予期せぬ邂逅 其ノ七


 お千夏屋敷から離れた町の一角。句瑠璃くるりを見つけた柿右衛門かきえもんは、他の猫たちとすぐさま取り囲む。


「おや、柿右衛門の旦那。どうしましたかにゃ?」

「どうしました? じゃねぇぞこのアホンダラッ! 邪々虎が生きてるじゃねぇか! 今までどこほっつき歩いてたっ!?」


 怒り心頭の柿右衛門に対し、句瑠璃は面倒臭そうな顔をすると


「もう暫く待ってくだしゃんせ。慌てても何の得にもなりゃしませんにゃ」


 まるで柿右衛門の事を忘れていたかのように、すました顔でそう返す。

 これには柿右衛門も堪忍袋の緒が切れる。句瑠璃に掴みかかろうとしたその時、後ろから走って来た仲間の声。


『親分っ! 大変です!! お千夏屋敷が燃えてますっ!!』


「なんだとぉ!?」


 慌てて屋根の上へと登ると、確かにお千夏屋敷の辺りから煙が上がっていた。


「ほーれ、言った通りじゃないですか。にへへぇ」

「し、しかし一体どうやって火を付けた? お前が付けたわけではあるまい?」


「確かにあたしじゃあござんせんよ、ちょいと知り合いがね。それより旦那、今日は変なお天気ですねぇ。この通り曇って雷様まで鳴るなんて、雨ならまだしも雪なんか降られたら寒くてたまったもんじゃござんせんよ」


 空を見上げながら妙なことを言い出す句瑠璃。その異様な雰囲気に皆は気が付き、何事かと怪訝けげんに思った。


「そうなる前に、ここらの家を燃やしてでっかい焚火なんか如何ですかにゃ? もしお望みなら旦那も一緒に燃やして差し上げますよ? 生きたままに焼かれると、死ぬほどあったかいんですよぉっ!? にへはははははははは────っ!!! 」




 一方、お千夏屋敷内では。志乃とお千夏たちは、母屋で黒装束と鉢合わせになってしまっていた。


「野郎ぞろぞろと! 勝手に人の家上がり込みやがってっ!!」

「ここは私が!」


 志乃は自ら前に出て引きつけ、お千夏と甚之助を来た方向へ戻るよう促す。


「む、無茶だ! いくらなんでも!」

「いいからあたしらはあたしらの事をするんだよ! 頼んだよ、ちゆり!」


 甚之助を掴み、きびすを返すお千夏。あの莉緒りおの二代目なら手助けは必要ない、そう考えたのだろう。


 立ち去る二人を確認すると、狭い廊下で銀色の錫杖しゃくじょうを構える志乃。母屋の部屋は全て確認した、もう中に屋敷の人間はいないので存分に戦える。


 黒装束たちも一人残された志乃を見て、我先と武器を手に向かって来た!


 志乃は符を床へ投げつけると、符は炎を発して壁へ天井と瞬く間に燃え広がる。 黒装束らは驚き一旦身を引くも、幻の火だと見抜いて斬りかかって来た!


ガチンッ!


(やはり効かない!)


…………


『──奴らは人殺すことだけ考えて生きて来たような連中だ。それでいて人間と化けモンのあいのこ。だきと奴らン中には妖怪用の術や道具が効かねぇのもいる』


『前にイロハには効いたわよ』

『それはそれだ。いいか志乃? 一口に地擦り組っつっても、色んなかけ合わせの集まりなんだよ。ほんだがらこれといった対処法が無ぇ。今までの戦い方が通じねぇなんてことがあっかも知れねぇ、ここが奴らのおっかねぇとこだ』


『もし出くわした場合、典爺ならどうするの?』

『そんなもんおめぇ、ハッタリかまして逃げるしかねぇだろ』


…………


(逃げるって言ってもね……)


 狭い廊下、相手は四人。逃げるにしても、生憎この廊下にある出口は黒装束の向こう側にしかない。背中を見せれば刃が飛んで来るのは目に見えている。


 先頭の一人を受け太刀したところで、二番目にいた黒装束がかいくぐり、三鈷杵さんこしょ(相手の武器を絡めとる十手のような武具)を突き出してきた!


「っ!」


 咄嗟に身をかわすも錫杖を放してしまう。振り下ろされた太刀が僅かに横をかすめる。

 錫杖を手放した志乃へ、黒装束の刃が一斉に襲い掛かった!


──雷電衝らいでんしょう


 床に転がった錫杖からの強力な放電!

 三人が動かなくなるのを確認する間もなく、志乃は背中を向けて走り出す。廊下を左手に曲がったところで手裏剣が壁に刺さった。


 一人だけ放電を受けなかった黒装束は、志乃を追って分かれた廊下を左手に曲がる。すると行き止まりとなっており、護符を握りしめこちらを睨む志乃の姿が。

 相手は武器を持たぬ人間の娘一人。しかし力は聞き及んでおり、先程は仲間が複数やられるのを目の当たりにしたばかり。決して油断はできぬと念を入れ、その場でありったけの手裏剣を叩きこんだ!


 投げた手裏剣が全て志乃へと刺さった!

 仕留めた! そう確信した次に妙な違和感が!


「──!!」

「流石にこれは効いたみたいね」


 仕留めたはずの巫女は消え、代わりに後ろから現れた気配と鋭い痛み。

 退魔の祈祷きとうが施された小刀を、直接首筋に叩きこまれ黒装束は絶命した。


 廊下を曲がってすぐに部屋があったのを知っていたので、志乃は気配を隠し黒装束をやり過ごすと、分身をおとりに使ったのである。直に首筋を刺したのは、相手が飛道具以外持っておらず、装束の下に帷子かたびらを着こんでいたのが見えたからだ。


(こんな血生臭い事をしても何も感じない……こいつらが妖怪の血を引いているから? ……それとも私が妖怪の娘だから?)


 赤く光る目で床に倒れた半妖人を見下ろし、ふと思った。もし同じ状況におかれ、相手が普通の人間だった場合、果たして自分は同じことが出来ただろうか。出来たとしてやはり何も思わなかっただろうか。それは人間と言えるのか……。


 困惑を胸に仕舞い、途中で錫杖を拾い上げ、何やらイブ臭い母屋の中を走る。


カーンカーンカーン……


(これは半鐘はんしょうの音!? まさか!)



 母屋から飛び出した志乃は、その光景を目の当たりにし、絶句した。活気の溢れていた敷地は奉公人と黒装束の屍が入り乱れ、至る所に血が流れている。

 音と光に首を傾ければ、離れと納屋が炎に包まれているではないか!


 そして中央で向かい合う大男とイロハの姿!


「いたぞっ! 巫女だー!!」

(志乃っ!?)


 助太刀に駆け寄ろうとした志乃だが、鬼怒丸の声を聞いた黒装束たちによって囲まれてしまう。それを見て助けようとするイロハもまた、鬼怒丸によって阻まれた。


「おおっと! おめぇの相手はこの俺だ!」

「くそっ! 志乃! 笛だっ! 笛を吹けーっ!!」


 志乃の錫杖に仕込まれている対妖怪用の笛の事だ。以前、大勢の妖怪相手にこれを使ったこともあり、その効果はイロハが身をもって知っている。

 だが今吹けばイロハも巻き添えとなってしまうだろう。


「オラのことはいい! はようっ!!」

(イロハ…! 堪えて!)



ピィィィィ───────……


「ぐぅ!? うごぉぉー!?」


 効いた! イロハと組みあっていた鬼怒丸や黒装束たちが、頭を抱えうずくまる!

 一方の笛の音に構え、歯を食い縛っていたイロハ。以前の不快な感じを受けない。


(あれ? オラには何とも感じねぇぞ…?)


 山姥に貰った帽子の効力である。着用者を音波から守る帽子、あらゆる風と水の難を防ぐ南蛮簔なんばんみの、そして道着よりも動きやすく遥かに丈夫な南蛮服。宵闇町の闇市でも滅多に拝めない、渡来物の宝物ほうもつだったのだ。


(山姫の婆ちゃ、済まねえきと暫く借りんな!)


 自分の跡継ぎにしたい、そう言っていた山姥に罪悪を感じながらも、志乃を囲んでいる黒装束目掛け走り斬り付ける。黒装束の中には笛があまり効かない者もいるようで、堪えながら志乃へ向かおうとする者もいた。


「あっ!」

「こんにゃろめっ!」


 屋根の上にふらつきながら火を噴く半妖人が志乃を狙っていた! 火を放ったのもこいつだろう。しかしいち早く気が付いた奉公人の一人がなたをぶん投げ、頭に当たると屋根から転げ落ちる。笛の音は人間には聞こえないのだ。


(ぐぅぅっ!! これが八潮の巫女の力だというのかっ!!)


 他の半妖人に比べ、妖の血が色濃い鬼怒丸は笛の音に苦しめられる。膝をつき頭を抱えながらも目を開き、志乃を睨んだ。


「笛を止めろ! そして来るのだ巫女よっ! 忠真ただざねを生かしてはおかんぞっ!」

「──っ!!」


「忠真」という言葉に反応し、笛を吹くのを止めてしまった!



ズドォォォ────ンッッ!!!!!


 しかし突如鳴り響く大轟音!!

 叫ぶ間も無く鬼怒丸の体は門の外へと吹っ飛ばされた!


「しゃらくさいっ! ざまぁ見やがれデカブツ!」

「……はぁ魂消た。年代モンだから暴発するかと思ったぞ……」


 振り向くとお千夏と甚之助。蔵に仕舞ってあった国崩し(大砲)を撃ったのだ。


 仕切っていた鬼怒丸がやられ、辺りからほら貝の音が。

 撤退の合図なのだろう、黒装束たちは素早く屋敷の塀を飛び越え始める。


「奴ら逃げっちまう!」

「聞いての通りさ。イロハ、ちゆり、ここはあたしらに任せて奴らを追いな!」

「で、でも……!! 後ろ────っ!!!」


 逃げるついでに首土産とばかりに、黒装束の一人が大鎌でお千夏を狙う!

 しかし間一髪のところで銃声が響き、頭を撃たれた黒装束は吹っ飛ばされた!


「おちゆっ!! 早く行っとくれよっ!」


(おつねさん…!!)

「志乃! 行くべっ!!」


 他の女衆と共に、炊事場の影から火縄銃を構えるおつねの姿。

 後ろ髪を引かれる思いで屋敷の門から外へ出た。



 門から外へ出ると、青い顔をして騒いでいるやじ馬たちが目に付く。正面の建物は吹っ飛ばされた鬼怒丸によって滅茶滅茶になっていた。すでに鬼怒丸の姿は無く、変わりに大量の血が残されている。


志乃「イロハ、あいつらの足取りはわかるわね?」

イロハ「勿論!」


 強い妖気の足跡に付け加え、点々と血の跡が続く。果たしてこれは罠なのか…。


トラ「二人とも無事かっ!」

イロハ「トラ!」

志乃「あんた今までどこにいたのよ!?」


 屋敷の塀から飛び降りるトラ。二人に並ぶようにして走る。


トラ「納屋で寝とったんだ! 笛の音に起こされてみれば熱いわ煙いわで参った!」

志乃「呆れた! あの騒ぎでも起きないだなんて!」


 見れば火傷が治ったばかりの場所の毛が少し縮れている。薬を塗ってやりたいが、今はそれどころではない。ただ妖気を辿り、道を走って行った。


 やがて山道へと差し掛かり、暫く上ったところでイロハが声を上げる。


イロハ「志乃! 大変だっ! あれ!」


 指さす方を見ると、お千夏屋敷とは別の家々が燃えているではないか!

 更に目を凝らすと妖怪らしき黒い姿が辛うじて見える。


志乃「妖怪の仕業!? まさか地擦り組の仲間なの!?」

トラ(まさかあいつが!!)


 妖怪の正体に気が付いたトラは道を下り始める。


トラ「志乃、今は夜にあらず。この姿ではワシも満足に戦えまい。ワシだけでも街の様子を見に行ってくる。二人とも気を付けるのだぞ」

イロハ「え!」


 イロハが止める間もなく、怪我をした足を庇うように走って行ってしまった。


志乃(いつもこう! 勝手なんだから!)


 しかし放っておくわけにもいかない。一思案すると志乃は目を閉じ、念じ始めた。


志乃(──お願い、出てきて……私に代わりトラを助けてあげて)

イロハ「志乃……?」


 不思議そうに見ていたイロハ。やがて志乃の体から白い霧のようなものが浮かび上がり、人の形を作り出す。


イロハ「え? あ、あぁっ!?」


 イロハは二重の意味で驚き腰を抜かしそうになる。霧の作り出した姿は自分もよく知っている者に似ていたからである。

 霧の人影は二人の周りを回ると、トラを追って街へと消えていった。


 ぐらりと倒れそうになる志乃を慌てて支えるイロハ。


イロハ「ダイジけ!? 志乃! い、今のって……」

志乃「……大丈夫よ、話は後でするわ。行きましょう」


 走り出す志乃を見てイロハも山道を上って行く。


志乃(──頼んだわよ……さくら!)


 とうに雷鳴の止んだ空は、粉雪をちらつかせ始めていた。

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