3.複雑な家庭事情

 そんなこんなで昼休み——

 京華に勿体つけられた感があり、ミコトも午前中の授業はやや上の空になる事が多かった。

 こんなモヤモヤした気分でまともに頭に入る訳が無いと文句のひとつでも言いくなる。

 ともかくも……やはり込み入った話だから教室じゃない方が良いとの事で、昼食をどこか人気のない場所で取りながら話すという事となった。

 場所は以前、ミコトが八雲を元気づける会を企画したあの場所……グラウンドの片隅にある廃部となったソフトテニス部のプレハブ小屋裏である。

 この場所であれば空の一斗缶やら、どこから紛れ込んだのか古びたビールケースなどといった、座椅子代わりになりそうな物が人数分ある。

 欲を言えば空き家同然となったプレハブ小屋を使えればベストなのだが、さすがに施錠されており、許可無く使用する事は出来なかった。


「さてと……どこから話したら良いかしらね……」


 京華は朝、コンビニで買って来たであろう野菜スティックをポリポリとつまみながら、しばし目を閉じ思案する。

 ミコトはというと、BLTサンド片手にいつも通りの子ブタ乳業のバナナオレ500mlパックだ。

 八雲や鉄平、瑞木もそれぞれその辺に散らかっていた、お誂え向きのガラクタに腰掛け、各々持って来たお弁当を開いている。


「そんなに畏まるほど重い話なのか? あたしなんかが聞いちゃっても大丈夫なのかってのが有るんだが……」


 ナイーブな話になるようであると、さすがにいつも傲岸不遜なミコトであっても気をつかう。

 他人の込み入った事情に易々と首を突っ込むものじゃないし、興味本位で聞くようなものじゃないと思っている。

 ミコトだって、それくらいの常識は心得ているつもりだ。


「アタシだって面白半分で話をするつもりは無いよ。ただ……あの子がミコトの弟子になりたいなんて言ってるからさ……。ひょっとしたら、その事と関係のある話かもしれないって思ってね」

「ふぅん……」


 思えば厄介な者に関わってしまったものだ。

 職人の世界でもないのに弟子入りだなんて、ミコトにもどうして良いか分からないし、憧れられるのは嬉しい事だが、相手はあの雲辺寺花蓮の関係者と来ている。

 どう考えても波乱含みだ。


「まず……雲辺寺伊予ってあの子はミコトにとっては因縁浅からぬ雲辺寺花蓮の妹って事で間違いない」

「そりゃそうだろうな。年齢から考えて……」


 鉄平が「何を今さら」という顔で口を挟む。

 従姉妹という発想が無い辺り、単純な脳内構造の鉄平らしい。


「ただね……血の繋がりは無いのよ。雲辺寺花蓮だけじゃなく、花蓮の父親である雲辺寺理事長とも」

「ん? それって雲辺寺理事長が再婚したか何かで相手の連れ子だとか?」


 理事長とも血の繋がりが無いとなると、普通はそういう考えに至るだろう。

 しかし、京華はかぶりを振った。


「伊予はもともと施設にいた子供なのよ。つまりどういう理由で理事長が引き取ったのかは知らないけど、戸籍上は雲辺寺理事長の養子って事ね」


 児童養護施設出身……。

 京華が珍しく真面目な顔で「複雑な事情」と言ったのは、そういう事であったようだ。


「なるほどね……。それは確かに笑って話せるような内容じゃないな……」

「でも、それがミコトへの弟子入りとどういう関係があるの?」


 直巻きおにぎりを口にしながら八雲が尋ねる。

 確かにそれだけであればミコトに弟子入り志願をした理由には繋がらなさそうだ。


「話は最後まで聞きなさい? 八雲ぉ……あんた、そんな事じゃミコトに嫌われるよ?」

「ち、ちょっと待て! 何で、そこであたしなんだ! 関係無いだろ!」


 ミコトは耳まで赤くする。

 何というか……こうも分かりやすい反応も無いだろう。

 ミコトが八雲の事をどう思っているかなど、京華ほどの者であればとっくにお見通しなのだ。

 その横で「あはは……」と同情するような笑みを携えている瑞木も恐らく気づいているだろう。

 が、それはさて置き。


「複雑って言ったのは、それだけじゃなくてね……。まず、雲辺寺伊予は生まれて間もない頃に捨てられて実の両親も不明であること。伊予って名前だけは実の親から付けられてたみたいだけどね」


 噂では聞いた事があったが、実際に赤子の時に捨てられた子を見るのは初めての事だ。

 これまでそんな話など身近で聞いた事も無かったし、自分とは縁遠い話だとばかり思っていた。

 しかし、自分を慕ってくれた、あの伊予という少女がそういう身の上だと知ると、今度は俄かに怒りが込み上げて来る。

 どんな事情があるか知らないけれど、実の子を捨てる親など理解できない……。そういった素性も顔も知らない、伊予の実の親に対するやり場のない怒りであった。


「伊予はさっきも言った通り、六歳の頃に今の雲辺寺家に養子に入った訳だけど、雲辺寺家でも不遇な扱いを受けてるらしいのよね」

「はぁ⁉︎ だって理事長がわざわざ施設から引き取ったんだろ? そうまでして、何でそんな扱いなんだ!」


 ミコトは思わず感情的に京華に食ってかかる。

 もちろん、京華に怒りをぶつけたって御門違いな事は分かっている。けれど、伊予の内情はそれほどに真っ直ぐな性格のミコトを激昂させた。


「雲辺寺花蓮にはね……兄貴がんどけど……去年の話だって言ってたかな……」


 京華は話を続けるも、どうも歯切れが悪い。実に話づらそうにひと言ひと言を選んで発しているように見受けられる。


「伊予はその兄貴から性的暴行を受けたのよ……。それが露見して、そいつは父親である雲辺寺理事長から勘当されたって話だけど……以来、雲辺寺花蓮は伊予が来た事で家庭の崩壊を招いたと感じてるらしくてね……花蓮は伊予に辛く当たって、父親もそれを見て見ぬ振りするようになったって話……」


 ミコトは愕然とした。

 そんなもの……伊予に何の咎も無い。理不尽の域を超えているではないか。

 これにはその場にいる八雲も鉄平も瑞木も……言葉を失って、沈痛な面持ちで一様に俯いていた。

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