第16話 アネ トノ ヨル

「デュフフフ・・・・リンたん、かわういよリンた~ん」


リビングのテレビ画面に映し出されたアニメの幼女に、

姉さんは犯罪者すれすれのヤバい視線を送る


ソファで隣に座った俺は、そんな姉さんに生暖かい視線を送る


今まで何回も繰り返した俺達姉弟の日常だ


ちなみに姉さんの格好はというとグレーのスエット上下に頭には前髪が邪魔に

ならないようにつけた、飾りのない黒いプラスチックのカチューシャ、後ろ髪

はゴムで纏めた状態にしてある


ハッキリ言って全く色気のない格好だ


よくマンガやラノベなんかで姉キャラが半裸でうろうろして、主人公が

『姉さん、ちゃんと服を着てくれよ』なんてセリフを吐いたりするが、

ウチに関してはそんな事は一度もない


下着姿はおろか、下着そのものに関しても俺は一度も見たことはなかった


姉さんはいつものブラコン発言に反して非常にガードは固いのだ


おそらく姉さんはブラコンキャラを演出しているだけで、

真性のブラコンてわけじゃないのだと思う


まあ、そのおかげで俺の方も安心して、

こうして姉さんと二人だけの夜でも隣に座っていられる


万が一にも迫られたらシャレにならないからな


血が繋がってない姉弟だからって、ベタな昼ドラみたいな展開は真っ平御免だ


画面に映し出されたアニメは一話分終了し、次回予告になった


「姉さん、何か飲む?姉さんの好きな炭酸とかも買ってあるけど?」


「ほんとぉ?アリガトけーくん、気がきくねえ」


姉さんはリモコンのポーズボタンを押しながらそう言った


冷蔵庫から炭酸のボトルと、自分用のほうじ茶のボトルを取り出し、

グラスをひとつ持ってリビングに戻る


俺はボトルからラッパ飲みだが、姉さんはグラスに注いで飲むのだ


行儀がどうとかではなく、こうした方が香りがより楽しめるらしい


ボトルを開けグラスに注ぐと、この炭酸独特の香りが立ち上る


「アリガトけーくん。じゃいただきます」


姉さんは俺からグラスを受け取ると、ぐびぐびと一気に半分くらいまで飲み、

ぷはーと息を吐いた


「くはぁー、この味、堪らんのお。この『20種以上のフルーツフレーバー』の中には絶対、大麻入ってると思うわ」


「・・・入ってたら麻薬取締法違反だろ」


「でも、ぐたいてきな名前書いてないって事は、ぜったい後ろめたいせーぶんが入ってるんだよ」


そんなボケとツッコミの後、姉さんが一時停止を解除し再びアニメが再開される


『わたし、狸里璃野 鈴 (りりりのりん)、暮霧林小学校の4年生。

ある日出会ったタヌキみたいなぬいぐるみは実は異世界からきた妖精だったの』


『僕の名前はトロッキィ。この世界とは別の世界、

〈コミン・テルン〉からやってきたんだ。

悪いやつらがこの世界を狙ってる。

リンちゃん、魔法の力でぼくといっしょに戦って』


『わたし、魔法少女になってこの世界を守ります』


なんつーかツッコミどころ満載だな・・・


姉さんの付き合いで、さして興味の無い作品を見るときは

頭の中でツッコミながら見るのが常だ


頭の中で、というのがポイントで決して口に出してはいけない


こういった作品を好んで見る方々は自分が好きな作品をけなされた時 (けなしてるつもりはないんだが・・・)のキレっぷりはハンパない


俺は泣きながら土下座し謝罪するのは二度と御免だ


画面の中ではオープニングが始まっている


ポップな曲調に乗せてちょっとイカれた歌詞の唄が流れる


姉さんが曲に合わせて身体を揺するが見ないことにした


このアニメの正式なタイトルは『魔法のマジカルウィッチ スタア☆リン』


『魔法』と『マジカル』と『ウィッチ』って意味被ってないか?


『スタアリン』てネーミングもどうかと思う


主人公の女の子の名前は狸里璃野 鈴・・・りりりのりんて・・・


小学4年生で通ってる小学校の名前は暮霧林くれむりん小学校


私立か公立か知らんが音の響きがなんかイヤだ


おなじみのマスコットキャラは、

なんかタヌキに似たぬいぐるみで名前は『トロッキィ』


普段は帽子に化けて主人公の頭の上に乗っているんだが、

これって軽く校則違反なんじゃないだろうか?


その帽子もロシア人が被ってそうなモコモコしたもので、

おまけにタヌキの尻尾がついている


服装が半袖にミニスカなのに季節感メチャクチャだ


そしてミニスカから伸びる足には、

タヌキをイメージしてるのか茶色と黒の縞ニーソ


・・・よかった、何の性的魅力も感じない


縞ニーソならなんでもいいわけじゃないみたいだな


そもそも俺はつるぺたなんかには興味はない


どちらかといえば女の子の胸はふくよかな方が好みなのだ


理想をいうなら園崎くらいの・・・

って、なんでここで園崎の名前が出てくるんだよ


画面だ画面に集中しろ


画面の中では敵が現れ友達が操られている


主人公は魔法のアイテムと呪文で変身


光に包まれ、着ている服が弾け飛び一度全裸になる主人公


「うほーッ!!つるぺたキター!!」


姉さんが奇声を上げるが俺は何も聞こえないふりをする


変身したあとのコスチュームは全身真っ赤、髪まで真っ赤になっている


顔や声はそのままなのに友達たちは誰も気が付かないのはお約束だ


手にした魔法の武器は二つ、それぞれの手にひとつずつ違う形のアイテムで、

片方はハンマーのようなもの、もう片方は三日月型に持ち手がついた形の物だ


そのアイテムを×の字に合わせ必殺技を発現させる


おかしいな・・・どっかで見たことあるような錯覚を覚えるカタチだ


真っ赤な光の帯が敵を包み込み消えると、その姿は元の友達に戻っていた


操っていた敵の幹部が負け惜しみを言って逃げていく


みんな元に戻って大団円だ


ワンパターンと言ってしまえばそれまでだが、それだけに安心して見ていられる


こういった子供向けの作品は老人向けの時代劇といっしょで、

奇をてらったりってのは必要無いのだ


王道、基本、定番、テンプレ、ステレオタイプ


それは悪いものじゃない


まあ、通して見たかぎり設定はともかくストーリーは定番で、

まあ悪くない出来だと思う



壁の時計を見ると3時近い


不意に肩に重みを感じ、横を見ると姉さんが俺にもたれ掛かっていた


「姉さん?」


俺は困惑した声を漏らす


「けーくん・・・あたしね、もうこれ以上、限界みたい・・・」


とろんとした目をした姉さんが俺にそう言った


「ゴメンね、けーくん・・・。あたし、あたし・・・、もう、我慢出来ないの」


「そ、そんな・・・ダメだよ、姉さん」


・・・オチは分かってるんだが姉さんに合わせてそんなセリフを吐いた。

棒読みで


「けーくん、あたし、もう、もう・・・・・・おやぷみー、ぐー」


そんなセリフと共に、姉さんはソッコー寝た


やれやれ、相変わらずスイッチが切れたみたいに寝る人だ


自分で誘っといてこれだもんな


「すうすう・・・」


姉さんは無防備に寝ている


やれやれ、姉弟とはいえ血が繋がってない男女なんだからな


俺がムラムラきて間違いでも起こしたら、とか考えないんだろうか?


だがまあ、それだけ信用されてるってことなんだろうし、それがわかってるからこそ、その信頼を裏切らないためにも俺自身歯止めがきく


正直、胸を少し触るくらいなら・・・とか、思わない訳じゃないんだからな


でも、園崎に対してはどうなんだと考えると・・・自信がない


今朝のような状況が再び起こった時、俺は歯止めがきくのか?


日に日に園崎とは親密になっていくが、彼女が俺に求めているのは友情のはずだ


俺はそれに応えられるのか?


男女の間に友情は存在しないって聞いたことがある


園崎が俺を信頼してくれてるのをいいことに、

いつか不埒な真似をしてしまうんじゃないか?


・・・園崎がお腹をさすっていたことについては忘れよう


いくら考えても本当の理由なんて解らないし、

まさか本人に聞くわけにもいかない


問題は俺自身だ


俺は園崎の不用意な色気にだいぶ戸惑っている


彼女は俺を親友と慕ってくれるが、俺の方はそんな目ではとても見れない


なにしろとびきり可愛らしい外見した女の子なんだから


不意に委員長から言われた忠告が耳に甦る


『園崎さんとは少し距離を置いたほうがいいと思うけど』


そうすべきなのかな・・・






・・・・・・・・・・・・・・・・無理!!


あの園崎がそれを許すとは到底思えない


そもそもどうやって?


同じクラスで席も隣同士なのに


逆に園崎が離れていくように促すのは?


園崎に嫌われるような事をすれば・・・




あれ?


いま俺、嫌われたくないって思った?


まあ、そうだよな


誰だって女の子からわざわざ嫌われたい奴なんかいない


相手が園崎だからって事じゃなく・・・そうだろ?


俺はどうしたらいい?


「くしゅっ」


姉さんが小さなくしゃみをする


そんなに寒くもないがさすがに何もかけずに寝たら風邪をひくかも知れない


なにか掛けてやらなきゃ


俺は一度自分の部屋に戻り、押し入れの中から冬に使ってる毛布を出し、

再びリビングへと下りた


そっと姉さんの身体に毛布をかける


「うーん、むにゃむにゃ・・・他の女のにおいがする」


「!!」


心臓が止まるかと思った


「ね、寝言か?どんな夢見てんだよ・・・」


毛布に園崎の匂いがついてるのかと錯覚して肝が冷えた


この毛布は使ってなかったんだからそんなはずはない


やれやれ、俺ももう寝よう


まだつけっぱなしになっていたテレビを消すためリモコンを手にする


『あなたはそれでいいの!?それで幸せなの!?

お願い、自分の本当の気持ちに気付いて!!』


画面の中でヒロインの少女が叫んでいた


自分の本当の気持ち・・・か


俺の本当の気持ち


園崎に対して抱いてる本当の気持ち


ただの性的な欲望なんだろうか・・・それとも


解らない


ただはっきり言えることは・・・


いつも振り回されて、迷惑してるはずなんだけど・・・・


あいつと一緒にいると・・・なぜかとても楽しいんだ


(つづく)

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