第17話 リキさん宅、朝の風景。
マスターの家から何件か家の前を通り過ぎ、通りの端が森に消えてしまうちょっと手前にも家がある。
今日も朝から戦場のような大騒ぎが聞こえてくるが、立地に恵まれ苦情は来ない。
「イの八号っ! 柱かじらないのっ! こら、ニの二号、ちゃんと服着なさいっ! ああっ、ロの五号、その瓶開けちゃだめえっ!」
くせっ毛の長髪を振り乱し、リキは必死に自分の「子供達」をまとめようとする。が、子供達は勝手に触手を伸ばして立ち並ぶ標本の保存瓶を開けようとしたり、体に引っかかった服を食べ始めたり。とにかくやんちゃで言う事を聞かない。
「こらあっ! そっち行っちゃだめでしょハの三号っ!」
ドアの方に転がりかけていた「細くて小さい人の足がみっしりとウニの刺のように生えたリンゴくらいのサイズの球状生物」は、赤ん坊そっくりの声でぎゃあぎゃあと抗議した。
リキは、これでも保育士の卵にして魔導生命の研究者だ。
子供が大好きなリキは、かつては森の外の住人だった。当時、保育士の勉強をしながら育児施設にアルバイトに行くたびに「子供にきちんと接する親・子供ときちんと付き合える保育士」が不足しているのを悲しく思っていた。
そして、考えた。
「保育士としての魔導生命体を作ろう!」
かくしてリキは研究者の道に足を踏み入れ、日夜「自分の作った子供達」の育児に追われている。
本末転倒、ここに極まれり。
人型にならないとはいえ、今まで「最も精密な機械」として開発されてきた魔導生命体に自由意思を持たせる事に成功したのは、確かに大きな成果なのだが。
いかんせん、どの子も「子供」でやんちゃ盛り。いずれ、立派な保育士になるのだろうか……?
そんなわけで、リキの「かわいい」子供達は今日も元気にリキをてこずらせる。
「あああああっ、待ちなさい、ハの三号っ!」
ちょっとドアを開けた隙に通りに転がり出した「子供」を追いかけて走るリキ。慣れた手つきで虫取り網を振り回し、通りの真ん中に飛び出す前にがっちり捕獲。ぎゃんぎゃんと抗議の泣き声が上がるが仕方ない。
「はーい、泣かない、泣かない」
網の上から、リキはよしよしと子供をあやす。この泣き声で苦情が殺到し、最初に引っ越した通りから次の通りへと、ここに来るまでに数度の引越しを余儀なくされても何のその。子育ては大変なのだ。
ようやく子供も落ち着いて、家に引き返そうとした時。
ぴたん、と何かが路上で動いた。
「……?」
近づいてみると、それはどうやら……自然の生命体ではないらしい。普通、開かれた魚というのは動き回ったりしないものだ。
それは、えらをぱくぱくさせながら弱々しく尻尾をぴたぴたと振っている。
「……うちにこんな子いたかしら」
この通りで、こういう「生物に近い」ものを取り扱っているのは自分一人のはず。ノラというのも考えにくい。この前、水槽から大量に「小さな子」は逃げ出したが……その捕獲漏れかもしれない。
「何にしても……あんまり長くないかな。かわいそうだけど」
一応、保存瓶の霊液の中に入れてあげよう。もしかしたら長らえるかもしれないし、そうじゃなくてもひどい状態にはならなくて済む。
そう考えたリキは腕に子供とあじの開きを抱え、家に引き返した。
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