狙われた里 上章 其ノ十


 一方、高ヶ原たかがはら山頂付近では、妖怪娘三人組が山のオンツァマァを探していた。


「今、何か聞けねがったけ?」


「いんや? ……ここら辺は大したことないけど、麓は吹雪いてるみたいだな」


「山によって天気も違うかんな。ほんだきとオンツァマァはどこさ居んだべ? 住んでる穴がどっかにあんのか?」


 高ヶ原はその名の通り、日ノ本の神々が住むという『高天ヶ原たかあまがはら』の入り口がある、という伝承があるのだ。神々に敬意を払う為、天狗は山より低く飛ばなくてはいけないらしく、イロハたちも山林を地面すれすれで飛んできたのだ。


 しかしオンツァマァの隠れていそうな場所は見つからなかった。

 春香は不機嫌そうにふよふよと辺りを漂っている。


「あーあーあー! 詰まんねーのっ! あちしを恐れて逃げちまったんだな!」


 皆、探索に飽きてしまっていた。ここで天狗の茜がポツリと漏らす。


「元々山のオンツァマァなんて居なかったのかもな」


「だって見た奴が居んだろ? 人里にも被害が出たって」


「例年に無い大雪で、人間が勝手に勘違いしてできた噂なんだろって話。大体さ、山のオンツァマァの話って大人が子供を叱る時に出てくるだろ?

『悪さしってっと、山のオンツァマァに喰われっちまうぞ』とかさ」


「あれだろ? ヘソとられるとか、ちんちんが腫れあがるとか。人間って馬鹿ばっかりだよなー」


「??? 何の話だ?」


「あちしらちんちんついてなくてよかったなって話だ!」


「何でそうなる……。まぁこれでお前も気が済んだろ? もう暫くしたら帰ろ。この山ちょっと他所とは特別だから、長居したくはないんだよ」


「何だそれつまんねー! こうなったらあちしが山の主になって暴れてやる!」

「馬鹿っ!」


 春香を引っ掴まえ、三人は高ヶ原を降りることにした。山を下りながら、イロハは八潮の里が気になり吹雪いている麓の方へ視線をやる。


 すると人影が目に留まった。


 二人に声を出さないよう指を口に当てると、人影の方向へ指を差す。


(オンツァマァか!?)

(まさか! 小さ過ぎるし!)


 気が付かれないように姿と気配を消すと、人影の正体を探るべく、近づいていく。やがてそれが笠をかぶった一人の僧侶であることがわかった。


(人間なのか? 何してんだ?)


 隠れながら様子を見ていると、僧侶は上空を見上げ、遠眼鏡を覗いていた。


「居るのは誰か?」


 気付かれたのか!?

 そう思った瞬間、短刀がこちらへ飛んできて木に刺さる!


カッ!


 驚いて声を上げそうになった三人だが、別の方向から声!


『何処狙ってんだ下手くそが!』


 現れたのは虎丸だった!


「ようやく尻尾を出しやがったな、兼井さんよぉ? 驚いたぜぇ、先行組から一人外れたかと思ったら、回り道してこの雪山を駆け登ってくんだからなぁ!」


「この俺によくつけて来たものだ。して、何用か?」


「何用か? じゃねぇんだよ! お前、山のオンツァマァを呼ぶつもりだったな?」


「なんだと?」


 馬鹿な! 人間にそんな力がある訳が無い!

 それとも今回の騒動の発端は、この兼井という僧侶にあるのか!?


 思わず立ち上がろうとしたイロハを茜が制止する。今は動く時ではない、事の成り行きを見守らねば。


「小耳に挟んだのさ。『闇屋』って連中が怪しい品物を売り歩いてて、そいつを使えば天変地異の真似事みてぇなこともできる、ってな。おめぇもそういう外道な奴らの同類なんだろ? 緒原の一件もお前の仕業! 違うか!?」


「ほう、だとしたら何とする?」


 言葉に呼応するかの様に、虎丸は持っていた槍のさやを抜くと


「決まってんだろうが腐れ坊主っ!!」


 渾身の突きを兼井へ目掛け放った!


ガチンッ!

ヒュンッ!


「ちぃっ!」


 いなされて間髪入れず返し刃が飛んでくる!

 僅かに虎丸の袖が切れた!


「どこの手の者か知らぬが、生かして返す訳にはいかんようだな」

「俺を見くびるんじゃねぇぞ!」


 両者間合いをとり隙を伺う。

 その様子を影から三人はじっと見ていた。


「こんなとこでおっぱじめやがった。最近の坊主は血気盛んだなぁ」


「こいつら何しに来たんだ?」

「オンツァマァ退治に決まってんじゃん。ま、仲間割れしてるような連中じゃ話にならんけどさ」


「手前の人間どっかで見たことあるような……」


 始めは互角に見えた勝負も一瞬で決着がついた。


 虎丸が槍をかわされ、木に突き刺してしまう! 

 そこに兼井の強烈な蹴り!


「うごぉ」


 堪らずその場にうずくまるる。

 兼井は止めを刺すべく、脇差を振り上げた!


ガチンッ!!


「むぅ!」


「あ」

「あー!!」


 間一髪でイロハが飛び出し、脇差を弾き飛ばしたのだ!


「おめぇら殺し合いしにここさ来たんかっ!!」


「何奴!?」


「あの馬鹿!!」


 続いて茜も飛び出した! 兼井に飛び蹴りをかまし吹っ飛ばす!

 同時にイロハの頬を何かがかすめた!


「手裏剣!?」

「気を付けろ馬鹿っ! あいつ戦い慣れしてるだろが!」


 茜は吹っ飛んだ兼井を睨み、鉄扇を構えると様子を伺う。

 程無くして兼井はむくりと起き上がってきた!


(間違いない! 人間のくせにあたしの蹴りを防ぎやがった!)


「……成る程、おぬしら妖の類か」


「ほだったらなんだ!」


ボンッ! ボンボンッ!


 煙幕玉!

 たちまち視界が煙に包まれ、兼井の姿が見えなくなった。


「春華ぁー!」

「あいよー!」


ビュォォォォ───!!


 茜に言われ、春華は強烈な突風を吹かせた。風が煙幕を吹き上げ、逃げようとしていた兼井の後姿があらわとなる。


(くっ! まだ居たか!)


 再び煙幕玉を投げようとする兼井!


「ばーか! 逃がすかぁ!」


 煙が出たところをまた吹き飛ばそうと試みるも


ドオオォォ───ン!!!


「うわぁぁ!?」


 大爆発が起こり、春華は逆に吹っ飛ばされてしまった!

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