525 全てを話して家族になる、大事な服




 ガーディニアが苦しそうな表情で問うた。

「それは、わたしが元貴族だから?」

「そうだよ」

 息を呑む彼女に、シウは念のため告げた。

「貴族であっても、たとえばキリクみたいな人なら助けは要らない。意味が分かる?」

「……っ! あの、オスカリウス辺境伯のことよね?」

「そうだよ。彼だったら僕は助けない」

「キリク様が男性だから?」

「違う。彼が庶民の暮らしに通じているからだよ。あの人、冒険者として過ごした経験があるんだ。若い頃に出奔して、一人で『ただのキリク』として生きていたことがあるらしいよ」

「そうだったの?」

「なんと……」

 ガーディニアだけでなくアロイスも驚いた様子だ。目を丸くしてシウを見ている。

「キリクはいざとなれば庶民の中でも生きていける。まあ、存在感がありすぎるから別の意味で生きていけないかもしれないけど。とにかく、彼なら所作も乱暴にできるし危険察知能力もある。だけど、一般的な貴族だとそうはいかない。自分一人で買い物なんてできないでしょう? 何より動きがスマートすぎるし、佇まいも美しい」

 どうしても目立ってしまうのだ。それに気付いたらしいガーディニアが「あ」と声を上げた。

「ガーディも『良いところのお嬢さん』って、ご近所の人に言われなかった? ルイとタタンの送り迎えをしていたんだよね。アロイスさんの散歩にも付き合っていたみたいだし」

「ええ、そうね。『没落した貴族のお姫様じゃないか』と興味津々に聞かれたこともあるわ」

 街の様子が多少おかしくなったとしても隣人が悪人になるわけではない。

 ただ、元から悪人だった場合は混乱に乗じて「獲物を捜す」だろう。悪人は容赦などしない。彼等が狙うのはいつだって弱い者だ。子供であったり若い女性であったり。そんな中、とびっきりの獲物の噂が耳に入ったらどうだろう。

 噂というのは馬鹿にならない。流れ流れて、いつしか遠い第三者のところへと伝わってしまう。

 たとえば今日、テオドアが「カサンドラ公爵の第二妃」にまつわる噂話をシウに教えてくれたように。


 シウは笑顔でガーディニアに語りかけた。

「ごめんね、脅かして。ただ、そういう状況だから、何かあったら素直に守られてほしいんだ」

 かつてのことを後悔している彼女にこれを言うのはシウも辛いが、同じ轍を踏まないと言い切れない。嫌な役目だとは思うが、シウには責任がある。

「決して無謀な真似はしないでほしい。相談が大事だよ。良かれと思っても、本当にそれが最善かは分からない。一人で考えてはダメだ。あなたが勝手に動くと周りが困ることになる」

「はい……」

 ガーディニアが青い顔で頷いた。シウが嫌味を言ったとは思っていないだろうが、誰だって過去の失敗を蒸し返されたら気分は良くない。

 すると、アロイスが助け船を出してくれた。

「シウよ、もう少し柔らかく言えんのか。全く、若いくせに言葉の選び方もおかしい」

「だって」

 つい、拗ねた風になってしまったら、アロイスが呆れ顔で笑った。

「そういう時は、こう言うのだ。『あなたのそばかすと同じぐらいの星を手に掴み、献上すると誓おう。わたしはその光を目印に、どこにいようとも必ず飛んでゆくから』」

 イノマ=ウスラフが「スミナ王女物語」を書くにあたって参考にしたとされる詩集の一節だ。作者も制作された年代も分からないが、そうした市井の言葉や詩を編纂したものが幾つも出版されている。イノマ=ウスラフはそれをスミナ王女へのプロポーズの言葉として使った。

「いえ、それだとちょっと意味が――」

「若者には最近の書物の方が分かりやすいかと思ったが、確かにこれでは野暮ったいのう。イノマ=ウスラフは感性が少々な……。ふむ。シウ、わしの翻訳した本をちゃんと読んだか? 古代帝国時代の恋愛詩集がちりばめられておったろう」

「え、僕は詩集の交ざった本は持っていません」

「なに? それはいかん。そうだ、シウにまた譲ろうと思っていた本が出てきたのだ。整理も進んだので持っていくといい。そこに恋愛詩集も入っているだろう」

「いえ、あの。……そうだ、僕、本を買い取りたいと思っていまして」

「金は要らんと言ったろう」

「でも、事情が変わりましたよね? 今はお金があった方が絶対にいいです。そして僕には使い切れないほどの資産があるんです」

「なんという言い方をするのだ。若者のくせに、年寄りに対する――」

「お二人とも、いい加減になさいませ」

 言い合いを叱ったのはガーディニアだった。彼女はもう落ち込んでなどいない。腰に手を当て、まるでリマが子供たちを叱っているような格好だ。

「シウ、隣の部屋でジルヴァーがびっくりしていますよ」

「あっ」

「アロイスお爺様、お年寄りだと仰るのならもう少し若者を丁寧に導いてくださいませ」

「お、おぅ……」

「シウは、今回は本を正当な取り引きで手に入れたいのですよね?」

「は、はい」

「では、アロイスお爺様はそれを素直に受け取るべきです」

「しかしだな」

「タダより怖いものはないと申します。わたしの貴族時代の経験です。きちんと対価を支払っていただきましょう。その上で、今後何かあった際にはこちらからも相応の対価を払います。たとえば助けていただく場合などに」

「それはいい!」

「いや、でも」

「お二人とも、よろしいですね?」

「わしは構わん!」

「はい……」

 最後はガーディニアの勝利となった。



 ローゼンベルガー家は、ガーディニアに現在のカサンドラ領がどうなっているのかを教えた。もちろん噂話だから本当かどうかは不明だ。けれど包み隠さずに状況を告げた。彼女に受け止める力があると思ったからだ。

 ガーディニアは真っ青になって震えた。組んだ指が白くなっている。

 それを見たテオドアがこう言った。

「あなたに罪はないのだから、この件で気に病むことはないのだよ。あなたはもう我が家の一員であり、ただの庶民のガーディニアだ。だから大事に守るし守られてほしい。いいね?」

「テオドアさん、でも――」

 父や義母を断罪すべきではないのか、貴族としての責務を果たさずにいていいのかと、彼女は葛藤している。

 けれど、先に娘を捨てたのは彼等なのだ。それに今のガーディニアに貴族の責務を果たす力はない。

「ガーディ、お前さんは、わしの孫だ」

「アロイスお爺様」

「そうだよ。どうか無茶はしないと約束してほしい」

「テオドアさんも」

「わたしも、あなたを元の家に戻したくないわ」

「そうよ、絶対返すもんですか!」

「リネーアさん、リマさん……」

「お姉ちゃん、どこかに行くの? いやだ、行かないで!」

「やだー」

「あなたたちまで、もう」

 ガーディニアが泣き笑いの顔で家族を見る。

「……だったら、やっぱりわたしもずっとここにいたい。先に一人で逃げるなんて嫌よ」

「うん、そうだね。家族は離れない方がいいよね。だから、その時は皆まとめて僕が連れていくよ」

「シウ、あなたったら、本当にもう」

 無茶苦茶なんだからと囁くように続け、ガーディニアは俯いた。涙が零れるのではと思ったけれど、落ちることはない。その横顔が美しくて、シウは思わず目を逸らした。


 落ち着くと、ガーディニアとアロイスの二人が整理したという本をまとめて受け取った。代金も払う。テオドアは苦笑していたけれど「ありがとう」と言ってくれた。

 シウが念のためにと食料入りの保管庫型魔法袋を台所に置けば、今度はリネーアが「『本当にもう』だわね」と苦笑いだ。ガーディニアの言い方を真似ていて、シウは居心地が悪い。

 その後はルイやタタン、ジルヴァーを交えて遊んで過ごした。

 子供らが疲れて昼寝を始めると、今度は女性三人とレンタル服の話題で盛り上がる。以前、シウがガーディニアに相談したことがあって、彼女はそれをリネーアやリマにも聞いてもらったようだ。










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