招かざる客人 其ノニ
山に囲まれた田畑道をどこまでも志乃は歩いていく。
「のう、志乃や。そろそろどこへ向かっているのか話してくれてもよかろう? このまま行くとお前さんの顔を知っている者に会ってしまうのではないか?」
確かにトラの言う通り、このまま北東へ進めば
「それと早めに宿を探そう。ワシは構わんがお前さんに野宿はさせたくない」
「大丈夫、もう少しだから」
そう言って志乃は時折行きかう人間に地名を聞くのだった。聞けばもう少し歩くと町があるらしい。
「きっとそこね」
「迷わず見つけられれば良いがの…」
「心配性ねトラは。私、見つけるの得意だし大丈夫よ」
こう言うも、トラの言う事に理があることを心していた。見知らぬ土地というのは大変危険である。その地によって道理があり余所者の常識が通用しない場合がある。
例えるなら妖にしてみても、一体どんな化け物が出るか全くわからない。妖怪が活性化しているケノ国ならもしかしたら未知の妖怪が出現し、志乃の知っている術では防げないかも知れない。
ここから見える山も裏手は別世界で、人骨がゴロゴロしていても全くおかしいことでは無かった。
半里(約2km)程も歩いただろうか。町が見え始め、人の行き交いが伺える。町の全容はよくわからないが、かなり大きい町のようだ。門をくぐり店が並ぶ通りを歩くが、その異様な雰囲気にどこか受け付けない気を感じた。
(八潮とは大違いね)
(なんじゃいこの柄の悪い連中は…)
見かける人間がならず者ばかりなのだ。辺りを見回して歩いていると、店の軒先で囲碁を打っていた男らに声を掛けられた。
「おぅ嬢ちゃん、どこさいく?」
「まだ子供じゃねぇか、くっくっく」
無視して先を行くのかと思いきや、志乃は何を思ったか男たちに話しかけた。
「お
へらへらしていた男たちの表情が一変する。
「…あそこに何の用だ?」
「おっと悪いな急用だ。勝負はまたな」
「あっ! おめぇ負けてたからって汚ねぇぞ!?」
賭け囲碁に負けていた男は突然立ち上がり、志乃に付いてくるように促す。
暫く歩くと長い塀が現れ、門が見えた。広い敷地の様で裏手には山が見える。
「入りたきゃ門の横の脇戸に声かければいい」
礼も聞かずに男は足早に去って行った。
「志乃、どういうつもりだ? この屋敷、明らかに堅気のものではないぞ?」
「それを今から確かめるわ。暫くじっとしてて」
門に近づくと志乃は脇戸を叩き声を掛ける。すると戸が勢いよく開けられ、中から目つきの悪い男が出て来た。志乃は怯えることなく用向きを伝え、紹介状を渡すと待つように言われた。
暫く待つと…。
「入りなせ」
再び男が顔を出したので、言われるまま中へ入るのだった。
中へ入った志乃は蔵の多さに驚く。
(なんだ、
どうやら裏口の門から入ったようで、蔵の間から母屋が見えた。敷地内は喧噪で
(そらみろ、やっぱりヤクザの家ではないか)
そのまま母屋の正面へ案内されると、玄関に桶と手拭いが用意されていた。志乃は籠を下ろし、男が居なくなったのを見計らうとトラに話しかける。
(トラ、悪いけどここで……待てないわよね)
(当り前だ。志乃、一旦ここで別れよう。案ずることは無い。ワシもこの辺りを見て回りたいからの。上手く置いて貰えるとよいな)
(うん、夜にでも落ち合いましょ)
トラは籠から出ると、母屋の縁の下へと潜る。
志乃は玄関で女からの出迎えを受けると、そのまま奥へと通された。
『あ──!! こん畜生めが! どっから入りやがった!?』
外で大声が聞こえた。きっとトラを見つけたのだろう。
うまく敷地から出られるといいが……。
廊下を歩き、一室の前に来ると女は声を掛ける。
「姐様、御客人が参りました」
『入れな』
スッ
この女が『お千夏』なのだろうか?
「どした? 入って座んなよ」
「失礼します」
志乃には目もくれず、相変わらず紹介文を読んでいるお千夏。
「あんたの名は?」
「……ちゆりです。失礼ですが、お千夏さんですね」
コッ!
答える代わりにお千夏は煙管を
そして紹介状を畳み、ようやくこっちを見た。
「あの乞食坊主…八潮から誰が来るのかと思いきや、厄介事押し付けやがって」
…………
『旅先で、おめぇは路頭に迷うことになるかも知れねぇ。けど居場所無くったって、もう八潮にゃ戻ってこれねえんだ。そういう時はこの家を訪ねろ、先代のダチ公の家だ。おまんまくれぇは食わしてくれる筈だ』
八潮から離れる前日、典甚から言われた言葉だ。しかし志乃は典甚の意を反し旅銭が勿体ないからと真っ先にここを訪ねたのだ。
どこか奉公先も考えたが、今までそんな事はしたことが無い。ほんの少しでも縁のある場所に居たかった。
あさぎから宵闇町で待機することを勧められたが、当然これは拒否。
誰が化け物の国へなど住み込むものか。
…………
「今まで何してた? 巫女か?」
「はい、小幡神社でお世話になっていました」
「……ふーん。星ノ宮じゃないんだ」
「……」
典甚の書いた紹介状には、志乃の名前はおろか、志乃が妖怪討伐をしてきたことが書かれていないようだ。
お千夏を信用していない訳では無いが、あえて志乃は立場を隠した。血生臭い事に巻き込んでしまう事を避けたかったし、そうなってはここを出て行かなくてはならない。それに先代のツテで只飯を食う事が恥に思え、悪い気がした。
お千夏は志乃を上から下まで眺めるように見ると、軽く息を吐く。
「遠い中ご苦労さんだったけど、うちはこの通りの大所帯。只飯食らいを置いておく場所は無いよ。あんた、腕に覚えがあったり占いが出来たりすんの?」
「…いえ。でも、掃除や炊事なら多少は」
「どっちも間に合ってるけど、どうしたもんかね…」
ドス ドス ドス
ザッ!
志乃が入ってきた方と逆の障子が開き、がっちりとした男が入って来た。この屋敷の主で、お千夏の亭主の
「何の用だよあんた! 仕事は!?」
「話は聞いた……なんだ、
「ちゆりと申します」
「飯炊きと掃除しかできないとさ!」
甚之助は紹介状に目を通す。
「折角だから、暫く居て貰えばいい」
「あんたはすぐそうやって簡単に決めんじゃないよっ! 忙しいんだからさっさと仕事に戻った戻った!」
急かされて甚之助は部屋から出て行った。
どうやら夫婦の主導権はお千夏が持っているようだ。
「ったく、何で男ってのはああも
何か思いつくと立ち上がり、志乃を外へ連れて行くのだった。
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