第10話 拉致られた先が海の見える高級レストランだった件
手際よく目隠しと猿ぐつわをされたかと思うと、優衣はどこかの建物の一室に連れてこられた。手足の自由は効くが、物凄い力で抑え込まれ全く抵抗できなかった。
自分は天狗に
『ごめんねー、こうでもしないと話ができそうになくてさ。あんの馬鹿石頭……って、ありゃりゃ……』
先程の天狗と思わしき女の声。ソファーらしきものに座らされ、目隠しと猿ぐつわをとられた優衣は……泣いていた。
「ごめんごめん! もしかして痛かった?」
「私……本当に天狗様に攫われると思わなかった……」
両手で顔を覆い、天狗の女を攻めるかのように声をあげる。
「うっ……あ、いや、これは不本意というか……あ、そうそう!何か頼もう! 女の子だし甘いもの好きだよね?」
わんわん泣き出す優衣を見て流石に気の毒に思ったのか、扉を開けると立っていた男に奇妙な行動をとり始めた。
「この店でいっちばんデラックスなパフェ2つと一番いい日本酒! 一升瓶で! 優衣ちゃんは紅茶かなんかでいいよね?」
(店……?)
ハッとして顔を上げる優衣。スーツの女がバーテンダーのような男と話していた。男は人間のようで、女の方も後姿で顔は見えないが普通の人間に見える。
だが優衣は確かに
この女と、そして菖蒲が天狗なのだと……。
「お客様、失礼ですがご予約の方は? それとこの部屋は……」
「あれー? 君、責任者でいいんだよね? ちゃんと予約したんだけどな、特上席で」
女が男の顔をじっと見る。すると男はしばし、ぼーっとした感じで女の顔を見ていたが、不意に我に返ったような反応をする。
「あ、こ、これは失礼を! お客様、大変申し訳ないことに当店で日本酒は取り扱っておりません。ヴォナパルド20年物でしたらお出しできますが……」
「はぁ? 何言ってんのお前!? ……まぁいいや、急いでね。最優先できっかり五分後よろしくー」
バタンと扉を閉めて、女はくるりとこちらを向いた。
(あ、あれ……)
見ると女の顔は普通の人間の顔だった。天狗というのは赤い顔をして鼻が高く、という先入観があったからか、意外である。背は自分と同じくらい、癖っ毛でスーツ姿の為か品があり、どこかの会社の社長秘書といった感じだ。
「ここね、最近できた高級レストランなんだって。珍しいよね、こんな早くから開いてるなんて。あ、窓開けよっか? いい眺めだよ」
女がブラインドを上げると
海が見えた。
「え?! はいぃぃ!?」
T県に海はない。
待て待て、自分は確かに連れ去られて来たが、気を失った覚えはない。ここに連れてこられるまで数分だった筈。何故自分は海の見える場所にいるのだろうか?!
「びっくりした? ……えー、これに見えますは
優衣が驚いていると女は正面のソファーに座り、持っていたバッグから名刺を差し出した。
「遅れましたがこういう者でした」
(株)渋谷ファイナンス
代表取締役補佐
徳次郎 茜
「……とくじろう……あかねさん?」
変な名前だ。
「と、く、じ、ら! それでとくじらって読むの! あーマジで変えようかなこの名前、もう嫌……」
「ご、ごめんなさぃ……」
名前を間違えられて本気で悩んでいる茜。
なんなんだこの人は、本当に天狗なのか?
混乱しっぱなしの優衣だったが、ここで相手のペースに捕まるわけにはいかない。こちらから話を仕掛けて自分のペースに引き込みをかける!
「……それで茜さん、私をどうするつもりですか? 丸々太らせた後この会社に売り飛ばすんですか? 菖蒲さんといい貴女といい、何者なんですか!?」
「さっき優衣ちゃんの言った通り、天狗さ。別にとって食べたりしないって、大丈夫大丈夫。そろそろパフェきたっぽいし、食べながら話そうよ」
再び扉を開けに立ち上がる茜。そこには先程の店員らが本当に立っていた。中に入るとでかいパフェやらワインやらを並べ始める。
「お待たせしました、グレードスペシャルマウンテンとヴォナパルド20年物でございます」
「ありがと、後は適当にやっとくから出てっていいよ」
少々いぶかしげな表情を見せたが、店員は扉を閉め出ていった。
即行ワインを開けると自分で注ぎ飲み始める茜。優衣は手を付けない、じっと茜を見る。
「優衣ちゃんも飲めるといいんだけどねぇ。……ところでこのパフェどうやって食べるの?」
「答えてください。何故私を知ってるんですか」
「ふむ……」
何やら持っていたバッグをごそごそし始めた。
「うちの会社さ、まぁ世間でいうサラ金みたいな感じなのね。で、これ。優衣ちゃんの口座。学校も卒業してそろそろ纏まったお金が必要なんじゃないかってね」
「待ってください! 私サラ金なんか借りても返せません!」
「違う違う、融資じゃなくて預入金。優衣ちゃんのお母さんから預かってたお金の一部」
「え……」
母という言葉に優衣が反応したが、構わず続ける茜。
「あたしと優衣ちゃんのお母さんは昔っからの付き合いでさ、……よく二人で悪ふざけしたなぁ。朝まで飲んで酔った勢いで通りかかった人間を……あっ、今はしてないよ? マジマジ! 」
雑談を交えながら、茜は優衣の母について説明し出した。要約すると茜と優衣の母は悪友同士だったらしい。ある日「子供ができたら金が要るから仕事紹介しろ」と言われ、こいつ何言ってんの? と思いながら紹介したところ、一山当てて大儲けしてしまったらしい。茜はそれを元手に商売を勧めたが、優衣の母はそういうのに疎い人物だったらしく、儲けた金の一部を茜の会社に預けていたのだそうだ。
「……それでお母さんが私に?」
「直接言われたわけじゃないけど、まぁこうすることが本望かなって。優衣ちゃんも必要でしょ?」
半信半疑に通帳を開けて見てみたが、700万円ほど記帳されていた。顔も見たことがない母が本当に稼いだ金なのだろうか?
「急にこんなこと言われても……信用できません! 私、お母さんの顔なんか見たことないですから!」
「そんなこと言われてもなぁ。とりあえずあたしの用はこんなとこかな。勝手に連れてきて悪いけど、こう見えて忙しい身なんだ。何か聞きたいことある? 無ければ家まで送るけど」
「あ……ま、待ってください!」
急かすような態度に優衣は慌てる。茜に何を聞いておくべきか頭の中で整理し始めた。その様子を茜はニヤニヤと眺めている。
(むふん、いいぞ。悩め悩め……)
遂に決心したのか真っ直ぐ茜を見るとズバリと聞いた。
「母は生きてるんですか?」
「え? ……うん、まぁね」
内心しめしめといったところだが、わざと勿体ぶる態度をとる。
こういう時の駆け引きは茜の方が遥かに優っていた。
「会うこと、できます?」
言ってしまった。
一度も自分に顔を見せたことのない母なのに、生きていると知った途端、つい口に出してしまった。
会ってどうするというのだろう?
一体何を話すのだろう?
それはわからない。
でも自分を産んだ肉親を一目見てみたいと思う気持ちは確かだった。
「会わせてあげてもいいけど、いくつか条件があるんだ。それでもいい?」
「どんな条件ですか?」
ここにきて更に勿体ぶる。
「まず一つ、会っても驚かないこと、怒らないこと。二つ目、何があっても絶対に後悔したりしないこと。どうかな、約束できる? 無理なら話は……」
「できます! 会わせてください!」
(おほっ)
はっきりとした口調で言い切る優衣、その眼は力強さに満ちていた。
「今の言葉、絶対に忘れちゃダメだよ? よし、そうと決まれば参りますか!」
そう言うと右手をかざす。
部屋の四隅から護符の様な紙が飛んできた。
「あ、これね。立ち入り禁止と盗聴防止のお札。……おーい! 店員さん、お得意様のお帰りー!」
そう叫ぶや否や、部屋に店員が駆け込んでくる。
「失礼します、毎度ありがとうございました」
「これ全部テイクアウト、よろしくー」
「えっ?! こっこちらですか?……やってみます」
(できるの?!)
テーブルの上には飲みかけの酒やら、殆ど手の付けていないドでかいパフェやらが乗っかっていた。一体どうやるのか見ていたかったが、茜を見失うといけない。
優衣が部屋を出て階段を降りると、カウンターで茜が会計を済ませているところだった。
「お邪魔様、また来るね。はいこれお騒がせ賃」
「あ、ど、どうも……」
カードを受け取ると責任者らしき店員の胸ポケットに一万円札を入れた。
(うわぁ、茜さんって……)
「お客様! こちらテイクアウトになります」
「あ、はい」
大きな袋に入った箱を三つ手渡された。
ちょっと持ちずらい。
「じゃ、出よっか」
『またお越しくださいませー!!』
店を出ようとする二人に、ずらりと並んだ店員が一斉に頭を下げるのだった。
店を出るなり茜はスタスタと歩いて行ってしまう。優衣はというと荷物が多くてなかなか歩けない。そうこうしてるうちに茜は狭そうな路地に入ってしまった。
(一つくらい持ってくれてもいいのに……)
同じように優衣も路地に入ると茜がこちらを向いて立っていた。
また目隠しでもされるのか?
「お母さんに会う前に一つやっておかなくちゃいけないことがあってね」
「え? なんですかそれ?」
「天狗の名誉挽回。色々あったじゃん、まだ優衣ちゃんの中で抵抗があると思うのよ」
「それは……」
優衣はそう言いかけるも、茜は大きなスカーフのようなものを広げ、優衣に被せてしまった! 被った瞬間、優衣の体は影も形も無くなる!
(はてさて、どうなりますやら)
落ちたスカーフを拾うと、茜も人気のない路地から姿を消すのだった。
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