13.

 泣く泣くテューネを見送り、代わりに訳知りらしいイーヴァに視線を移す。


「これって、どうなったんだっけ……。大丈夫? ロイくんと喧嘩したりしない、あの人?」

「何がどうなったのか、珠希には説明しなかったっけ?」

「解決したって話は聞いたけど」


 ロイの個人的な事情だったので、深く追求しなかったのが裏目に出た。なお、その頃はまだ居なかったランドルに至っては会話に着いて行けないのか、ボンヤリと周囲の風景を眺めている。

 コルネリアも準部外者だが、彼女の場合は別に事情などどうでもいいようで、すでにこの面子における不穏な空気などどこ吹く風と言った体だ。


「彼は――そう、平和に暮らしたいだけのようだから」

「要領を得ないよね、時々さ」


 心配する必要は無い、と耳聡くこちらの会話を聞きつけたらしいフリオが釘を刺すように肩を竦めてそう言った。見れば友人同士の会話は中断され、自分達へと視線が集まっている。


「色々やらかしておいて今更だが、正直、依頼だから君を追って居たのであって今は君に興味なんかないさ」

「それはそれで腹立つな、この人」

「気分を害したのなら謝ろう」

「いや、解決してるって言うのなら別に構わないんですけど……」


 とはいえこのフリオ。彼は誘拐未遂事件からロイを負傷させた挙げ句、本当に色々やらかしている。何せ、何度も遭遇した訳でもないのに顔を覚えている程だ。一時は苦手意識が抜け切らない事だろう。


「昔語りも良いが、貴様がいるのならば話は早いな。訊きたい事がある」


 フェイロンの一言を待っていたのだろう。フリオは薄く頷いた。情報を黙秘するつもりはない、という意味だろうか。


「彼女――珠希を攫うよう依頼してきた、魔族の話か」

「理解が早くて良い。我等は訳あって奴等を逆に追っている。主を餌にさせて貰うが、構わないな?」

「こちらも邪魔な虫を掃除できて好都合だが、一つだけ頼みがある」

「……頼み事を出来る立場では無いと分かった上での発言であろうな。聞こう」


 ――殺伐とした会話だ。思わず息を呑み、事の成り行きを見守ってしまうような。

 フリオはもう一度、テューネとルニが歩いて行った方を見、そして困ったように肩を竦めた。苦労人なのだろうか。そう思ってみれば、やや目の下に隈のようなものがあるようにも見える。


「この村の件だが、見ての通り復興途中とは言え平和で長閑な村だ。外で戦闘はして貰いたい。足が――悪い子供も居てね。あの物騒な連中を中へ入れたくない」


 ――いや人が変わってるぅ!!

 人類滅亡とか失笑物の計画を立てていた人物とは別人ではないだろうか。人攫いとかに手を染めていた頃の彼はどこへ行ったというのか。

 辛うじて失礼な言葉を口にはしなかったが、表情にはガッツリ出ていたらしい。眉根を寄せたフリオその人は首を横に振った。


「君からすれば、私の今の言葉は信じられないだろうがね」

「い、いや。失礼な顔をしてすいませんでした……」


 失礼な顔って何だと自分でも思った。しかし、この空気で口にする事は出来ない。

 というか、ロイのフリオ語りからして彼は元来こういった性格なのだろう。今までは他種族への憎しみが勝って人が変わっていただけで。うん、何だかすっごく良い人に見えてきたぞ。錯覚だろうけど。


 ともあれ、マイルドなフリオの要求に対し確実に警戒していたフェイロンの力は抜け、代わりにロイが親指を立てた。


「何言い出すかと思って正直ハラハラしてたけど、普通にまともな事言ってて俺、感動してるぞ! フリオ!」

「私は今、お前に心底ハラハラしているがな。口を慎め。――で、どうなんだ? 多少は配慮してくれるのか? そうでなければ、例の魔族2人に付け狙われている私は場所を変えるが」


 フリオの視線はフェイロンへと向けられている。魔族処理の要として認識されているようだ。有角族は鷹揚に頷いた。


「構わん。俺も村で静かに暮らす住人を害するつもりなど無い」

「なら私も出来うる限りの協力をしよう。とはいえ、この間奴等に遭遇した時に負傷していて、使い物になるかは分からないが」

「それでよく逃げ果せたな」

「私は一人で行動している訳ではないからね」


 利害が一致しているからか、手を取り合う方向で話が終結する。人数は多い方が良いし、強さとかよく分からないがフリオはロイとタイマン張って勝つレベルだ。期待して良いとは思っている。

 ちら、と昔の誘拐犯を視界に納める。背景はカモミール村のそれだが、いやにその背景と彼がマッチしているようで考えを巡らせた――


「あ」

「どうしたの、珠希?」

「フリオさんって、人狼騒動の前日くらいにここに居ませんでした?」


 僅かに眉根を寄せたフリオは一瞬だけ考える。これだけの情報で思い出すような出来事ではないだろうし、あの時の彼は珠希と顔を合わせた訳では無い。


「――ほら、お面マンとお話してたでしょ!?」

「……ああ。確かに。新しい仲間を獲得しようと、ここで私は彼を勧誘していた。あの場に居たのか?」

「一風変わった人達が話し込んでるなって、遠巻きに……。という事は、ロイくんってあの時本当に行き違いだったんだね」


 今思ってみれば、あそこで彼等の会話を見たのは必然だったのだろう。ロイの情報は間違ってはいなかったという事だ。

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