第26話 フタタビ ソノサキテイ ニテ ソノイチ

「くはは、やっぱり経吾は和菓子の方が好きなんだな。

てか、好みがおじーちゃんみたいだぞ」


そう言いながら園崎は楽しそうに笑った


電車での移動のさなか、車内で園崎が俺に羊羹以外の好物について

話題を振ってきたのでいくつか挙げてみた


俺の答えに園崎が可笑しそうに笑う


「なんだよ・・・お前だって人のこと笑えないだろ?

好きなお菓子が『五家宝』って・・・、高校生のセリフとは思えないぞ」


「くくくっ・・・、でもそれで通じる経吾もすごいぞ」


「む・・・、俺も好きなんだからいいだろ『五家宝』」


あの、外がしっとりとして中がサクッとしてもっちりした食感がいいんだよな


「僕は特にその名前が気に入っている」


「名前?」


「ああ、なんか『五王家の秘宝』みたいで格好いいだろう?」


そう言ってニヤリと笑う園崎に、また俺はげんなりした視線を送る


そんな中二的な理由とは・・・


また園崎が楽しそうに笑う


その瞬間、列車が大きく揺れた


「わ・・・きゃ!?」


軽くバランスを崩す園崎に慌てて腕を伸ばし、その細い腰を引き寄せる


「だ、大丈夫か?・・・お前がこの前言ったんだぞ?この辺で揺れるって」


「う、うん・・・、話に夢中になってて、失念していた。よく覚えてたな経吾」


「ま、まあな・・・」


上目遣いで見られ、頬が熱くなった俺は視線を泳がせる


・・・別に園崎を抱きたくて揺れるのを待ち構えてたわけじゃないからな?


クセになりそうな柔らかさと温かさに溺れそうになる


理性を奮い立たせ園崎の腰に回した腕を離し、その身体を解放する・・・


・・・したのだが


駅に着くまでの間、俺の身体から園崎の身体が離れることは、なかった


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


「じゃあ、経吾。いま用意するから、適当にくつろいでいてくれ」


先日お邪魔した時のように、着替えのため部屋に入った園崎が

ドアを開け出てきてそう言った


今日も彼女の服はお嬢様といった雰囲気の格好だ


シルクのブラウスに花柄のロングフレアスカート


これも姉のお下がりなのだろうが、こういう園崎も悪くない


てゆーか、すごくいい


俺は別にニーソだけに魅力を感じる変態ではないのだ


この園崎は学校の他の誰も知らない俺だけしか知らない園崎だ


「経吾も上着を脱いで楽にしてていいぞ。

なんなら僕のベッドで横になってても構わないからな」


そんなことを言いながら階段を下りていった


・・・・・・・・・・・・。


なにげに魅惑的な提言だがそれを実行するほど俺は愚かではない


この前みたいに俺の様子を隠れて窺い、後から散々からかうに違いないからな


どんなにそこが魅惑的でも不用意にダイブするわけにはいかないのだ


そんなことを思いながら制服の上着を脱いで腰をおろす


「・・・・・・・。」


―――ちょっとくらい、よくね?


耳元で囁く声が聞こえた


・・・フッ、出たな『悪魔俺』


そろそろ出てくる頃だと思ってたよ


俺は自分の右側の空間にフワフワ浮いている幻を睨みつけた


これはアレだ


マンガなんかでよくあるパターンの『心の中の天使と悪魔』ってやつだ


俺の心の葛藤の具現化としてベタな感じに現れやがった


―――簡単な事じゃねえか


『悪魔』は囁き続ける


―――まずドアを開けて園崎がいないか確認。いなけりゃそのままダイブだ


―――たっぷりとその残り香を堪能しようじゃないか?


くっ、『悪魔』め

言葉巧みに俺をそそのかそうとしやがる


ほら、今度はお前のターンだ

言ってやれよ、『天使俺』


俺は左側の空間に視線を動かす


そこにもフワフワ浮いている、もう一人の俺


斜に構えた格好でニヒルな笑みを浮かべている


そいつがゆっくりと唇を動かし、


――― 枕・・・


と言った


・・・・・・何?


――― 枕に・・・顔を埋めてくんかくんかしたい


ヘンタイか!?


これはあれか?


『天使と悪魔』ネタからの派生パターン・・・『両方とも悪魔』ってやつか?


―――いいや、違うな


そいつはニヤリと笑いながら否定した


―――俺は紛れも無く『天使』・・・ただし、『堕天使』だがな


・・・あんだって?


―――彼女に対する思いを募らせるあまり、その甘美なる果実を求めるが故、

―――敢えて堕天の罪を受け入れた者・・・それが俺だ


え?中二病?


俺の心の中の『天使』って中二病なの?


―――ほら、お前も覚悟を決めてダイブしちまえよ?

―――きっとスゲェいい匂いすんぜ?


右側から『悪魔俺』が囁きかける


―――いつも彼女はどんな格好で寝ているのだろうな・・・

―――パジャマ?ネグリジェ?それとも下着だけ?

―――いや、それすらも身につけていないかも・・・


左側では『堕天使俺』が妄想を呟いている


俺は一人四面楚歌に陥り呻いた


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


「お待たせ、経吾。・・・って、何してるの?四つん這いでプルプルして」


部屋に戻ってきた園崎が怪訝そうな顔で俺を見る


俺はなんとか自分との戦いに勝った


いや、勝ったとはいえないな・・・

せいぜいしのぎきれた、と言うべきか


「何でもない・・・もう一人の自分と戦っていただけだ。気にするな」


そう言って俺は身を起こし額の脂汗を拭った


「なん・・・だと!?」


持ってきたトレイをテーブルに置いた園崎が俺の言葉に振り返った


驚愕に目を見開いて


「まさか・・・封じたはずのもう一つの人格、〈ファング〉が!?」


・・・え?そんな設定あったの?


「いつからだ?いつから目覚めていた!?

身体を・・・乗っ取られたことはないのか!?」


興奮気味に詰め寄ってくる園崎


「いや、その・・・ちょっと!?」


園崎の勢いに、俺は仰向けに倒れてしまった


「痛つつ・・・、少し落ち着・・・」


そう言って目を開けた俺は言葉の途中で息を飲んだ


目の前に園崎の愛らしい顔があった


心配そうな・・・それでいて熱っぽいような目で、俺の瞳の奥を覗き込んでいた


腰の辺りがあったかい・・・適度な重みと弾力が心地好い


「大丈夫か経吾?身体に異常は無いか?」


「あ、ああ・・・大丈夫だ」


つーか今、急速に身体に変化が起きてる


肉体の一部が硬化を始めているんだが、まさにその位置に園崎の身体が乗ってる


跨がるような格好で


ヤバい・・・このままじゃ気付かれる


「園崎・・・大丈夫だから・・・どいてくれる?」


「え?なんで?」


・・・・!?


声のトーンが変わってる?


園崎の瞳の奥に男性的ともいえる光が宿っていた


なんかまた変なスイッチ入った?


「どうしたんだ経吾?怯えてるのか?・・・くくく、今はどっちの人格なんだ?クロウ?それともファングか?」


そう言いながら園崎が唇を舌で軽く舐め、顔を寄せてくる


いや、人格が二人なのは、お前の方じゃないのか?


園崎の顔の両サイドから落ちる髪の毛が頬にかかってくすぐったい


甘い香りが鼻をくすぐる


でも・・・なんかこういう雰囲気の園崎も・・・イイかも


あれ?俺Mなの?


己の中に隠れてた性癖が目覚めてしまいそうだ


「くふ、堪らないな・・・お前のそういう表情かお・・・

可愛いぞ、怯えているのか?それとも・・・

怯えたフリをして誘ってるのかな?」


園崎の熱を含んだ吐息が唇にかかる


軽く息を吸うと園崎の甘い吐息が口の中に満ちた


吐息に味など無いはずなのに舌が蕩けそうだ


舌からの刺激で頭の芯が痺れる


お互いの唇が触れ合う程の至近距離


頭を少し浮かすだけで、その唇を味わうことが出来るくらいの・・・



プルルルルルルルルルルルルルルル!!!!!!!!!



「!」


突然の電話の呼び出し音に園崎はハッとした表情になり、

その身体がびくんと跳ねた


やがて急速に顔を赤らめると慌てて俺の身体の上から飛び退く


「あ、ご、ごめん経吾。で、電話だ」


「あ、ああ、うん」


園崎が取り繕うように、髪を何度も耳にかけるように手でかきあげる


「そ、園崎・・・電話」


「あ、出なきゃ」


思い出したように園崎が部屋の隅で鳴っている電話の子機へと駆け寄る


さっきまでの温かさが消え去った下腹部に目をやると、

そこはそれとわかるほどに中からズボンを押し上げていた


俺は慌てて正座の姿勢になってそれを誤魔化した


(つづく)

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