431 進行は巻きで
とにかくも貴族の旅路は鷹揚だ。そんな調子だから、昼時は二時間以上も休憩を取る羽目になった。
さすがに午後は休憩なしだろうと考えたシウは甘かった。午後もきちんと休憩が入り、ようやく辿り着いたのはソランダリ領という、王都から近い場所だった。しかも夜である。
馬車で続々と街に入っていく皆を横目に、シウは飛竜の操者と話し合うことにした。
「明日からもこんな感じですか?」
「いやあ、初日だけさ。さすがに明日からは早めさせてもらうよ。俺たちもダラダラ飛んでたんじゃ仕事にならない。その分は出すって言われても客は待ってるしな」
「そうだよね。それでなくてもニーバリ領の上空はまだ飛べないし」
「そういうこった。いや、でも、よく知ってるな」
「あっ、もしかして、あんたがシウかい?」
別の操者が話に交ざった。シウを知っているらしい。
「仲間が話してたんだよ。シーカーの生徒で面白いのがいるって。なんでも飛竜を操れるんだってな?」
シウは笑って頷いた。オスカリウス家の飛竜を交代要員として乗ってきたと言えば、途端に皆の興味を引いたようだ。やれ「あそこの飛竜は餌が特別だ」だとか「早すぎて自分の飛竜が拗ねるんだよ」などと言い合う。
ひとしきり話をすると、明日以降は徐々にスピードを上げていこうと全員一致で決まった。
もちろん宿泊する街は決まっているが、できるだけ早めに入った方がいい。今回のように暗くなってからでは危険だし、翌日に疲れが残ってしまうからだ。
トイレ休憩も一々街にまで降りていては時間がかかる。
シウはそちらはなんとかするから、休憩場所を変えようと提案した。
「なんとかするって、どうやるんだい?」
「簡易ですけど組み立て式の建物を用意します。そこにトイレを設置すればいいでしょう。魔法でちゃっちゃとやってしまいます。男女別にして、土壁でも設ければいいかな」
「魔法でって、坊主よぉ」
「これでもシーカー魔法学院の生徒ですから」
胸を張ると、何故か操者の皆に笑われたシウだった。
翌日、シウの思惑通り、寄る予定だった街を通り過ぎて川沿いの広い場所に降り立った。
ちなみに普通の飛行コースなら、ここが休憩場所になっている。こうした休憩ポイントは多い。街や街道に近ければ領からの許可が必要となるが、それ以外では許可など要らない。
そもそも飛竜便は国にきちんと許可を取っている。もしも法に反することをすれば即刻免許剥奪だ。だから正規の飛竜便は問題など起こさず、休憩場所に関するマナーもしっかりしていた。
「シウ、街を通り過ぎたぞ?」
アルゲオは飛竜から降りると真っ先にシウのところまでやって来て、怪訝そうに指摘した。
「朝、伝えたでしょう。少し行程を変えるって」
「だが……」
「休憩の時間が長いと逆に疲れてしまうんだよ。今朝も皆さんお疲れのようだったし」
チラッとアルゲオの従者たちを見ると、そっと目を逸らされた。鍛えているはずの騎士や護衛もシウを見ようとしない。体力はあるため本当に疲れているわけではないが、精神的な疲れもある。特に「何もしない」待ち時間というのは訓練されていても嫌なものは嫌だ。
昨夜も高級旅館で夕食を摂っていたが、貴族特有の「長時間かかる」晩餐だったため周囲の人間は大変だっただろう。
カスパルは「疲れたので」と、さっさと引き上げていたが。
シウなど最初から参加していない。
「飛竜の操者もなるべくなら早めに休んだ方がいい。こうした休憩時に休めてると思う人もいるみたいだけど、実は周囲を警戒しているから大変なんだよ。使用人たちの体力も考えないとね。なによりカルロッテ様だってお疲れだろうと思うんだ」
「そうか、それもそうだな」
カルロッテの名前を出すと早かった。
実は朝のうちにマリエッタを通して相談していた。すぐに了解の返事が来て、名前を出してもいいとも言われていた。彼女もどうやら早く休みたかったらしい。
というわけで、行程に手を入れたことを咎められることなく、シウは休憩場所を作った。
まずは魔法で四阿を幾つも建てる。
肝心のトイレについては中型のログハウスを設置した。出来上がったものを取り出すと目を引くため、部分ごとに分解したものを組み立てたのだ。それすら驚かれてしまった。
この簡易建物は部屋数が三つほどしかないものの、きちんと仕切られており部屋として機能している。ソファやテーブルといった家具を設置すれば、最低限「貴族が休憩するのに必要な場所」に見えるだろう。サビーネからも問題なしと太鼓判を頂いた。
更に竈を作る。これはレオンも手伝ってくれた。ロトスやククールスは希少獣の遊び相手兼、周囲の警戒担当だ。
全てが終わると、シウはすぐさまカルロッテたちを案内した。ちょうど飛竜から降りたところだった。女性は降りるのにも大がかりな階段を設置するなどして時間がかかるのだ。
「女性用の休憩所はこちらです。マリエッタさん、レーネ、よろしくね。サビーネもいるから大丈夫だと思うけど」
「ええ、問題ありません。ありがとうございます」
「あたしは建物の外で警戒するよ。お手伝いはサビーネさんが適任だ」
と、各自役割分担である。
男性陣の方はカスパルが慣れた様子で動いてくれるため、説明が要らなかった。
従者たちにはダンが中心となってブラード家の人間が手助けする。
シウがお茶の用意をすませる頃には、それぞれの従者や騎士が取りに来てくれるほどスムーズだった。
「アルゲオ用にはこのカップで。カスパルもね。騎士さんたちは皆と一緒でいいんだよね?」
「もちろんだ。では、有り難く頂いていく」
「女性陣へはリサとスサに頼むね。僕もすぐ行くから。スサたちの休憩はその後になっちゃうけど、ごめんね」
「ありがとうございます。でも交代で休めますし、飛竜の上でも休めていますから」
カスパルに慣れているブラード家の使用人たちはにっこり微笑んだ。飛竜が怖いと言っていた彼女たちはもういない。今回初めて一緒に飛んだけれど、随分と慣れてしまったようだ。
昼食の際も午後の休憩でも、シウがさっさと進めたために、宿泊する予定の街に早く入ることができた。
ついでに晩餐も各自で済ませようと提案し、部屋食になった。カルロッテもカスパルも喜んで、それぞれこっそりシウにお礼を言うほどだった。
とはいえ、本来なら貴族はゆったりと晩餐会をするものだ。アルゲオが正しい。ひとえにカスパルが貴族らしくなく、カルロッテが社交に慣れていないだけなのだ。
旅行の間に仲良くなりたかったであろうアルゲオには可哀想なことをしたが、そもそも彼はカルロッテのそうした部分をもう少し理解するべきだ。シウだって、意地悪してる気持ちになるのでなんとかしたい。
その日の夜、シウはロトスにぼやいてみた。すると。
「他人の【恋バナ】に口を出すなって。馬に蹴られるぞ。あ、うちにはいないから、飛竜か?」
「……そういうの、フラグって言うんじゃなかったっけ?」
「お、そうだそうだ。って、そうだな。止めよう」
「うん、そうだよね」
二人して黙ってしまったのは、去年のトラブルを思い出したからだ。
今の大所帯で飛竜とトラブルが起こるなど、想像しただけで恐ろしい。
シウとロトスは無言でそれぞれのベッドに入って眠りに就いたのだった。
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