08.

 ***


 翌朝、珠希はリンレイが用意してくれた朝食を摂るべく広い部屋に来ていた。何だろうか、この広い部屋は。ここでボール遊びでも出来そうな広さだ。

 そんな広い部屋の中心にポツンとおいてある人数分の椅子とテーブルの不自然さと言ったら言葉では言い表せない程である。


「このメンバーだけで集まるのが酷く久しぶりの気分だね」


 席に着いている面々を見たイーヴァがぽつりとそう溢した。しかし、ギレットへ来る前は漏れなくこのメンバーだったはずだが。昨日が濃すぎて色々忘れそうになる。

 それぞれが思い思いの事を考えているせいか、食卓は和気藹々、とはいかない。ロイは通常運転のようだがフェイロンは考え事をしている姿勢を崩さないし、昨日結局会いに行かなかったコルネリアからは強烈な視線を感じる。ごめんって。


「これからについて、俺なりに考えたが3日程、ギレットに滞在しようと思う」

「3日? 意外だなあ。お前、何だか仕事があるみたいだったから、すぐにでも出ようと言う物だと思ってたよ」

「うむ、ダリル殿の理解は正しい。しかし、王都から写本の有無がまだ分からぬという解答しか貰っておらぬからな。無闇に動いたところで、無駄足になるかもしれん」


 あと、とフェイロンの視線が珠希を射貫く。昨日はそれどころじゃなかったのですっかり忘れていたが、リンレイの話だとこの超能力が必要になってくるとか。一体どんな場面だよそれは。


「主も、すぐには帰れぬのであろう? 俺の仕事を手伝え」

「それは良いけれど、ぶっちゃけ女子高生が役立つような仕事なら他の大人に頼んだ方が効率良いと思うよ」

「それはおいおい考える。俺もこの後の事がどうなるのか分からん」

「そんな適当な事じゃ困る」


 何故かフェイロンの意見に難色を示したのはイーヴァだった。バターをパンに塗っていた手が完全に止まり、隠しもしない嫌悪の双眸を彼へ向けている。

 睨み合いに興味など微塵も無さそうなランドルが不意に話し掛けてきた。


「昨日はいらっしゃらなかったようですね、珠希さん。僕はあなたに魔法を教えようと思っていたのですが」

「何ですか藪から棒に」

「何で僕が話し掛けるとすぐに警戒するんですか」

「格好が怪しいから、としか」

「はぁ……。取り敢えず、朝食を終えたら外へ出ましょう。何、リンレイ様からカルマへの対策を取るように仰せつかっているだけです。大層心配されていましたよ」

「ああ、リンレイ様ね、はいはい。いきなり何を言い出すのかと思いましたよ。心配掛けちゃっているみたいで、恐縮です」


 魔法を覚えた如きであの化け物に対抗出来るのかは甚だ疑問だが、自分のせいでカルマと再度遭遇する事になれば仲間を巻き込むのは必至。戦力外で元凶がボンヤリ戦闘を見ているというのもあれなので、やるだけやってみよう。

 ただし、そんなランドルの言葉にコルネリアが怪訝そうな顔を向けた。


「コイツに魔法? 召喚術じゃなくて、人間に魔法を教えるのか?」

「ええ。リンレイ様が仰った事ですから」

「いや普通に心配だわ。珠希、あたしも一緒に行く! 魔力不足で倒れられたら面倒だし」

「そんな事にはならないと思いますよ」

「お前さ、何なのその根拠の無い自信。リンレイ様、つったって所詮は有角族だからね? 過信のしすぎはよく無い」


 ――何か面倒そうな人選になったなあ……。

 自分も入れて新入りトリオ。何か問題でも起こしたら即解雇されそうな組み合わせだ。ちら、とイーヴァを見るも彼女は何やらフェイロンと話をしていた。空気の険悪さからして、さっきの話題を引き摺っていると見える。


 ***


 朝食を終えて、塔の外へ出た。今日は雲一つない晴天である。


「――で、まずは何をするんですか?」

「術式を使わせるか、詠唱にするかを悩んでいますね」

「簡単な方でお願いします。あと、私には記憶力も無いです」

「でしょうね」


 何か今、サラッとディスられた気がする。


「それよりもさあ、魔力量はどこで補うんだよ。あたしがセットである事前提なわけ?」


 コルネリアの問いに対し、ランドルはその首を横に振った。


「珠希さんの個人能力……超能力? に、魔法を混ぜる方式で行きます。聞いたところによるとドラゴンの動きを止める程の力があるとか無いとか。この、ただの力の本流に属性を付け加える感じで行きます」

「え、大丈夫ですかそれ。私の技量的な問題で」


 凄く高い水準の要求をされそうな予感。アーティアへ来てからこっち、スプーン曲げどころかドラゴンの動きを止められるまでに力は成長している。が、そういえばどの程度成長したのか一杯一杯まで試した事は無い。

 しかも、言うまでも無く魔法なんて文化は現代日本には無いわけで。「はい、じゃあ使ってみて下さい」、なぞと言われても「ぱーどぅん?」、としか言えないのである。

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