点突破技である。


「アン、ドウ、トロワ!!」


「う、がっ、あうぅ!?」


「天へと舞うがいい。羽をもがれた蝶よ」


 強引に空高く投げ飛ばし、自身もロープの反動で更に空へ。


「こんなもの……濃姫様に学んだ蝶の羽で」


「その羽は奪い取ったと言ったはずよ」


 両腕に令嬢パワーを走らせるローズマリー。

 だがそこで動きが止まる。


「なっ、どういうことですの!?」


 パワーのコントロールができない。体の自由すら効かないのである。


「リボルバーステークはただの貫通技ではなくてよ。人体のツボを打ち抜き、一時的に対象を無力化する」


 これははり治療やツボマッサージのようなもの。

 青薔薇の人体への知識と、実行に移せるだけの経験があってこそ可能なのだ。


「抜け出せない……力も技も段違いですわ」


 両腕でローズマリーの足と頭を掴み、背中に両膝を乗せて落下が始まる。


「下をご覧なさい。美しい世界でしょう。それ以上に美しいこの私と世界に挟まれて死ねるのです。誇りに思いなさい」


 落下スピードはグングン上がり、最早抜け出すことなどできない牢獄へと変わった。


「ダブルビューティプレス!!」


「きゃああぁぁぁ!?」


 叩きつけられた地面からは花が消え、大きなクレーターを作り出す。

 起き上がる体力すらも削がれ、呼吸もままならない。

 いかに若手のエースと言えど、青薔薇の圧倒的なパワーに打開策を見出だせないでいた。


「パワーが……令嬢パワーがたりない……」


「そう、ここまでの激戦で、貴女はその身に宿る力のすべてを出し切った。満身創痍。トレーニングでは得られないもの」


 トレーニングや並の試合では、令嬢パワーを極限まで高めることはあっても、ガス欠になるまでパワーを使い、そこから何かを見つけることは難しい。

 知らず知らずに心がリミッターをかけるのだ。


「それは追い込まれ、死中に活を求める行為。生半可なレッスンでは不可能。圧倒的窮地に陥るファイトでこそ、その令嬢の本質も出るのですわ」


「ここから這い上がれと……そう……いうことですのね……」


 おぼつかない足取りで、それでも立ち上がり構えを取る。


「這い上がれなくとも構わないわ。ここまで来たのだから、散って養分となりなさい」


 令嬢パワーを乗せた強烈なローリングソバットが唸る。


「うあう!?」


 ガードの上からでも殺しきれない衝撃は、ローズマリーを大樹の根本まで運んでいく。


「クックック……オオーッホッホッホ!! 本当によくやりましたわローズマリー!」


 空を見上げ、高笑いを始める青薔薇。

 わけがわからず視線を追った先にには、青で満たされた何かがあった。


「青バラの大樹が花をつける……貴女は本当によく役に立ってくれたわ」


「バラが……木に咲いている?」


 不思議な光景であった。

 まるでバラ園のように、いくつもの青いバラが、樹の葉のように咲き乱れている。


「どうやら貴女の命でちょうど満開のようね」


「よろしければ説明してくださる?」


「必要ないわ。それよりもその胸の赤いバラ、一輪だけ青くないと目立つわね」


 ローズマリーの時間稼ぎは不発に終わり、青薔薇の令嬢パワーが掌から放たれる。


「うああぁぁ!!」


 吹き飛ばされ、大樹の根に激突し、胸のバラが鮮血と共に散る。

 これでいくつかの技が封じられてしまった。


「もっとよ。もっと苦しみなさい。まだ七分咲き。これじゃ足りないわ」


「短期決戦しか無い……わたくしの令嬢パワーよ……どうかもってくださいまし!!」


 最後の力を振り絞り、一面青に染まる世界を、赤いオーラで駆け抜ける。


「速い! まだこんな力が残っていたか!」


「はああぁぁぁ!!」


 一撃ごとに寿命すらも減っているのではと錯覚するほどの脱力感と激痛の中で、必死の連撃は、青薔薇に届きつつあった。


「こんな、こんな爆発力が! ありえないわ。私の、令嬢の歴史に……こんな小娘が割って入る事など許されない!」


「ならば歴史を塗り替えるまでですわ!」


 ローズマリーの勢いは止まらない。

 一撃一撃の重さが増し、スピードも上がっていく。


「令嬢に、限界などありはしない!!」


「何故だ! 何故倒れない! 何故勢いが増す!!」


 そこで青薔薇は気づいた。

 紅に染まりしオーラから、熱さではなく冷気を感じることに。

 その冷気が、自分の令嬢パワーをローズマリーに送っていることを。


「これはジャックの……あの時に技を盗んでいたのか!?」


 ジャック・オー・ランタンの奥義。

 冷気により体温と共に令嬢パワーを奪う絶技。

 激しいファイトの果てに、ローズマリーは冷気の使い手に成長していた。


「まだ未完成なれど、ここで使う! 本当の地獄へエスコートいたしますわ!!」


 令嬢ドロップキックの連打で、青薔薇を高く高く打ち上げ掴む。


「マリアベル用に開発していたものですが、テストさせていただきます!!」


 黙ってやられる青薔薇ではない。

 力を吸い取られることを承知で、令嬢パワーを爆発させ、自爆に等しい形で脱出する。


「なめるなあああぁぁぁ!!」


「ぐふっ!?」


 まさかの自爆に手を離し、青薔薇を開放してしまう。


「ここにきてこんな荒業を……ですが、これで青薔薇様もかなり体力を削られたはず」


 ローズマリーには目もくれず、大樹を駆け上がっていく青薔薇。

 その手には、今しがたもぎ取った蒼いバラが一輪。


「まだ八分咲き……だが、こんなところでやられるわけにはいかない!!」


 バラを胸に抱き、その香りを嗅ぐ。

 ファイトの最中だというのに、ローズマリーを無視した行動である。


「なんですの? いったい何をして……」


 カッと目を見開き、手の中のバラを握り潰すと、青薔薇の体が一回り大きくなる。


「なっ!?」


 その光景に目を奪われていると、いつのまにか青薔薇が消え、枯れた花びらが落ちていく。


「消えた?」


「ここよ」


 声に反応するより先に、背中を衝撃が襲う。

 何が起こったのかもわからないまま、地面へ急降下し、落下直前に再度衝撃に見舞われる。


「うがっ!?」


「無様ねローズマリー」


 視線の遥か先から歩いてくる、圧倒的威圧感を持った青薔薇。

 それは先程までとは違う、地獄の悪鬼のような覇気であった。


「これが究極のパワーよ」


「まだですわ……たとえ地を這いつくばろうとも、負けるわけには……」


「ならば這う地面すらも消してあげるわ」


 獰猛かつ残忍な笑みを向ける青薔薇には、令嬢としての気品などとうに消えていた。


「令嬢テーブルマナー奥義。ビューティテーブルクロス引き」


「地面がない!?」


 突如として消えた地面。下には暗く深い穴。

 青薔薇がやったことは、まず手を左に振り、地面を切り取り。

 もう一度手を左に振って、遥か彼方へと飛ばしたのだ。


「こんな広範囲を一瞬で……」


「この力よ……この力があれば! 私は永遠に令嬢の頂点でいられる!!」


「それでも、令嬢魂は不滅ですわ!」


「ふむ、いいでしょう。この私を追い詰めたご褒美に、貴女にも選択肢をあげるわ」


 言うが早いか光速の令嬢パンチを繰り出す青薔薇。

 その一発でローズマリーは大樹へと激突し、更に内部の空洞へと蹴り込まれていく。


「うっ……げほっ……うあぁ……なんですの?」


 空洞はとても広く、水をたたえた場所もあり、穏やかな空気が満ちていた。


「もう起き上がる気力もないでしょう?」


 青薔薇の声が響くも、地面に倒れ伏したまま、顔をあげるだけで精一杯である。

 数回の攻防で根こそぎパワーを刈り取られてしまう。

 それほど令嬢としての格が違うのだ。


「一度だけチャンスをあげるわ」


 ローズマリーの顔の前に、青いバラを投げる。


「そのバラは銀河の生命力と令嬢パワーを蓄積して咲き誇る。それを満開にさせるためには、星の数ほどの令嬢ファイトと、生きとし生けるものの住む星々を喰らう時間が必要なのよ」


「まさか、令嬢地獄めぐりとは」


「そう、このバラを咲き誇らせるための儀式。貴女のように力を欲するものを捕らえ、大樹の養分とするよう私が改造したの」


 厳しい試練の場であったのは遥か昔の出来事。

 当時の試験管であった濃姫とジャックは、異変にいち早く気づいたため、洗脳・利用され、青薔薇の望むままに挑戦者を倒すことしかできなかったのだ。


「その力のために、令嬢の命を犠牲にするなんて……」


「ふん、いまさら善人のフリ? 正義令嬢にでも転向するつもりかしら」


「わたくしは悪の誇りを掲げるもの。しかし、同じ悪役令嬢をエサにするなど!」


「正義令嬢に負けて、悪の魂が濁ったのね」


 どこまでもローズマリーを見下し、侮蔑の表情でそう吐き捨てる。

 両者の悪に対する認識のズレが、ここにきて顕著になった。


「そのバラを取りなさい。私の部下として、この大樹に咲くバラを使わせてあげるわ。無敵の力が手に入る」


「こんなもので強くなって、それで本当に満たされますの?」


「好きな時に正義令嬢を叩き潰し、美味しい紅茶を飲んで、極上のディナーをとる。これほど素晴らしい生活はありませんわ」


 青薔薇の戦法を習得すれば、間違いなくローズマリーは強くなる。

 だがそれは、今までの彼女を否定し、外道に落ちるということ。

 しかし、取らねば確実にここで死ぬのだ。


「取らねば命はない。私に散らされるか、部下となるか決めなさい」


 迷い続けるローズマリーの背中を踏みつけ、重圧を増していく。

 みしみしと嫌な音が響き渡った。


「うあああぁぁ!?」


「さあどうするの? もう時間はないわよ」


 その時、脳裏にジャックの言葉が蘇る。

 悪役令嬢の誇りを忘れるな。青薔薇の誘惑に負けるなと。


「悪役令嬢として、このような取引に応じるわけには……」


「貴女が負けた正義令嬢にも、勝てるわよ」


 完全に動きが止まった。

 宿願であるマリアベルの討伐。

 それは彼女の心に影を落とすには十分であった。


「マリアベルに……勝てる……?」


「そうよ。過酷なトレーニングなど必要ない。大樹に咲き乱れるバラを全て摘み、私達の令嬢パワーは、誰にも超えることのできないものとなる!」


 その手が、心がバラに吸い寄せられていくのを感じ、触れるギリギリで踏みとどまる。

 あとわずか、何か一つの切っ掛けで、彼女は悪とも呼べぬ外道へ落ちる。


「これで、マリアベルに……」


 脳裏に浮かんだのは、宿敵マリアベルとの戦い。

 激戦の中で芽生えた、令嬢としての誇り。ライバルという名の繋がり。


「わたくしの、勝ち……」


 頭の中に、マリアベルとの戦いが思い描かれていく。

 バラの力を得て、宿敵を蹴散らし、倒れ伏すライバルの顔が浮かぶ。

 マリアベルの顔は、微笑みでも怒りでもなく、哀れみ。

 変わってしまった友人への、同情の視線。


「そう、そうですわね」


 バラへと伸ばしていた手から、赤い令嬢パワーが迸り花を散らす。


「そう、交渉は決裂ということね」


「惨めで、愚かな選択をするところでしたわ。お礼を言ってあげる。マリアベル」


 瞳に光が戻る。

 それに呼応するかのように、体の内から、魂から湧き上がる未知のパワー。

 ローズマリーにはそれが何か、本能で理解できた。


「こんなものに頼っていては、一生あの子を超えられない。この程度の危機で死んでいるようでは……足りない!! 今こそ、限界を超える!」


 世界が揺れる。新たなる力を、その誕生を祝うかのように。


「うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 大樹を黒い光が駆け巡る。

 その衝撃は大樹に咲くバラをすべて消し去った。


「くっ、無駄な抵抗を……」


 黒きドレスに身を包み、美しく咲き誇るその姿は、紛れもなく花嫁令嬢そのものであった。


「これは……この姿は……マリアベルと同じ?」


「貴様、その姿は何だ!!」


「これこそが、令嬢の真の力。まがい物ではない、魂が生み出す無限の力ですわ」


 青薔薇の背に冷たいものが走る。

 ここにきて初めて、彼女に焦りと怯えが芽生えたのだ。


「この大樹を、貴女の墓標といたします。外道令嬢青薔薇」


「生意気な! ここで散れ!!」


 青薔薇渾身の右ストレートを、難なく右手で掴む。


「なにぃ!?」


「終わりにしましょう」


 青薔薇を投げ飛ばし、両手に新たなる真紅の稲妻を携えて飛び込んでいく。


「ロイヤル・クリムゾンガーデン!!」


「ぎゃああぁぁぁ!!」


 青薔薇ごと大樹内部を上に向かい、強引に突き破りながら掘り進む。

 やがて木を貫き、雲を突き抜け、大気圏まで突破した。


「バラの力も得ていない小娘に! 何故だ! 何故体が動かない!」


「令嬢リボルバーステーク。一度見た技ですわ」


「こいつ、私の技までも!?」


 人体のツボを刺激し、ローズマリーの令嬢パワーで拘束。

 そして遥か下にそびえる大樹へ向けて、がっしり掴んで急降下。


「呪われし大樹ごと、地獄に落ちなさい青薔薇!」


「こんなところで、終わってなるものかああぁぁぁ!!」


「真・悪役令嬢究極奥義! ごきげんようドライバー!!」


 昇るときとは真逆に、今度は大樹を下へと掘り進んでいく。

 地面に激突する瞬間、この世界を浄化するように、光がすべてを飲み込む。


「う……ああ……私は……私はああああああぁぁぁぁ!!」


 断末魔の叫びとともに、大樹も、美しき世界も消えていく。


「終わっ……た……」


 青薔薇の消滅を見届けたローズマリーだが、最早現世に期間する体力など残ってはいない。

 薄れゆく意識の中で、自分に力を与えてくれる、温かい力を感じた。


「これは……濃姫様……ジャック様……それに悪役令嬢の魂が……」


 世界崩壊と、青薔薇の消滅により開放された令嬢達が、その魂までもローズマリーを押し上げる。


「ありがとうローズマリー。君ならやってくれると信じていたよ」


「立派だったわ」


「そう……ご無事でしたのね……」


「さあ帰ろう。みんなが待つ、あの美しい星へ」


「ええ、帰りましょう。あの星には、倒さねばならぬライバルが待っていますわ!」


 銀河を流れる美しき令嬢たちの魂。

 ローズマリーを運ぶその姿は流星群のようで、とても神秘的な光を放っていた。

 それは令嬢の力が起こした奇跡だったのだろう。

 地球につく頃には光は消え、変わりに散っていった令嬢たちの体がもとに戻っていた。


「これで対等。ここからレッスンにレッスンを重ね、いつか必ずリベンジしますわ! マリアベル!!」


 この世に令嬢ある限り、悪役令嬢ローズマリーの戦いもまた、続いていくのであった。

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