09.

 フェイロンの一言が徐々に脳へと浸透して行く。何を言われたのかは分かっているし、それは間違い無く事実だ。しかし、自分の現実とはどこにあるのだろうか? 少なくとも、この非現実的な剣と魔法の世界ではない気がする。

 培ってきた常識が、今この場における常識と真逆に位置するせいで、おいそれとその常識を呑み込む事は出来なかった。


「おーい!」


 ロイの声だ。ハッと我に返る。

 全然この場を取り巻く空気など気にせず、ともすればステップでも刻みそうな軽やかな足取りでふらりと現れたロイは手に黒い槍のようなものを持っていた。


「見てくれよこれ! 何か、イーヴァとランドルが頑張ってくれた!」


 珠希は目を細めてそれを視界に入れる。黒々と群青の輝きを放つそれはゾッとする程鋭利だ。細やかな装飾が着いているものの、その色を見るだけで王都でのドラゴン討伐戦を思い出す。


「おー、何だそれカッコイイな」

「だろ!?」


 興味を示したのはダリルだ。先程スライムが現れた時より活き活きした目でロイに駆け寄って行く。


「ちょっと俺にも見せておくれよ」

「おう! あ、けど、仕込み魔法は起動させたら駄目だからな。1回しか使えないし」

「ドラゴンの鱗から造った武器を、使い捨てにするって所にイーヴァちゃんの本気が伺えるなあ」


 壊れ物にでも触れるようにダリルが例の槍を持ち上げる。太陽の光を反射して鈍く輝くそれに目を眇めた彼は、満足したようにロイにそれを返した。


「ダリル! 手合わせしようぜ! この槍すっごく軽いんだって!」

「おーう、分かった」


 爽やかに走り去って行くロイとダリルを茫然と見送る。

 唖然とした調子でコルネリアがぼそっと呟いた。


「アイツ等元気すぎるだろ」

「ううむ、いつもの事とは言え、まるで新しい玩具を手に入れた童のようよな。とはいえ、ここに突っ立っている訳にもいくまい、イーヴァ達と合流するとしよう」

「時間掛かるんじゃないのか、アイツ等」

「ふん、どうせロイがダリル殿に伸されてすぐに終わる。実力に天と地程の差がある故、鹿のない事ではあるがな」


 フェイロンの言葉に従い、野営した場所へ戻ろうとしたが、そこに新たな人影が2つ加わった。言うまでも無くイーヴァとランドルだ。


「あ、イーヴァ。完成したんだって? 良かったね、タイラー領に着く前になんとかなって」

「そうだね。ところで、ロイはどこに?」

「ダリルさんと走って行っちゃったよ」


 そう、とイーヴァは頭を抱えた。行き違い、というかロイを追って来たのだろうが完全に取り残されてしまったらしい。


「ロイくんに何か用事があったの?」

「いや、そろそろタイラー領へ行こうと思って待っているように言っていたけれど、いつの間にか走って行ったの」

「あ、ああ。かなり浮かれポンチみたいなテンションだったよ」

「ダリルが早々にロイを叩きのめすのを期待するしかない」


 その後、ロイとダリルは20分後に帰って来た。案の定、ダリルに叩きのめされたらしい。武器を変えた程度では、勝てなかったそうだ。

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