24.

 一目瞭然ではあったが、その食いつき方は予想外だったと言えるだろう。こちらが何かコメントするより早く、会った時から緩慢だった彼の動きとは見合わない速度で話し出す。


「素晴らしいですね。人間が魔法で同じ事をしようと思えば50メートル走をした後くらいには疲れるのですが、貴方の魔力効率ははっきり言って異常。というか、補助輪のような役割だけを担っているように分析出来ます。身体は怠くありませんか?他に何か異常は?」

「え、無いですけど」

「これが超能力。今の所、ノーリスクで行われていると仮定して良いでしょう。他にはどんな事が?」

「透視とか……」

「素晴らしい。魔力に頼らない異常事象の顕現は人類の夢ですからね。貴方は人類の数歩先を歩んでいると言って良いでしょう」

「いや言い過ぎィ!落ち着いて下さいよ、ここ図書館ですよ。騒ぎすぎですって!」


 鼻息荒く、取り敢えずランドルは言葉を収めた。ただし覇気の無かった瞳には爛々とした怪しい光が宿っている。先程までの落ち着いた彼を知らなければ、今すぐ大声を上げて不審者がいると周囲に助けを求めた事だろう。

 お前が言い出した事だろ、とコルネリアを見上げる。が、彼女は彼女で呆れ果てたような途方に暮れたような表情で使えそうにない。いつもは人以上に弾けた性格をしているが、それ以上にハイな人物が出て来て対応に困ったのだろう。


「えー、貴方名前は何でしたか?」

「八代――いや、珠希です」


 そういえばこの世界では姓を名乗らない傾向にあるので、慌てて言い直した。いやしかし、彼に気安く「珠希さん」、とか呼ばれるのも違和感があるような。

 そうですか、と頷いたランドルは眼鏡のブリッジを押し上げる。


「珠希さん、貴方――うちの神殿に住み込みしませんか?勿論、衣食住は保証しますし給料も出しますよ」

「はい?エンゲル係数爆上げするだけの存在に給料を払うって言ってるんですか?怪しいんで良いです」

「ほんの少し実験に付き合って頂けるだけでいいのです」

「嫌だって言ってるでしょ!うわ、何だこの人、ヤバイ……!!」


 お願いしますよ、となおもランドルが詰め寄って来る。何が楽しくてコイツのモルモットにならなければならないのか。

 後退りしていると、コルネリアにぶつかった。その衝撃で自称相棒が目を醒ます。


「おい、いい加減にしろよ変態野郎」

「否定はしません」

「否定しろ!」


 ――と、そのランドルの背後。本棚を縫うようにして見知った顔が現れた。

 言うまでも無く単独行動していたイーヴァである。彼女は訝しげな顔をし、コルネリアとランドルを交互に見つめていた。


「珠希。これはどういう状況?」

「何か、そのランドルさんって人が幼気な女子高生を実験台にしようとしてコルネリアと揉めてる」

「理解に苦しむ字面だね。というか、ランドル?」

「うん、この人がそうらしいよ」


 そう、という単語を溜息と共に吐き出したイーヴァはなおも続く魔族と召喚師の攻防を悩ましげに見つめる。


「あたし等はもうすぐ王都から出て行くんだよ、珠希なんて貸せるか!」

「出て行く?ああ、そういえば旅をしていると聞いたような聞いていないような」

「どうでもいいと思った事に対して興味なさ過ぎるだろ!」


 分かりました、とランドルが手を打つ。やっと諦める気になったのだろうか――


「その旅とやらに、僕も同行しましょう。それならば問題ありませんね」


 ――いや諦めてねぇ!何でそんなに執着してくるんだよ、公開ストーカーか!

 イーヴァに助けを求めて視線を向ける。分かった、とイーヴァは一つ頷いた。


「同行するのは良い。だから、珠希の体調をちゃんと診ていてくれる?いつ異常が起きるか分からない」

「ええ、ええ!勿論!それではよろしくお願いしますね?」

「はい、ストップストーップ!」


 このままだと本当にランドルが着いてくるというか、そういうアイコンタクトは送っていない。珠希は何故かむしろ冷静になった頭で会話を遮った。


「いや、可笑しいでしょ。私はこの変態マッドサイエンティストを追い払って欲しいと思ったのに!」

「この人が本当に例のランドルなら、誰よりも人の魔力について詳しいはず。いてくれれば、珠希が危険な時にも私達より処置が上手いかもしれない」

「そうやってさあ!そうやって、私に病弱っぽいキャラ付けするの止めようよ!だいたい、この人実は偉い人なんだよね?勝手に旅になんか出て言い訳?」


 それなら問題ありません、とランドルは断言した。


「僕は基本的に神殿にいませんからね。定期的に帰れば問題無いでしょう」

「ほら!ダリルさんは反対するでしょ、こんなん!王都に入りたくないんだからさ!」

「それは解決したんじゃないの?」


 とにかく、とイーヴァは意見を曲げる気は無いと言わんばかりに釘を刺す。


「ランドルの意志に任せるよ。でも着いてくる気満々だから、ちゃんとフェイロン達にも話しておかないと」

「や、あたしが言うのも何だけど……イーヴァお前正気?」

「正気。人が増えるのは良い事だから」


 よろしく、と笑うランドルに胃が痛むのを感じる。この怪しさ満点の白衣男をフェイロン達に紹介?ロイやダリルはともかく、フェイロンの奴はまた困惑した顔をするに違い無い。先が思いやられる事だ。

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