442 ヴァルム港に市場視察




 翌日は各自分かれて行動となった。

 キリクから急遽連絡が入り、彼の視察にシウが付き合うことになったためだ。

 残りのメンバーは会場へ行く。アントレーネたちには第二予選レースがあるし、ロトスも予選を見るという。クロもブランカ係として一緒に行くそうだ。

 念のためデジレは彼等に同行してもらう。何かあっても、大貴族の秘書という肩書きがある彼なら問題なく対処できるだろう。

 ククールスは付き合いのある商人がファルケに出店していると知って、挨拶がてら出向くという。スウェイを連れて出ていった。

 シウはフェレスとジルヴァーを連れてキリクたちの引率だ。

 というのも、イェルドがヴァルム港へ行ってみたいと言い出したからである。

 それに乗っかったのがキリクだ。

 もちろん意味がある。彼等は市場価格を「実際に見た」という証が欲しいのだ。そして、ヴァルム港に馴染んでいるシウの案内があればなお良しと考えた。

 シウもそろそろ買い出しに行こうと考えていたため、話に乗ったのだった。


 市場に到着するとシウはいつもの顔役に挨拶した。

 以前は獣人族の振りをして訪れていたが、成人してから「実は……」と明かしている。未成年だったのでと理由を説明すれば納得していた。フェレスに掛けていたティグリスに見える偽装も解いている。

 とはいえ、本名は明かしていない。相手も、シウが毎回現金払いで問題なく過ごしているせいか聞くことはなかった。

「やあやあ、タローさん。久しぶりじゃないかい」

「こんにちは」

「タロー?」

 キリクが訝しげに語尾を上げるが、それ以上突っ込むことはなかった。

 同行しているのはイェルドの他にもいて、護衛のための騎士スパーロと、会計担当官のリベラータだ。少人数なのはキリク自身が強いからである。それに彼は「とっておきがあるからな」と言って苦笑した。何かと思えば、シウが渡した《転移指定石》や《時戻し》薬のことだった。ついでに言えば、シウ自身がいるからだとも。

 当てにされているのは嬉しいような恥ずかしい心地だが、偽名を知られるのはなんとも気まずい。シウは慌てて話を逸らした。

「今日は市場を案内したい方がいて」

「お、おう、そうかい。……って、まさかお貴族様じゃ」

「大丈夫。普段通りに接しても気にしない方ですから。問題ありません」

 そう説明しているのに、顔役は信じてない目でシウを見る。でもキリクが間に入って「俺は気にしないぞ」とフランクに話すものだから、顔役も受け入れるしかなかったようだ。

 諦めて案内役を引き受けてくれた。

 しかし、小声でシウに文句を言う。

「突然やって来てこれはないぜ?」

「すみません。僕も突然言われたんです」

「そうかい。ところで、服装がちょいと変わっているが。まさか、他国の貴族か? そういや、お前さん最初はロキ国人の振りをしてたっけな」

「あはは。まあ詮索なしで。悪い人じゃないから。僕の仕入れを見たいんだって」

「あー、お前さん、お大尽みたいに買うもんなぁ」

「いや、えーと。はい」

「しかも買い占めはしないときた。だもんで、お前さんが来ると知れたら皆が在庫を確認に走ってなぁ。そりゃあ助かったもんさ。しかも、この間は魔法袋まで置いていきやがる。ああ、そうだ、たんまり詰まってるぞ?」

「ありがとうございます」

「マグロがよく獲れてなぁ。王都にも運んだんだが、それでも多い。値崩れ起こしてもいけねえってことで相談して入れておくことにしたんだ」

「いいですね、マグロ」

「他にもあるぞ。もちろん、王都に卸したのと同じ価格にしておく。いや、大量買いしてくれるんだ、勉強させてもらうよ」

「お願いします」

 歩きながら話していると、すぐ後ろでキリクとイェルドが何やら話し合っていた。

「こいつ、何やってんだ?」

「わたしもここまでおかしいとは……」

 シウは振り返りたい気持ちを抑え、顔役と話を続けた。


 先に魔法袋の中身を確認してほしいというためチェックし、ついでに清算もした。

 余剰品があればと頼んでいた買い取りだけれど、もちろんお金は預けている。最終的に中身をチェックして確認すればいいと考えていたが、預け金に手は付けられていなかった。

 いくら余剰品とはいえ、経営が順調だからだろう。

 身元を完全に明かしているとはいえない状況で、ツケがきいているのは不思議だ。

 けれどそれは顔役が先に話した通り、シウが長く通って毎回在庫で燻っていた品を大量仕入れした経緯があるからだ。

 もちろん、預け金があるのも大きい。

「はい。問題なく。では、中身を移動させておくので次回もよろしくお願いします。預け金はそのまま置いといてもらえますか」

「ああ。助かるよ。そうだ、ウニもそろそろ時期じゃないか。お前さんが行くなら、まとめて揚げてくれるだろうが連絡どうする?」

「お願いします。できれば、こっちに運んでもらいたいんだけど」

「いいぞ。これ、使わせてもらってもいいか?」

 とは、預けてあった魔法袋だ。入れるだけしかできない魔法袋だが、持ち運びは誰でもできる。彼は、なんだったら泊まっている宿に持っていこうとも言ってくれた。

「いいんですか? 今、ファルケに泊まってるんだけど」

「おー、そうかい。なんだ、じゃあ飛竜大会を観に?」

「うん。そのついでで寄ってみたんだ」

「ははあ、なるほど」

 そんな世間話をしつつ、皆でぞろぞろと市場を歩き出した。


 港近くにある市場だけあって、店には海のものが多い。しかし、近隣の街や村だけでなく王都の分まで賄っている市場だ。あらゆるものが大量に揃っている。

「ここは王都から流れる温泉水のおかげで温かくてねぇ。人も物も大量に集まってくるのさ。しかも川が整備されているもんだから、移動が楽でね」

 沖合にある人工島から獲れ立ての海の幸を運ぶのは平たい船だ。その船と似たような平たい大型船が川を遡っていく。曳いているのは海獣たちだ。真水でも平気なデルピーヌスが先頭を進む。もちろん海獣だけでは厳しいため風の力も借りるし、魔道具によるエンジンも積まれている。

「王都の更に上から一旦ここまで品が運ばれて、またあちこちへ散らばっていくという寸法さ」

「では、この市場の役割は大きいですね」

 イェルドがさりげなく話に混ざってきたけれど、顔役は気にせず滔々と話を続けた。

 たとえば米はどこの産地が一番高いのか。高いからといって美味しいとは限らない。ブランド化に成功した広告力の高い領地が強引に推し進める品もあるという。

 それに味の好みはいろいろだ。シウは特別に頼んで甘味のある「もっちり」した食感の米を作ってもらっているが、シャイターンではあまり好まれていない。しかし無理を言ってお願いしているため研究費として上乗せして払っている。農家の人々は張り切って研究を続けているそうだ。田も広げている。

「他国向けに作った米もあるんだ。中には珍しい品種もある。直接取引している農家もあるそうでな。そりゃ、市場を通すと手数料が発生する。だけど、そういう品こそ欲しいじゃないか。俺たちだって歯がゆいよ。せっかくの品だ。高く買い取りたいし、しっかり売り切りたい」

「なるほど。ちなみに、それはどの産地の?」

「そりゃあ――」

 イェルドと顔役は自然と突っ込んだ話をするようになっていた。

 ちなみに、彼等が話している産地は、シウが依頼している米農家の周辺だった。

 仲買人のアナから、シウの頼んだ特注のお米が近隣に広がっていると聞いてはいたが、こんな大きな市場にまで話が回るようになったとは知らなかった。

 味や食感を他の人も気に入ってくれたのなら嬉しい。

「俺も食べたが、なかなかの味さ。他にも――」

 イェルドが熱心に話を聞くのが嬉しいらしく、顔役は延々と市場の品について説明してくれた。

 シウが間に入る余地はなかった。




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