八溝、動乱の章
八溝、動乱 其ノ一
ケノ国、
その山の中腹に寺が一院あった。この寺はケノ国の寺ではなく常陸の国、水戸藩のものだ。ケノ国が目と鼻の先という事もあり、寺の僧たちが武装化を許可されているだけでなく、腕に覚えのある者たちが代わる代わる尋ねにやって来る。ケノ国で妖を討伐し名を上げる旅、その道中の休息と願掛けの為である。
今日もこの寺を訪ねて来た一行が……。
「……という訳で我らは西へ赴き、悪鬼共の首級を上げるべく旅をしておるのです。災厄をまき散らす妖を退治すれば、仏の道へ一歩近づけるというもの」
「それは勇ましい事でございますな」
寺の住職は丁寧に頭を下げる。今までに何人の者たちがこうして寺を訪ねていっただろう。そしてそのいずれもが二度と顔を合わすことは無かった。止めても聞かぬとわかってはいたが、住職の言葉はいつも決まっていた。
「悪鬼と言えばこの山も古来から様々な伝説がございまして、あの
この言葉に男らは顔を見合わせ、笑い声を上げる。
「はっはっは! 命が惜しくては妖怪討伐など出来ぬでしょう! それは仏法をお説きになられる
そう言って武芸者の男は横に置いてあった刀を見せる。どこから手に入れたのか、刀は
「確かに我らは弘法大師様ではない、だからこの通り筆を選ばせて貰った。妖相手に筆おろしする時が待ち遠しいわ!」
さて、
慌しく走り叫ぶ寺男の声!
『大変でございますっ!! この寺に討ち入りに来た者たちがおります!!』
「何と!? 山賊か? 妖か? どれ程居るのだ!?」
武芸者たちはこれを聞くや否や、得物を手に外へ向かう。
「これぞ正しく仏の与えた試練に他ならぬ! 今首をとって参りましょう!」
寺の境内では、僧兵たちと謎の黒装束集団が事を構え乱戦状態だった。不意を突かれ乱れていたが、やがて僧兵たちは日頃の訓練通り陣を構え、規律良く動く。そこへ武芸者たちが助太刀に回り、すぐさま戦況は逆転した。
「思ったより手こずってやがる。たかが寺の坊主相手によ」
「ここはケノ国の外。『シッポウの石』を持ち込めなかったのは痛手だった。おかげで
「同胞? お前あいつらをそういう目で見てたのか? 毎度毎度生真面目なこって」
「ふざけている場合か! 俺たちも行くぞ!」
「へいへい、それもそうだがこいつも使おうぜ……おい、お前から行け」
紗実がそう言って振り返ると、黒装束に面を被った女が姿を現した。
『隊列を整えろー!』
『本殿に誰も近づけるなっ!』
奇妙な黒い面を付けた黒装束集団に、僧兵たちと武芸者らは
「いやぁっ!」
髭の武芸者が、傍にいた黒装束を袈裟斬りにする。しかし僅かにかわされ面を斬るだけに至るも、見えたその顔は目が額の位置に付いていた!
「ヒヒヒヒㇶ…」
「こ、こいつら化け物の仲間だっ!」
ジャラッ!
憶することをせず再び刀を振ろ下ろそうとした時、何かが腕に絡みついた。
「
見ると狐の面を被った黒装束がそこにはいた。全く気配は感じなかった!
「おのれ化け物共めがっ!」
力で引っ張ろうとするも屈強な髭の男の力を以てしても動かない。それを見ていた武芸者の仲間二人が狐の面に斬りかかる。狐の面は即座に片手を懐に入れた。
「ぐっ!」
髭の武芸者は手裏剣を肩に受け、思わず刀を手放す。
ガチンッ!
……神業としか言いようが無かった。狐の面の女は手裏剣を投げた後、即座に得物を持ち替えて二人の刀を片手で受けていたのである。そして短刀を抜くと一閃。一人は腹を斬られ蹲り、もう一人は腕を斬られて膝をつき声を上げる。
「た、助け…」
言い終わらないうちに馬乗りにされ、喉笛を斬られた。
「野郎ふざけるなーっ!!」
仲間を二人も殺され、髭の武芸者は痛みを忘れて狐面の女目掛け走る。
ズダ──ンッ!
……ズザザーッ
突進を試みた武芸者だったが、額に穴を開けられて体を
鳴り響いた銃声に境内は騒然となる。
やがて黒装束たちの間から出てくる大小の人影。
「威勢のいい掛け声も念仏も、ズドンとされればそれまでよってな。これ以上死人を出したく無ければ坊主の
大きな帽子と
「鬼人……!」
「いけません和尚様! 御戻りを!」
これに紗実は、改良した最新の南蛮銃を住職へ向ける。
「一度しか言わないぜ。『封印の鍵』はどこにある?」
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