03.

 ***


「む、着いたようだな」


 低い声で意識が浮上する。変な体勢で寝ていたからか身体の節々が痛い。

 寝起きの頭で外を見ると、うっかり昼寝を始めてしまう前とは全然違う光景が広がっていた。

 まず視界に入るのは大きな鉄製の門。ピッタリと閉ざされたそれは、珠希達が乗っている馬車を受け入れるように重々しい音を立てて開け放たれた。聳え立つ壁は何れも石壁で、非常に頑丈そうだ。


「本当に王都の立ち入り禁止だったんだな」

「完全に特別扱いだね」


 項垂れたようなダリルの言葉。しかし、イーヴァは肩を竦めただけだった。一般人代表の自分としては、特別待遇と言うのは恐れ多く、少しばかり居心地が悪い。

 馬車が門を越え、都の中へ入った。

 ――とにかく人多い。行き交う人々は皆、活気に溢れており道端に出されている簡易な店はそんな客達を呼び込むのに必死だ。


「おー、久しぶりの王都だな!やっぱ賑やかでいい!」

「ふむ、ロイは王都に来た事があったのか」

「大陸住みなら一度は来たことあるだろ、誰だって」


 のんびり話していると、馬車が停まった。続いて、ドアが開けられる。


「着きました。これから皆様はどうされますか?ダリル団長は――その、差し支え無ければ、一度王城の方へ来ていただきたいのですが」

「あー、じゃあ、俺は城に寄って来るよ。イーヴァちゃん達はどうする?」


 どうするも何も、ダリルに着くよりはイーヴァといた方が建設的なので、そちらへ顔を向ける。一瞬だけ何かを考えた彼女は短くこう応じた。


「珠希と神殿を見て来る」

「俺もその辺ブラついて来る!」

「それがよいな。では、一度解散としようか」


 解散、という言葉にダリルが顔をしかめる。不満があるようだ。


「えっ、みんな観光に行く感じなの!?誰か俺に着いて来ようって思うのはいないのかい!?」

「ダリルさん、女子の連れションじゃないんだから……」

「珠希ちゃんでも良いから、一緒に城まで行こうよ……!もうホント、うちの後輩どこのホストかってくらいキラッキラしてて近付き難いんだって!!」


 ――まさかコイツ、そんな理由で転職したんじゃないだろうな。

 ここで甘やかしてはいけない。そう脳が警鐘を告げているし、それ以前に面倒臭そうなので着いて行きたくない。

 ダリルの縋るような目をあっさり逸らした。


「すいません、私、帰る方法を探さなきゃいけないんで」

「嘘だ!面倒臭いな、って顔に書いてあるよ!!」

「ごめんなさい、ダリルさん。ご武運を」


 珠希という獲物を逃がしたダリルの視線がフェイロン――を、通り過ぎロイへ向けられる。そんなロイ青年は眩しい笑みを浮かべた。


「俺、王都に来たら武器屋に寄る予定だったんだ!ごめんな、ダリル!」


 ロイの行動は早かった。なおも良い縋られる前に踵を返して走り去ってしまう。何て爽やかな去り際だろう、あまりにも爽やか過ぎてやましい事が何にも無い自分ですら止められなかった。

 クツクツと可笑しそうにフェイロンが笑う。


「ならば、俺が同行しようか、ダリル殿?」

「え、マジ!?本気で言ってるのか、フェイロン!」

「構わんよ。ただし、ダリル殿が師団の部下と会っている時には部屋でも借りておくつもりだがな。王国の事情に口を挟むつもりは無い」

「あんたそれ、ただ単に休憩したいだけだろ……」

「1日とは言え、馬車にすし詰め状態ではな。流石の俺も肩が凝っておるわ」

「まあいいや、有り難うよ」


 こうして、ダリルにはフェイロンが付き添う事となった。小学生かよ。

 再び馬車に乗り込むダリル達に手を振り、イーヴァに向き直る。一連の動きを顔色一つ変えず見ていた彼女は、やはり何事も無かったかのように一点を指さした。


「王都の神殿はあそこだよ。少し遠いけど、都内で乗り回し出来るのは、今走って行った馬車だけだから頑張って歩かないと」

「あれ、って……。え、大きくない?」

「大陸で一番立派な神殿だから。人も一番集まるし、当然」


 イーヴァが指さした先にあるのは白い建物だ。どことなく厳かな雰囲気で、周囲に立っているそれとは一線を画している。壁は塗り替えたばかりのように輝く白色だ。


「ここなら……何か分かりそうな気が、しない事も無いような!」

「どっちなの」

「これどうやって行くんだろね。直線距離だと行けそうだけど、実際は入り組んでるみたいだし」

「大丈夫。神殿に行きたいって言えば、親切な通行人が教えてくれる」

「わお、ワイルドだね」


 話していても始まらない、とイーヴァがずんずん道を進んで行く。この道が当たりで、気付いたら神殿に着いていればいいのに。

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