魔導士は科学を夢見る - 2
「なぁ、ユリ」
「その話はもう聞きたくありません。今は忘れてください」
街の城壁を未練ありげに眺めながら問いかけたエベルは、前を歩いていたユリにさくりと言い切られ「ちょっと待てよ」と突っ込んだ。
「俺まだ何も言ってねぇんだけど」
「あなたが言いたいことなんて、大体分かりますよ。伊達に長く付き合っているわけじゃあないですから」
「じゃあ、俺が何言いたかったのか、言ってみろよ」
「『本当に俺ら、出てきて良かったのかな』」
「……」
ユリに即答され、エベルは閉口する。彼が間違っていたのなら、笑い飛ばすなり更に突っ込むなり出来ただろうに、一字一句当たっていただけにたちが悪い。
「エベル。それは今僕らが気にすることじゃありません」
「とか言いながら焦ってるのはそっちだろ」
顔を顰めてエベルが言い返せば、今度はユリが口を閉ざす番だった。
アロイスに後押しされるように街を出てきたものの、それが最善の選択肢だったのかどうか、彼らには判断がつかない。
彼ら自身、森まで行って何を見てくればいいのかすら、分からないのだ。
行って、ただ無事に戻ればいいだけなのかもしれない。けれどそれでは――周囲の反対を押し切ってまで出してくれたアロイスに、合わせる顔がない。
もし収穫が何もなかったのなら。その可能性を考えるだけで、背筋が冷える。
「俺らってさ、考えすぎなのかもな。何年か前のあいつのことだって、仕方ないことだったのかもな。諦めつかなくって、街の防御するようになって、……でも、まだ、『誰一人』助けられたことなくってさ。あれしか、方法がないのかって……」
「そんなことありません!」
普段穏やかなユリにすごい剣幕で怒鳴られて、エベルは一瞬状況を理解できなかった。
「他に方法は必ずあるはずです。あれしか方法がないだなんて、僕は認めませんっ」
数回瞬きを繰り返したエベルは苦笑して、ユリの横に並び、歩き出す。
「……こんな話して悪いな。よし、話題でも変えるか。そういやお前、何の研究してるんだっけ?」
「あぁ……魔法の研究を」
「そりゃ知ってる。魔法の何を研究してるんだって」
指摘されて、ユリも苦笑した。
「すみません、言葉が足りなかったですね。魔法とはそもそも何であるのか。どういう理屈で働く力であるのか。それを、研究しています」
魔法の行使に必要なのは、「自然」を押さえつけられるだけの強い意志力だと言われている。
ただし、意志力が弱くても強い魔法を行使できる人はいたし、意志力が強くても魔法が使えるとは限らない。
魔法の行使はどうやら、自分の意思を「自然」に叩きつけるだけではないらしい――最近になってようやく分かったことだ。
血統によって行使できる魔法が変わってくる、との研究結果もあるが、多少は本人の努力次第でどうにでもなってしまうこともあり、魔法の使えなかった家系に突如魔法使いが現れることもあるため、血筋は関係ないのでは、という見方もある。
――結局のところ、魔法の才能というものがなんであるのか、引いては魔法そのものがどうやって行使されているのかは、未だ分からないままだ。
「同じ研究はどこでもやっていますから、そういうグループとは頻繁に連絡を取り合っています。先日来た手紙もその一貫でして……彼らが研究しているのは、厳密には魔法の歴史であって、魔法のなんたるか、ではないんですが」
「歴史? 何だ、魔物化した人の数でも統計取ってんのかよ」
「それはまた悪趣味な……。大体人数の統計なんて取って、何の役に立つんですか」
苦笑しながらユリが返せば、何かの役には立つかもしれないじゃねぇかとエベルは肩をすくめた。そして、それでと彼はユリに続きを促す。
「彼らが言うのによれば、遥か昔の魔法使いは呪文というものを使っていなかったらしい――『声』を媒介することなく、自分の意志力を魔法の構成だけをもって『自然』に叩きつけていたらしい、ということが証明されつつあるんだそうです」
「それってめっちゃ難易度高くね? 余りの難易度の高さに魔物ばっかり一杯いたとか言うんじゃねぇだろな」
「そんなことは言いませんよ。ですが難しかったことは確かです。ほとんど魔法使いは存在しなかったみたいですからね」
「でも、使えた奴らはすっげぇ強かったんだろうなぁ……」
エベルは呟いて雲一つない空を見上げた。それは、自分では決して届くことのない高みを見つめているようにも見えた。
「……ってぇことはさ、魔法ってのも進化してるってことか」
「そうですね。最初は一握りの人間しか使えなかった力だったのが、今ではそれなりな人数が使えます。……いつかは、誰もが使える力になるのかもしれないですね。それが、僕の夢です」
「具体案はあるのか?」
「なくはないんですが……実用化するにはまだまだ遠くて。僕自身、あのやり方で成功したことが未だないんですよね……」
「あ、今度俺試したいっ。試させろよ、約束だからなっ」
突然きらきらとした瞳でエベルにねだられて、ユリは苦く微笑んだ。魔法理論の辺りは適当に聞き流していたくせに、どうしてこういう所にだけ素早く反応するのか。
「本当に新しもの好きですね、あなたは。いいですよ、今度僕の研究に協力していただきます」
「何だよその言い回し。
で、どんな感じになるんだ? 流石に呪文なしとかは言うなよ、俺には無理だから」
「意外と出来るかもしれないじゃないですか。……いえ、昔のやり方には戻るつもりはありませんけど。
最初は意志力を、次は声を。媒介するものは『自分』という本質から少しずつ遠ざかっていく。――ならば次は、描くことになると思います」
「魔法陣?」
エベルの言葉に、ユリは頷く。
今までに先例がないわけではないが、発動したのが偶然でしかなかったために実用されたことは未だかつてない。発動したことのある陣を解析しようにも、古すぎて細かな所があやふやだ。
呪文よりも安全な魔法を求めて、一体何人の魔導士たちがこの研究に挑み、挫折したことだろう。ヒトの文字をつかって呪文をいくら書き連ねた所で魔法は決して発動せず、呪文とは別の何かが必要らしい、ということまでしか分かっていない。
「魔法陣が主流になれば、魔物化は抑えられるのか?」
「可能性はあると思います。確実にとは、言い切れませんけど」
そっか、とエベルが嬉しそうに笑う。
確実さよりも、まずはその「可能性」があることが重要なのだ。
「……空気、変わってきたな」
ふと空を見上げて、ぽつりとエベルが呟いた。
彼らがいつも慣れ親しんでいる乾いた空気は、気付けば湿り気を帯びていた。それだけ森に近づいた、ということだ。
「そうですね」
数秒遅れで空気の変化に気付いたユリも、短く答えて表情を引き締める。
これだけ森に近づいても異変を感じないのは、二人が魔法の行使をしていないからか。
「今日の方針は?」
「魔法、使わない方向で」
「珍しいですね。エベルは派手に魔法を使うのが好きなのだとばかり思っていました」
「いや、今日は気が向かないんでね」
ユリがくすくすと笑えば、エベルもにやりとしてみせる。
森へと近づく一歩一歩を踏みしめる度に、緊張が高揚へと変わっていく。もはや二人は恐怖など感じていない。
今の彼らにあるのは、何かしらを掴もうとする決意だけだ。
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