第10話

01.

 状況が一段落したところで、胡散臭そうな顔をしたフェイロンが口を開く。


「――で? 何がどうしてこうなったのかを話して貰おうか。何故カルマが現れたのか、あの小瓶は何であったのか。我々にはそれを知る権利がある。そうであろう?」


 苛立っているのがありありと分かる彼は腕を組み、虚空を見つめている。ストレス発散行動だろうか。

 一方で、完治させる事は出来なかったものの、腐食を防ぐ事に成功したバイロンはその手にほとんど無理矢理、包帯を巻いている最中だった。剥き出しの肉に直接、ガーゼが触れれば痛いだろうに、仮面に隠れた表情は伺えない。


 それを終えたバイロンは器用に片手でメモ用紙とペンを取り出し、膝の上でサラサラと文字を綴った。


『私はアイリスと一緒に居た、流れの医者だ』

「は!?」


 イーヴァとフェイロンの反応は全く持って似通ったそれだった。しかし、コルネリアに関しては目を眇めただけで、大仰な反応は見せない。何の事だか分からない珠希は、メンバーの顔色を伺う事しか出来ずにいた。

 が、このまま話題に置いて行かれるのは困る。恥を捨て、何の話なのか疑問を投げ掛けてみた。


「えっと? そのアイリスさんと一緒に居た流れの医者がバイロンさんって事? 何か問題があるの、それに」


 アイリスとは、とイーヴァは苦々しい顔をして言葉を紡ぐ。


「献身の乙女、またの名を献身の魔女と言う」

「あ、あー。何かヤバイ人でしょ、それ」

「彼女は腐敗病を中途半端に治した状態で大陸全土の村を回ったの。腐敗病を治療する医者の補佐として」

「ああ! それがバイロンさんだったって事?」

「そういう事」


 つまり、その大陸を巻き込んだ流行病の感染源であるアイリスは、それを治療する為の医者の補佐だった。何と言う矛盾だろうか。彼女が何をしたかったのか、か弱い女子高生である珠希には欠片も理解出来なかった。


 難しい顔をしたフェイロンの纏う空気が先程からずっとピリピリとしたものへ変わっている。それを恐々として見守っていると、彼は重々しく口を開いた。


「バイロン……。いやそうか、確かに俺が遠目に魔女を見た時に居た気がするな。何せ、70年も前の話である故、断言は出来ぬが」

「いや待ってよ。じゃあ、バイロンさんはこう見えて70歳のおじいちゃんって事?」

「珠希よ。今はそのような戯れ言に付き合っている暇は無い。それに、奴は混血。歳を取りにくい種がベースであったのだろうよ」


 別にふざけたつもりは欠片も無かったが、フェイロンに諫められて肩を竦める。人に八つ当たりをするな。


「経緯を知る必要がある、私達には。当事者の目線からして、彼女はどういう人物だったの? カルマと関係があるから、今、その話を持ち出したんでしょう」

『勿論』


 以下、長い時間を掛けてバイロンが書き綴った内容を要約するとこうなる。


 アイリスと出会ったのはおよそ70年前。バイロンが立ち寄った、カモミール村の唯一の生き残りが彼女だった。大陸の外から渡って来た『腐敗病』は大陸の端に位置するカモミール村へ最初に上陸したのだ。

 なお、バイロンが大陸の外から病原体を追って大陸へ行き着いた時のカモミール村は既に壊滅状態。アイリス以外の村民は皆末期症状で助かる見込みは無かった。


 何とかアイリスを救う事に成功したバイロンは、村に彼女を一人で放置する訳にもいかず、全国行脚を条件として魔女を連れ出した。村の外、別の村へと。

 彼女の病は完治しておらず、病を保有したまま全国を歩き回った結果、感染者を増やす事と相成った。


 事の粗筋を聞いた珠希は首を傾げた。これは事故ではないのか、と。


「え? それって別にアイリスさんとやらは、悪気があってやった訳じゃないでしょ。まあ、人がたくさん亡くなってるみたいだから、魔女だなんて罵られるのは仕方のない事なのかもしれないけど」

『アイリスは、何故か途中で感染経路を広げたのは自分だと自白した。結果、国から魔女に相応しい火炙り刑とされたが』


 まだ続くかに思われた説明文は、フェイロンの言葉によって遮られた。


「魔女の足下にある藁に火を着けた瞬間、カルマが姿を現した。珠希よ、主は宗教を信じるか?」

「いや、別に……。あれ、私、何の宗教に入っていたかな」


 一瞬だけフェイロンが酷く呆れた顔をしたが、気を取り直したかのように言葉を続ける。


「アイリスはカモミール村に根付く土着信仰の敬虔な信者であった。あの村でかつて、祭り上げられていたのは、恐らく――」

「カルマ信仰だな。流石のあたしも知ってる。あそこは、昔から、要注意信仰地域だった」


 吐き捨てるようにしてコルネリアが呟く。断言するような口調に、一番事情を知っているはずのバイロンもまた、やや困惑したように首を傾げた。


「ちなみに珠希。カルマが現れた広場に居た人々の大半は――あなたも見た通りに、なった」


 イーヴァの視線はバイロンの負傷した手へと向けられている。それが意図する事を知って、ぞっとして息を呑んだ。


「ええ……。エグい話になってきたなあ。それで、その、アイリスさんは? どうなったの?」

「うむ。話をしている内に、俺の辻褄は合ってきたが……。アイリスはカルマに呑み込まれて死亡した。が、もしやそれは視覚的な話で、あのカルマは――」


 一人で考え込み始めたフェイロンをそのままに、珠希もまた脳内で考えを巡らせる。が、当然ながら何も浮かんでこなかった。

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