第2話

始さんのお怪我から暫く経ったある夜。

私は組の集まりの手伝いに駆り出され、すっかり遅くなってしまった夜道を一人家路へと急いでいた。


「お父さん達はまだ帰らないわね……」


一人ため息をつき、坂道を登る。

登りきった左手は小さな丘になっていて、小ぶりの桜の木が一本植えてあり、毎年花を咲かせている。


「まだ花を咲かせるのは先のようね」


一人桜の木へ歩みそう呟いた。


「ですが、今年も見事な桜の花が咲くでしょう。見事な花を」


不意に後ろから声がかかった。


「やあ、驚かせてしまったかな? 久しぶりだね。柚さん。元気だったかな?」


その声の主は始めさんだった。


突然に声がかかり、驚き振り返れば、会いたくて仕方なかった人が月夜に照らされ佇んでいるではないか。


「始さん……。驚きました。あの、お怪我は如何ですか……? 皆とても心配しています」


「馬力屋なんかやるからだと叱られました。折角決まった戦地出征も内地になり、本当についてない。まぁ自分のせいなのですが……」


「内地、ですか?」


「ええ。でも内地勤務も大変だと聞いています。外地へと出征した兵達が次々と怪我や病気をして戻って来るらしい。うかうかしてはいられないと。自分も外地出征だと思っていたのですが、怪我が原因で。誠に残念な事です」


「それでも!それでもお国の為に出征なさるではないですか……!」


「夏の始めになるそうです。この桜が咲く様を見る事ができそうだ。勿論国の為に努めるつもりではありますよ。……所で今日はどちらへ? こんな遅くに若い娘さんが一人では危ない」


「組の集まりの手伝いをしていました。もう戻る所です」


「送って行こう」


「私なら大丈夫です! それより早くお帰りになられないと……」


「貴女に何かあったら困る。遠慮する事はない」


「……申し訳ありません」


「昔よしみだからね」



始さんはゆっくりと歩き出し、私はその後を付いて行った。


こうして歩いている事が夢みたいで、嬉しくて、けれど切なくて。

時々雲に隠れる月の様に、私の心も晴れては陰りを繰り返していた。



今彼は何を考えているのだろうか。どんな気持ちなのだろうか。

知りたい様な知りたくない様な。あれこれ考えているうちに我が家へ到着してしまった。



「有難うございます……」


「それじゃあ」


にこりと笑顔を残し、去って行ってしまった。


もう少し気の利いた事は言えなかったのか、折角の機会なのに……。

悔いても後の祭りとはこの事かと後で思ったりもした。

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