09.

 教室内におけるカースト制度。

 それは完全なるピラミッドの形をしている。個人的な主観で言えば、大人数で固まって騒いでいる連中はピラミッドの3段目くらいにいる、所謂中流層だ。

 しかしピラミッドの最上位、選ばれた数名しか君臨する事の出来ないそこは違う。彼等彼女等には品がある。絶妙に周囲からのヘイトを緩和するだけでなく、誰からも一定の信頼を得ているのだ。

 それは――そう、カリスマ性と言うのが正しいだろう。

 ゆっくりと瞬きをして、カースト制度下から数えた方が早い勢の珠希は口を引き結ぶ。ダリルの後輩云々の話、最初はアホかと馬鹿にしていたが今はそうは思わない。これを部下にするのは、彼には荷が重いだろう。さぞや胃が痛い思いをしたに違い無い。ヴィルヘルミーネという女性は人を統治する為に生まれてきたような、カリスマ性を持っていると断言出来る。


「どうされました?さあ、中へ。王から許可は下りています。そこ、段差がありますから気をつけてくださいね」

「えっ?あ?え?」


 色々な情報が一片に入って来て、その処理が一瞬遅れた。先程彼女が注意したはずの段差に爪先が引っ掛かる。前を歩いていたヴィルヘルミーネが当然のように珠希を支えた。完璧過ぎる助っ人のタイミングに何が起きたのかすぐに理解出来ない。

 コルネリアが緊張感の欠片も無く爆笑しているのが聞こえて来た。何て奴だ。


「珠希?調子が悪いの?いつにも増して落ち着きが無いような……」

「ごめん普通に緊張してた。口から五臓六腑全部飛び出そう……」

「ええ?」


 あのイーヴァからドン引きされた。しかし、すっかり存在が薄くなっていたハーゲンがここで初めて口を開く。


「何か、我々に訊きたい事でもあるのではないですか?珠希殿は先程からずっと団長の背を眺めているようですが?」

「ごめんそれ答え」

「え?」


 ずっとヴィルヘルミーネという人物がイコールで団長なのかを訊ねたかった。しかし、ハーゲンの不用意な一言により事が露呈。緊張感は増すばかりである。


「団長って……メッチャ偉い人じゃん……」

「いえ、私などまだ半人前です。ダリル団長が、いつか帰って来る時までの」


 最後の言葉は聞かなかった事にした。コメントのしようが無いのと、当のダリルが帰りを待たれるような上司であったのかもよく分からないからだ。あの無職詐欺、勝手に自分で職場を辞めたんじゃないのか。

 少し考え事をしているうちに、ふかふかのカーペットを踏んで我に返る。無骨な石造りのお城だったが、床にはヒールでは歩きにくそうな高級カーペットが敷いてあるのだ。


「――そういえば、何故、わざわざ召集の権限を使ってダリル殿を王都へお招きしたのか話していませんでしたね」


 外の雑音が中へ入って消えたからか。ヴィルヘルミーネが静かな声でそう切り出した。イーヴァがいつもそうするように肩を竦める。


「あなたが切り出さなければ、私から訊ねてた」

「そうでしょうね。私は貴方達の旅を妨害した。快く思わないのは当然の事です」

「そんな事は無いよ。私達の中で、明確な目的があるのは珠希とロイだけだから」


 僅かな沈黙。

 仕切り直すようにヴィルヘルミーネは本題へ戻った。


「ドラゴン討伐へ行かなければならなくなりました。グランディアのドラゴンです。我々3師団だけでの討伐は難しいと判断し、ダリル殿を」

「別の師団には救援を求められなかったの?本当は?」

「……私はただ、ダリル殿に騎士団へ戻ってもらいたい。もうあの方がいなくなって1年が経ちました。皆が私を団長であると認め始めている。私の団長はまだ、ダリル殿以外にはあり得ないのに」


 ――こ、これは……!

 何やってんだよダリル、と言い掛けるのを寸前で堪える。正式に辞表を出していないのだろうか、彼は。1年も休職扱いなら復職はかなり難しいぞ。辞めるなら辞めると言っておかないと。

 この拗れた状態に対し、イーヴァはあくまでここ数日何度も聞いた答えを淡々と寄越した。


「それはダリルとあなたが相談して決めるべき。ダリルが戻りたいと言うのなら止めないし、私からダリルに師団へ戻るようにも言わないから」


 一瞬だけ感情を吐露したヴィルヘルミーネだったが、それは第三者の緊張感の無い声で凪いだ。


「おや?俺はダリル殿はもう辞めたものだと思っているのですが、違いますか?」

「――ダリル殿は、辞表を出されていない……!」

「へぇ……。部下だった俺としては、彼は団長には向いていないと思いますがね。個人主義過ぎるし。ただ、あの采配は俺としてはやりやすかったので、戻ってくれるのならその方が良いとも思いますけど」


 全部ダリルが悪いので擁護のしようがない。あんなに王都へ行きたくない、と言っていたがそりゃそうだろう。休職中の職場へ行きたいはずがない。


「そうだ、イーヴァ殿はドラゴン討伐に参加します?」


 打って変わって明るくハーゲンがそう訊ねた。行きたくない、そう言おうとした言葉はしかし、イーヴァの声によって遮られる。


「ドラゴンの素材が欲しい。報酬は要らないから、そっちを分けて」

「いえ、報酬はお支払いします。そういう決まりですから。というか、ドラゴンの素材など何の必要があるのですか?」

「錬金術師なの」


 ヴィルヘルミーネが何故か少しだけ驚いたような顔をした。

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