八溝、動乱の章

八溝、動乱 其ノ一


 ケノ国、常陸ひたちノ国(現在の茨城県)、磐城いわきノ国(同じく福島県の東側)の三つの国にまたがる場所に「八溝岳やみぞだけ」と呼ばれる山があった。古来より神が住むと言われ霊験あらたかな場所ではあるが、現状では半分が野盗の巣窟そうくつ、もう半分のケノ国側は妖の住処と化しているのだった。


 その山の中腹に寺が一院あった。この寺はケノ国の寺ではなく常陸の国、水戸藩のものだ。ケノ国が目と鼻の先という事もあり、寺の僧たちが武装化を許可されているだけでなく、腕に覚えのある者たちが代わる代わる尋ねにやって来る。ケノ国で妖を討伐し名を上げる旅、その道中の休息と願掛けの為である。


 今日もこの寺を訪ねて来た一行が……。


「……という訳で我らは西へ赴き、悪鬼共の首級を上げるべく旅をしておるのです。災厄をまき散らす妖を退治すれば、仏の道へ一歩近づけるというもの」


「それは勇ましい事でございますな」


 寺の住職は丁寧に頭を下げる。今までに何人の者たちがこうして寺を訪ねていっただろう。そしてそのいずれもが二度と顔を合わすことは無かった。止めても聞かぬとわかってはいたが、住職の言葉はいつも決まっていた。


「悪鬼と言えばこの山も古来から様々な伝説がございまして、あの弘法大師こうぼうだいし様もこの八溝で鬼を封じ込めたと言い伝わっております。ですが一歩間違えば命を落とすこともあったでしょう、弘法にも筆の誤りという言葉もございます」


 この言葉に男らは顔を見合わせ、笑い声を上げる。


「はっはっは! 命が惜しくては妖怪討伐など出来ぬでしょう! それは仏法をお説きになられる貴方方あなたがたも同じことではござらぬか? そして、我らにとっての筆はこれという訳だ」


 そう言って武芸者の男は横に置いてあった刀を見せる。どこから手に入れたのか、刀は名匠めいしょう村正のこさえたものであった。村正の刀は扱い易いだけでなく、邪気を払うという言い伝えが日ノ本中に届いている。


「確かに我らは弘法大師様ではない、だからこの通り筆を選ばせて貰った。妖相手に筆おろしする時が待ち遠しいわ!」


 ひげを生やした武芸者は、そう言って仲間たちと笑い合った。住職は何も言わず、黙って前を向き座っている。せめてこの武芸者たちに幸、遠からざることがあらんことを願わずにはいられなかった。


 さて、いとまするかと男たちが立ち上がった時だった。

 慌しく走り叫ぶ寺男の声!


『大変でございますっ!! この寺に討ち入りに来た者たちがおります!!』


「何と!? 山賊か? 妖か? どれ程居るのだ!?」


 武芸者たちはこれを聞くや否や、得物を手に外へ向かう。


「これぞ正しく仏の与えた試練に他ならぬ! 今首をとって参りましょう!」



 寺の境内では、僧兵たちと謎の黒装束集団が事を構え乱戦状態だった。不意を突かれ乱れていたが、やがて僧兵たちは日頃の訓練通り陣を構え、規律良く動く。そこへ武芸者たちが助太刀に回り、すぐさま戦況は逆転した。



「思ったより手こずってやがる。たかが寺の坊主相手によ」


 紗実シャミィは遠巻きから寺を眺め、苦戦している黒装束集団を見てそう呟いた。横に同じく寺を眺めているのは、紗実の仲間で大男の鬼怒丸である。


「ここはケノ国の外。『シッポウの石』を持ち込めなかったのは痛手だった。おかげで同胞はらからの無駄な血が流れる」


「同胞? お前あいつらをそういう目で見てたのか? 毎度毎度生真面目なこって」

「ふざけている場合か! 俺たちも行くぞ!」


「へいへい、それもそうだがこいつも使おうぜ……おい、お前から行け」


 紗実がそう言って振り返ると、黒装束に面を被った女が姿を現した。



『隊列を整えろー!』

『本殿に誰も近づけるなっ!』


 奇妙な黒い面を付けた黒装束集団に、僧兵たちと武芸者らは果敢かかんに応戦していた。だが相手はいくら槍で突こうが刀で斬ろうが、その場に倒れることを知らず立ち向かって来るのだ。


「いやぁっ!」


 髭の武芸者が、傍にいた黒装束を袈裟斬りにする。しかし僅かにかわされ面を斬るだけに至るも、見えたその顔は目が額の位置に付いていた!


「ヒヒヒヒㇶ…」

「こ、こいつら化け物の仲間だっ!」


ジャラッ!


 憶することをせず再び刀を振ろ下ろそうとした時、何かが腕に絡みついた。


分銅鎖ぶんどうぐさり!?」


 見ると狐の面を被った黒装束がそこにはいた。全く気配は感じなかった!


「おのれ化け物共めがっ!」


 力で引っ張ろうとするも屈強な髭の男の力を以てしても動かない。それを見ていた武芸者の仲間二人が狐の面に斬りかかる。狐の面は即座に片手を懐に入れた。


「ぐっ!」


 髭の武芸者は手裏剣を肩に受け、思わず刀を手放す。


ガチンッ!


 ……神業としか言いようが無かった。狐の面の女は手裏剣を投げた後、即座に得物を持ち替えて二人の刀を片手で受けていたのである。そして短刀を抜くと一閃。一人は腹を斬られ蹲り、もう一人は腕を斬られて膝をつき声を上げる。


「た、助け…」


 言い終わらないうちに馬乗りにされ、喉笛を斬られた。


「野郎ふざけるなーっ!!」


 仲間を二人も殺され、髭の武芸者は痛みを忘れて狐面の女目掛け走る。


ズダ──ンッ!


……ズザザーッ


 突進を試みた武芸者だったが、額に穴を開けられて体をひねりながら飛ばされた。


 鳴り響いた銃声に境内は騒然となる。


 やがて黒装束たちの間から出てくる大小の人影。


「威勢のいい掛け声も念仏も、ズドンとされればそれまでよってな。これ以上死人を出したく無ければ坊主のかしらを出しな」


 大きな帽子と南蛮簔なんばんみの(マント)を纏った紗実は、慣れた手つきで南蛮銃に弾を込めると銃口を向け辺りを一蹴する。声を聞いていたのだろう、寺の住職は呼ばれて表に姿を現し、そして紗実と鬼怒丸きぬまるたちを見てギョッとした。


「鬼人……!」

「いけません和尚様! 御戻りを!」


 これに紗実は、改良した最新の南蛮銃を住職へ向ける。


「一度しか言わないぜ。『封印の鍵』はどこにある?」

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