悪役令嬢ローズマリー
全ての憎しみを凝縮したような恨みのこもった声で、ローズマリーの体験が語られる。
「幼い頃より令嬢として生きてきた私は、将来を有望視され、エリートコースをひた走っておりました。しかし、初めて出場したジュニア令嬢ファイトの決勝戦……その会場に向かう途中、私の優勝を妬んだ正義令嬢によって階段から突き落とされ、強く頭を打って入院。そして私を突き落とした正義令嬢の娘が不戦勝で優勝……」
「そんなっ!? 正義の宿命に殉じる正義令嬢が!?」
正義令嬢は常に己の中に正義を宿し、運命に抗い宿命に立ち向かう優雅な花。
そう教えられ、正義令嬢の背中を見て育ったマリアベルには信じられるものではなかった。
「事実ですわ。その傷が癒えるまで、数年を室内で過ごした私は……偶然にも頭の怪我が原因で悪役令嬢として百人に……いいえ数百万に一人の令嬢パワーと特殊能力を開花させましたのよ」
ローズマリーの手から放たれる電撃が威力を増し、火花がマリアベルの身体を鮮やかに照らす。
「うああぁぁぁぁぁ!!」
「リハビリの最後には、同世代の令嬢がごきげんようを百回こなせば倒れるところを、千回やっても膝をつくことすらありませんでしたわ」
「ごきげんようを千回も……? なんという令嬢の鑑。そんな貴女が悪役令嬢になってしまわれるなんて」
「これは神様からのお告げなのでしょう。正義などと口にして、その裏ではドス黒い行為に手を染める正義令嬢を根絶やしにせよと」
ローズマリーの目にはうっすら涙が滲んでいた。そして、それを見逃すマリアベルではなかった。
「ふっふふふ……」
「なにがおかしい? いいえ、なぜ笑っていられますの? 最早私のざまぁローズホールドから逃れることも出来ず、ただ死を待つだけの貴女が」
「貴女のような強い令嬢がいることが嬉しいのですわ。そして、貴女ほどの令嬢が悪役令嬢であるのならば……正義令嬢として、一人の女性として、正々堂々と死力を尽くしてお相手いたしますわ!!」
マリアベルのブロンドが輝き、リングを染める。
誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。
一秒にも満たない刹那に、彼女のドレスはウエディングドレスへと変わった。
そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。
「今ですわ!」
止まった時の中で、ありったけのパワーを振り絞って茨を引きちぎり脱出する。
「はっ……いつの間に脱出を!?」
「行きますわよ!!」
ローズマリーを抱えてマリアベルが天高く舞い上がるその様は、まるで天国へと誘うようである。
雲を越え、高く高く飛翔する二人。だがローズマリーも黙ってやられているわけではない。
「何処までも愚かですわ正義令嬢! 令嬢に二度同じ技は通用いたしません! 受けなさいダーク婚約破棄トルネード!!」
自身の暗黒令嬢パワーを解放し、黒き暴風を巻き起こす。
「この黒い竜巻はまさか……婚約破棄ハリケーンと同じ! 同じタイプの令嬢奥義!?」
正義と悪は表裏一体。悪役令嬢もまた、婚約破棄を経験するものが多い。同じタイプの技を使えても何ら不思議はない。赤き稲妻を纏った漆黒の竜巻はマリアベルをとらえ真っ逆さまに落としていく。
「やりましたわ! ついに私は正義令嬢を超越した究極の令嬢へと上り詰めたのですわ!! おーっほっほっほ!」
空中で勝利を確信するローズマリー。
だが竜巻の中央より光の柱が立ち上ったことでその顔が驚愕に染まる。
「そんな、そんなまさか……即死のはず!!」
龍が滝を登るように、光の柱の中から一直線にローズマリーへ突進したマリアベルは、その勢いのままさらに上空へと飛翔する。
「なぜ生きている!?」
「負けるわけにはいきません。貴女にこれ以上悲しみを背負わせないために。正義令嬢の誇りをかけて、ローズマリー……貴女の心に正義の魂を刻んでみせますわ!!」
マリアベルは負けるわけにはいかなかった。正義令嬢によって絶望の淵へと落とされたローズマリーを、零れ落ちそうになっている涙を、正義の名にかけて……救わぬわけにはいかなかった。
「これは……この体勢は……真の令嬢にしか使うことが出来ないとされる伝説の業……ごきげんようバスター!! まさか使い手がいるとは!?」
「私の魂全てをかけて、救ってみせる!」
究極奥義ごきげんようバスターから逃れる術はない。そうローズマリーは悟っていた。圧倒的才能と実力で悟ってしまった。今の自分ではかなわないと。だがローズマリーの表情は不思議と晴れやかであった。
「負ける……この私が負ける……そう……正義令嬢にも……こんなにも強く、気高い魂が……」
「ごめんなさい。こんなに傷つくまで貴女を救えなくて。正義令嬢を代表して謝罪いたしますわ」
「謝罪など不要ですわ。このまま落としてくださいまし」
一秒が数十分にも感じる瞬間。二人だけの時間に、ローズマリーは小さく息を吐くと、負けを認め抵抗をやめた。
「やれやれ、悪役令嬢のアジト『デスクイーンキャッスル』で一から礼儀作法のやり直しですわ」
「再戦ならいつでもお待ちしておりますわ。ローズマリー」
「忘れないで、マリアベル。私は必ず地獄の底から舞い戻る。その時が、貴女の最後の時よ」
令嬢ファイトの最中だというのに、二人は笑っていた。
お互いの力を認め、その魂を尊敬しているのだ。
「忘れないわ。私の友ローズマリー」
「そう……私を友と……初めての友達が……私を負かした正義令嬢なんてね……ふふっ」
ダイヤのリングが落下の衝撃に耐え切れずに砕け散り、煌くシャワーとなって二人へ降り注ぐ。
勝者マリアベル。正義令嬢の逆転勝利であった。
「令嬢らしい、いいファイトでしたわね」
歓声の中、マリアベルは倒れたローズマリーへと手を差し伸べる。
「ふん、自分で立てますわ」
マリアベルの手は取らず、背を向けて歩き出すローズマリー。
「どちらへ?」
「私に友はいない。悪役令嬢に友情などという惰弱なものは不要ですわ。ですから……貴女はライバル。倒すべきライバルとして覚えておきますわ。ごきげんよう!!」
闇とバラに包まれて消えるローズマリーからは涙が消え、確かに笑顔があった。
「ふふっ、ごきげんよう。私の初めてのライバルさん」
光あるところに闇がある。悪役令嬢と正義令嬢は表裏一体。戦いはこれからも続いていく。
しかし、戦いを通して生まれる友情もある。両者が和解し、普通の令嬢として生きていく。そんな日は案外近いのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます