第20話 ベンキョウカイ アトヘン

昼食を済ませ、また館内に戻った


今度は数学をメインに勉強することにして、二人でそれぞれ計算問題を解く


だが30分もしないうちに睡魔が襲ってきた


食事の後の勉強ほど眠くなるものはない


「くはは、眠そうだな経吾」


「ああ、昼飯のあとって、なんでこんな眠いんだろうな」


俺はあくびを噛み殺しながらこたえる


「眠気覚ましのツボを押してやろう。ほら手を出してみろ」


園崎に促され右手を差し出す


「ここが眠気覚ましのツボらしいぞ・・・どうだ?」


中指の指先、爪の根本あたりを少し強めに押してきた


「んー、どうなんだろ。効いてるような、いないような・・・」


「ふむ、そんな即効性はないかもな」


むにむに


あー、でも、ちょっと気持ちいいかも・・・


「経吾の指って綺麗だよな・・・長くて・・・格好いい」


「そ、そうか?」


「うん、ここのラインとか・・・」


中指の側面を園崎の指先がなぞる


う、ぞくっときた


「ここからここまでの長さとか・・・」


指先から付け根まで滑り、指の股をくすぐるようにして再び指先へ・・・


なんか・・・園崎の指の動きがエロい・・・


「そ、そうだ経吾、手相・・・手相とか見てやるよ」


「へ?」


今、手相関係無くない?


「お、お前、手相とかわかるの?」


「ん?まあ・・・・何となく?」


「・・・・・・・。」


手のひらのシワに沿って園崎の指が滑る


触れるか触れないかの微妙な力加減に、

くすぐったいような妙な感覚が伝わってくる


添えた手の小指で俺の手の甲をくすぐるのは手相見るのに必要な行為なのか?


気持ちいいんですけど


おかげで眠気は吹っ飛んだけど勉強どころじゃなくなったぞ


「ほ、ほら経吾。交代だ」


「え?」


「眠気覚ましのマッサージ。今度は経吾の番」


いつからマッサージになったんだ?


手相とか言ってなかったか?


疑問は尽きないが言われるまま行動に移す


こじんまりとした可愛らしい園崎の手のひら


それを包み込むように両手を添える


えっと・・・園崎がしたようにやればいいんだよな?


中指の指先・・・爪の根本あたりをつまんで軽く揉む


ひとしきりそうしたあと・・・指先をその細い指の側面に添って滑らす


「ん・・・」


園崎が小さな吐息を漏らす


指の股になったところで折り返しまた指先へ


親指の先で手の平のシワをなぞりながら小指で手の甲を撫でる


「ふあ・・・・あ・・・」


園崎の唇から漏れる吐息に熱がこもり始める


あ、ヤバい俺、なんか・・・


「あ、ありがと経吾、・・・もう、いいよ」


そう言って園崎が手を引っ込めようとするのを・・・手首を掴んで止めた


「経吾?」


困惑の表情を浮かべる園崎


「・・・もうちょっとしてやるから遠慮するな」


「えっ?えっ?け、経吾?・・・・うくっ」


戸惑う園崎に構わず、俺はその行為を続けた


もがくように動く親指を押さえつけて、その指の腹を爪の先でくすぐる


「うわ・・・・あ、あ」


左足の先に圧迫感を感じる


園崎がサンダルの両足で俺の足を無意識に挟んでいた


手のひら全体を5本の指で、それぞれ別々に動かし、くすぐるように滑らせる


「く・・・け、経吾ぉ・・・、もう、やめて・・・・、やめてよぉ・・・・」


その泣きそうな声と表情が俺の中で燻り続けていたものに火を点す


自分の中にある歪んだ欲望をはっきり自覚した


これは嗜虐欲、そして支配欲だ


園崎を思うままに弄んでみたいという独善的な欲望


閉じようとする指を無理矢理こじ開け、その指の間に自分の指先を這わす


「んく・・・・うあぁ・・・」


園崎が身をよじりその額を俺の左肩へと預けてきた


熱の篭った吐息が胸元に感じる


5本の指の爪の先で園崎の手の甲をくすぐるようにそれぞれ不規則に動かし

刺激すると、俺の足を挟みこんでいる園崎の足にその刺激に耐えるように

力がこもる


一度指を離してから・・・・4つの指の股を4本の指先で同時になぞり擦った


「く・・・・ふ・・あっ・・あっ・・・!・・・!」


俺の左足を挟んだ足に力がこもり、背中がびくんと震える


そうした後、園崎は全身を弛緩させ俺にもたれかかってきた


・・・ヤバい

ちょっとやり過ぎた


「そ、園崎・・・?」


恐る恐る声をかける


紅潮する顔をあげた園崎は無言で俺を軽く睨んだ


・・・怒ってる、よな?やっぱ・・・


少し・・・調子に乗りすぎた


手の平でこんなに反応するとは思わなかった


「ちょっと・・・顔洗ってくる」


園崎はそう言って立ち上がると足早に歩いていってしまった


一人になった俺は自分の馬鹿な行動を後悔していた


軽はずみな事はしないと誓ったはずなのに、園崎の反応に夢中になって

我を忘れてしまった


これが元で絶交、なんてことになったら・・・その後の落ち込みと自己嫌悪は

中学のあの時以上な気がする


とにかく謝ろう


土下座してでも俺がやってしまた行為を許して貰わなきゃ・・・


そんなことをぐるぐると考えていた俺の隣に、戻ってきた園崎が無言で

腰を下ろした


そっぽを向いた園崎に俺は恐る恐る声をかける


「そ、園崎・・・」


「・・・やっぱり経吾の中の魂はクロウだな」


「え?」


予想外のセリフに俺は謝罪の言葉を忘れる


「まったく・・・なんてサディスティックで意地悪なんだろうな、お前は?」


そう言ってこちらを向いて俺を軽く睨む


その頬はまだ僅かに上気していた


「そ、その・・・わ、悪ふざけが過ぎた・・・あ、謝るよ」


「あーあ・・・・、なんかレイプされた気分」


「レ・・・!?」


園崎の口から飛び出した刺激的な比喩的表現に絶句する


「まったく、お前のせいで少し…れちゃったじゃ・・・・、ああ、もう!」


園崎が突然自分の勉強道具をしまい始める


「もう勉強する気分じゃなくなった・・・ああ、喉渇いた。

何か奢ってくれるんだろうな?」


「お、奢る奢る。なんでも奢る」


俺は慌ててそう言うと自分の勉強道具も急いでしまう


飲み物奢るくらいで俺のしたことがチャラになるとは思えないが、

園崎の機嫌が直るなら安いものだ


「何でも・・・か、勉強で頭を使ったからな、何か甘いものでも食べさせて

貰うか」


そう言って席を立って歩き出す園崎のあとを、俺は慌て追いかけた


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


園崎のあとをついて人通りの多い駅前通りを歩く


「何を奢って貰おうかな?久しぶりにパフェ?いや、あんみつとかも捨て難いな。どうせなら両方・・・」


そんなことを言いながら悪戯っぽく笑う園崎


うう、あまり持ち合わせが無いんだが・・・


最悪、俺は水だけだな


「よし、決めた。知り合いがやってる店がある。そこへ行くぞ、

ついて来いクロウ」


そう言って園崎が走り出す


俺は慌ててそのあとに続いた


園崎に続いて角を曲がったとき、前から来たカップルの男の方にぶつかりそうになった


「おい!テメェ!気をつけろよ!?」


うわ、なんか典型的なDQNカップルだ


「す、すみません、急いでたもので」


不注意を詫び頭を下げる


「あれ?もしかして・・・ヨシツネ?」


そんな俺に対して連れの女の方がそう言った


「え?」


ヨシツネってのは俺の中学時代のあだ名だ


てことは中学の時の知り合いか?


・・・って、まさか!?


「ん?なんだ?オマエの知ってる奴か?」


隣の男が女の方に尋ねる


「えーと・・・、中学の時の・・・・」


口ごもる女に対して、男が


「あ、もしかして元カレとかかよ?」


と問い掛ける


「ち、違っ・・・、告られた事はあるけど付き合ってなんかないし!」


そうだ、彼女こそ俺が中学時代、告白してフラれた・・・


印象が違い過ぎててすぐには気付かなかった


「へえぇ・・・」


目を逸らす俺に男の方が嘲るような視線を寄越す


「う・・・」


脳裏に苦い感覚が蘇る


今朝の嫌な夢は、このことを暗示していたのかもしれない


だが、その場から逃げ出そうとする俺に横から冷たい声がかけられた


「経吾・・・・・・・・・・・・・・・その女、誰?」


振り向くと冷気をはらんだ雰囲気を纏った園崎が佇んでいた


「園崎・・・・・いや、その・・・彼女は・・・」


口ごもる俺に園崎は冷たい視線で一瞥すると、今度は目の前の彼女を頭の先からつま先まで睨め回す


初対面の相手にも遠慮のない敵愾心を向けるところはさすが園崎だ


その態度に彼女は一瞬気圧されるが、

隣の男が園崎の容姿に向ける視線に気付くとそのまなじりを上げて睨み返した


「ねえヨシツネ!この失礼な女、なに!?」


「いや、その・・・・クラスメイト、高校の」


「・・・ヨシツネ?」


彼女が口に出した俺の呼び名に園崎が片眉を上げる


「そ、園崎。彼女は・・・」


「アタシはヨシツネの中学の時の友達。ただの。告られた事はあるけどね、

フッたけど」


俺の言葉を遮り彼女が園崎にそう言った


隣の男が『俺知らね』って感じに顔を逸らす


視線だけこちらに向け馬鹿にしたような目で見ている


園崎が確認を求めるような目を向けてきて、

俺はいたたまれない気持ちで目を伏せた


だが次に園崎の発した言葉は意外なものだった


「ふーん・・・じゃあ僕はキミには礼を言わなければならないかな?」


「れ、礼?・・・アンタ何言ってんの・・・・?」


彼女が困惑にそう尋ねる


「ああ、名も知らぬキミ、経吾をフッてくれてどうもありがとう」


「そ、園崎?」


その場にいた全員が困惑するなか、ただ一人園崎だけが語り続ける


「だって、キミが経吾の告白を受け入れていたらキミと経吾は恋人同士・・・」


急に園崎が俺の右腕を取って、その両腕に抱き抱える


うわっ!?


俺の腕と園崎の腕によって押し潰され、

ただでさえ大きな園崎の胸部が強調される


「・・・そうなっていたら、今の僕と経吾の関係は無いものになっていた・・・いま僕が、こうして経吾と『特別な関係』でいられるのはキミのお陰だ。

経吾をフッてくれて本当にありがとう」


そう言いながら園崎は妖艶ともいえる表情をつくり、笑った


俺と相手の男の喉が同時に音を鳴らす


「でも本当によかったよ・・・」


そう言って俺の腕を解くと園崎はいつもの信じがたい身のこなしで間合いを詰め、彼女の顔の目の前数センチの距離にその顔を寄せる


「・・・経吾が他の女に汚されてなくて本当によかった・・・」


背筋が凍りそうなほどの冷気をはらんだ声だった


彼女が『ひっ』という悲鳴をあげ身を引く


と同時に園崎も身を離すと、俺の腕を再び抱き抱えた


「行こ、経吾。あたしすっごく喉渇いちゃった」


数秒前とは同一人物と思えないような甘えた声でそう言うと、

俺の腕を引っ張るようにして歩き出した


「お、おい、園崎・・・・じゃ、じゃあ」


俺は引っ張られるまま、別れの挨拶もそこそこにその場を離れた


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


園崎が足早に歩くあとを俺が追いかけて歩く


彼女達と別れてから、俺達はずっと無言だった


組んでいた腕はもう解かれている


前を歩く園崎の背中からはその感情を読み取ることは出来ない


不意に園崎が立ち止まり俺は危うくぶつかりそうになった


勢いよく振り返り俺の顔を見上げる園崎


その表情は怒っているようにも泣きそうにも見える


「ちょっと・・・やり過ぎた、怒ってるか?」


「園崎・・・」


「なんかムカムカして・・・自分に歯止めが効かなかった。ゴメン」


俺は思わず苦笑が漏れる


「別に怒ってなんかいないよ。・・・アリガトな園崎、俺に見栄を張らせてくれたんだよな?」


「経吾?」


園崎のあの態度に彼女達は、俺と園崎を恋人同士だと思っただろう


もちろん事実は違うけど、お陰で俺のささやかな自尊心は十分に満たされた


俺は昔フラれたけど、そのかわり今はこんな可愛い恋人がいるんだって

彼女達に思わせる事ができた


俺のプライドを守る為、咄嗟にあんな芝居をしてくれた

園崎はホントにいい奴だ


「しかし、まああれだな、経吾はあんな女にうつつをぬかした挙げ句、

無様にフラれていたってわけだ」


「うぐ」


「そしてフラれたお前は枕を涙で濡らしていたわけか」


「べ、別に泣いてなんかいなかったぞ」


「済まなかったな経吾、その時そばにいてやれなくて、

僕がいてやれれば泣き濡れるお前を慰めてやれたのに」


「あのな・・・」


「いいか経吾、前も言ったと思うが好きな女が出来たら

僕に隠さず教えるんだぞ、・・・フラれた時ちゃんと慰めてやるから」


「フラれるの前提かよ!」


前言撤回、いい奴なんかじゃねえ、園崎はヒデェ奴だ!


「僕たちは親友だからな。遠慮なく、好きなだけ僕の胸で泣いていいぞ」


「・・・っ、おい!」


一瞬園崎の胸に顔を埋めているところを想像してしまった


そんなことが出来るならフラれるのも悪くないかも・・・って

おかしいだろ?それ、本末転倒だ!


「・・・!、そ、そういえば、あ、あの女が呼んでた、ヨシツネって、何?

あの女には、そう呼ばせてたの?」


園崎、片頬がヒクヒクしてて怖いぞ


「いや、あれは中学の時の俺のあだ名で・・・。つけた奴は男だし、

クラスの奴はみんな俺の事そう呼んでたんだって」


俺は慌ててそう説明する


「ふーん・・・・、なんでヨシツネ?」


「・・・・言わなきゃダメか?」


「言え。聞かせろ」


ふう・・・・


「・・・ほら、俺の名前『義川経吾』だろ。義川の『義』と経吾の『経』、

合わせて『義経』」


園崎は目をぱちくりとさせる


「源氏の?義経?・・・・・・カッコイイ・・・」


「良くねーよ!好きじゃないんだよ、このあだ名。

だから絶対そう呼ぶなよ!?」


名前負けも甚だしいって


「えー?カッコイイと思うけどなあ・・・。

ふむ、つけた奴はなかなかセンスがあるな」


ダジャレのセンスが、だろ。

中二病的にはツボなネーミングなのかもしれんが・・・


ふむふむ、などと言っていた園崎が急にハッとしたように俺を見た


「な、なんだ?」


「義経・・・・源の九郎(クロウ)義経・・・・た、魂の繋がりを感じる・・・

経吾、カッ・・・カッコ良すぎ」


瞳を輝かせ俺を見つめる園崎に、俺は微妙な笑顔を返すしかなかった


(つづく)


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