6.絶好のタイミング?

 少し時間は遡る——


 ミコトと八雲は学校を抜け出し、廃寺への道をひた走っていた。

 学校からはかなりの距離があるうえ、道中は殆どが登り坂である。八雲はもちろんの事、いかなミコトとは言っても息が切れた。


「あとはこの山道を上がれば……」


 山の中腹に例の廃寺がある。今、ミコト達のいる場所からはカーブの続く一本道だ。とはいえ、ここからは更に急勾配が続く為に、どうしたってペースを落とさざるを得ない。

 ここまでずっと走り通しだった為にミコトも心臓が破れそうな程に痛かった。

 八雲も肩で息をしていて苦痛に顔を歪める。


「ミコト……大丈夫……?」


 自分の方が苦しそうにしているのに、八雲は後ろからミコトを気遣って声をかけた。

 大丈夫かと言われると、正直なところ、そうとも言い切れない。


「少し……歩こうか……」


 心なしか頭も痛い。

 走り通しで胸が痛くなるのは分かるのだが、ここへ来て急に脳に響くような痛みが生じ始めたのだ。


(何だろう……?)


 ミコトはこめかみを押さえる。

 キーンと耳鳴りがした。


(この感覚……どこかで……)


 そう思っていたのも束の間、耳鳴りは急激に大きくなり、まるでスピーカーにマイクを近づけた時のようなハウリングが頭の中で起こった。


「うぐっ……!」


 苦悶に頭を押さえ、ピタリと足を止める。

 そのうち……。


「……ト……コト……聞こえ……か?」


 ノイズに混じって声が聞こえてくる。

 久しぶりに聞く声……。紛れもなくクズの声だ。


「ク、クズ……なのか⁉︎」

「聞こえるか? おお! ようやく繋がったわい!」


 クズの興奮した声が鮮明に響いて来る。何やら随分と苦心した様子だが……。


「おまえ! 今まで何やってたんだ! 一週間もだぞ、一週間も!」


 これまでの不安ともどかしさが一気に爆発し、まくし立てるように怒鳴りつけた。

 クズの事だ。人のような実体を持っていたら、うんざりして耳を塞いでいるところだろう。

 だが、ミコトに反論するかと思いきや、クズの声はいつも以上に優しく、それでいて申し訳無さそうでもあった。


「ワシも想定外の事であった。どうやらおぬしが過去の凄惨な記憶を蘇らせてしまい、精神が不安定に陥った瞬間、おぬしの魂が持つ波長とワシの波長が合わなくなってしまったようでな……。ワシの力はそのままに、ワシの意識を強制的に隔離してしまったようなのじゃ」

「ああ……そう言えば初めておまえと話した時にも波長がどうのとか言ってたっけ……」


 あの時もミコトの体に取り憑いてから会話が出来るようになるまで、今回ほどでは無いにせよ、しばらく時間がかかっていた。

 ミコトは「ラジオの周波数みたい」などと言っていたが今回ばかりはラジオの周波数どころのレベルでは無かったようだ。


「最初におぬしの体に入り込むだ際には、おぬしの精神状態も比較的安定しておったからのう。おぬしの持つ五感のうち、視覚や触覚といった一部の感覚とは初めから共有できておったのじゃが、此度は五感全てが隔絶されてしまってな……幸いにして外部の妖気を感じる事くらいは可能であったが、おぬしの魂に再接続するのに随分と手こずってしまったわ……」


 何というか……ラジオの周波数以上にメカメカしい話だった。

 つまり、ミコトの精神状態が極端に不安定な状態となってしまうと、クズはミコトの魂と同調する事が難しくなってしまうようなのだ。加えて一度、ミコトの方から強制的に同調を解除されてしまうと復旧にも時間がかかるという……どことなくコンピューターと似通った仕組みであるらしい。


「でも……それじゃあ、あたしが悪いんじゃないのか? 何だか、おまえが申し訳なさそうに話してるけどさ……」

「いや……心に深い傷を負っているおぬしを責める事など出来ぬよ。ワシが油断せずに上手いこと波長の制御が出来ておれば、ここまで時間がかかる事も無かったのじゃ。済まぬことをした……」


 こんなふうにクズが謝るなど初めての事ではなかろうか?

 未だ完全に癒えぬトラウマを抱えている自分を気遣ってくれているのもミコトとしてはありがたいと思うし、そうとは知らずにクズに当たってしまった事を思うと、やはりミコトは申し訳ない気持ちにしかならなかった。


「じ、じゃあ……あたしも何も知らずにクズのこと責めちゃったから、おあいこって事で……」

「ふふふ……」


 何となく、お互いに照れ臭くて笑みがこぼれた。

 何にせよ、クズの意識が戻った以上、これまでの事と今の状況説明をしなくてはならない。

 ミコトは八雲とともに廃寺へと続く山道を進みながら、現状で分かっている事を全てクズに語り聞かせた。

 本当は伏せておくつもりでいた八雲との関係についても、クズが「何故、八雲まで着いて来てるのじゃ?」などと訊いて来た為に、渋々ながらも説明せざるを得なくなってしまった。


「ほほほ! そうかそうか! それはそれは……」

「ど、どうせ、そのうち知られる話だしな……イイけど……」


 時間的には夕刻となっていたが、曇天模様で夕日も出ていないのに、ミコトの顔は夕日に照らされたような色に染まっていた。


 ようやく廃寺の境内へと続く階段が見えて来る。

 ここへ来て、ミコトの尻尾にビリビリと痛いくらいの電気が走った。これにはミコトも顔の片側だけを歪める。


「くっ……! クズ……この妖気って……」

「うむ……。どうやら、かなりの数が集まっておるようじゃな……。それも随分と殺気立っておる」


 危惧した通りだ。

 果たして伊予が無事であるのか気になるところではあるが、境内の詳しい状況なども知らずに、そのまま正面から突入するような真似はさすがのミコトでも出来ない。


「猪武者みたいな事をしては返り討ちじゃろう。まずは正面ではなく、妖気の薄い場所から様子を窺った方が良かろう」

「だな……」


 考えるところは一緒だ。

 ミコトは意識を集中して、妖気の薄い場所を探る。

 正面はさすがに相手も警戒しての事か、妖気が濃く充満している。だが、階段の途中までは全く妖気が感じられず、途中から山の斜面を左右に進み、廃寺の裏手に回り込む事は出来そうだった。


「階段の途中から、あたしと八雲で二手に分かれよう。お寺の裏手に着く前にどちらかが発見されても、その時点でもう一方が突入をかければ相手の注意を分散させられる筈だ」

「なるほど……掎角きかくの計ってわけだね」


 八雲は了解したと頷く。

 戦力としてはあまり期待は出来ないが、上手く撹乱出来れば八雲の存在も活きて来るというものだ。

 二人は出来る限り物音を立てず、息を潜めて階段を上って行った。

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