第2話

01.

 カモミール村を無事に抜けた道中。木々の間から差し込む木漏れ日のようなものが――むしろ、目に染みる。

 完徹。即ち、逃亡に必死で睡眠を一切取っていない。眠くて眠くて、今も歩きながら眠ってしまいそうだが、それは傍らに居る同行者達が赦してくれなかった。絶妙な合いの手で話し掛け、疑問を投げ掛け、思考停止するのを阻止する姿勢。むしろ見倣いたいものだ。


「珠希は大書廊行った事あんの?」

「……ハッ、寝てた!行った事無いけど……?」


 わざわざ揺さ振って意識を引き戻した上で尋ねてくるロイには脱帽ものだ。言外に寝てんじゃねぇ、と言われているのがありありと分かり、人間と言う生物の業の深さ、その他色々を考えさせられる――


「本がとにかく一杯あって凄い眺めだぞ!ま、俺は本読まないから、多分中には入らないけどな!」

「ああうん、読まない顔してるよね。ロイくんは」

「俺が自分でそういう事言うのは良いと思うけど、珠希はそれ言っちゃ駄目なんじゃね?」


 本も良いけれど先に神殿に寄らなくちゃ、そう言ったのはイーヴァだった。彼女は見た所、自分と同じく体力少ない勢だと思われたが、その顔はハッキリと起きている。


「書廊脇にある神殿に寄って、まずはカモミール村の惨状報告」

「なぁ、イーヴァちゃん。どうして奴等は村に入って来る人間しか襲わなかったんだろうな。人狼とは言っても、ベースは人なんかよりよっぽど強いんだから、数もいた事だし手当たり次第襲い掛かればそれで解決だったんじゃないのか?」


 ダリルの問いに対し、フェイロンが涼しげな顔で憶測を口にした。


「召喚師を恐れたのであろうよ。人狼は術に耐性がなさ過ぎる。であれば、コソコソと村を乗っ取り、来た旅人を喰らう他あるまい」

「あー、そういう?俺は別に、術師系は恐くないなぁ」

「お主は脳筋が過ぎるぞ、ダリル殿。それに、召喚師が本領を発揮するのは前衛後衛の役割分担を終えてから。1対1ではお話にならないのだよ。まあ、人間は徒党を組む生き物。その点の心配は要らぬのだろうが」

「もうフェイロンはうちのパーティの召喚師役担ってくれよ。物理特化とか今時流行らないし、俺も後衛がいてくれた方が立ち回りしやすいし」

「はっはっは!何を言う!鍛え上げた武術を売りにしているのに、副業をやれと言うのかね!ダリル殿の冗談は面白くて好きだぞ!」

「いや本気……」


 それだ、とロイが手を打った。話の矛先はフェイロンから珠希へと移行する。


「珠希に後衛やらせればいいだろ!丁度今から神殿寄るし、魔力量測定?してもらえばいいじゃん!」

「召喚術なんて現代日本人には使えないから勘弁してよ」

「そんな事分からないよ、珠希。召喚師の才能は血に依存しないから」


 す、と微笑んだイーヴァが肩に手を置いてくる。いやいや、そこはちゃんと血に依存しておけよ。うちの両親なんて絶対に召喚ランク論外レベルだぞ。

 一理あるな、と同意したフェイロンがじっとりとこちらを見てくる。

 ――何なんだよ。


「魔力量は……普通よな。人狼の一件がある故、魔法を使えるのかと思ったが、凡百の人間と文字通り何も変わらぬな。召喚師のランクについては俺には測定のしようが無いから何とも言えん」

「錬金術くらい使えない?」

「後衛が不足しているのに錬金術師を増やそうとする主の職人気質には恐れ入るよ。錬金術の才能、というのはまた違ったものだからやはり俺からは何とも言えんな」


 もうそれはいいから、と珠希は口を挟んだ。

 術が使えようが何だろうが、家に帰ってしまえば不要なものになる。帰りたいだけなのに魔法の勉強だの召喚術の勉強だのを押し付けられても困るのだ。

 ――というか、帰るんだよ。パーティ内役割とか決められたら申し訳無いだろ!


「書廊って所には後どのくらいで着くの?」

「もう着くよ。珠希、苛々しているみたいだし、着いたら少し休憩しようか」

「……うん」

「大書廊は中立国――っていうか、国内にあるのに、中立の灰色地域だから、待遇がとても良いよ。どの大陸でも、どの派閥でも、どの組織でも、ちゃんと対応してくれるから安心して」

「そうなんだ。どのくらいの本があるの?」

「いっぱいある、としか言えないよ。あんなに膨大な量の本に数字を着けるのは難しいと思う。だからきっと珠希の故郷の事も分かるんじゃないかな。あと、私も少し用事が……」

「あ、用事あったんだ。ごめんね、こっちの事ばかり考えさせて」

「気にしないで。私の用事は生涯的な研究みたいなものだから、予定が無い時や近い時にだけ少し時間をくれれば、それでいいよ」


 大書廊――望み薄ではあるが、何かここへ来てしまった手掛かりくらい掴めれば万々歳である。あまり期待出来ないが。

 学校図書館のようなものを想像し、やや肩を落とした。

 寝不足のせいか、思考がかなりネガティブらしい。話題を変えよう。


「神殿って言うのは何?」

「神殿とは人間曰く――人間の一部曰く、『父なる神との契約の場所』らしいな」

「それで大体はあってるよ」


 興味無さそうに解説するフェイロンに代わり、イーヴァが頷く。


「神殿では登録された召喚師が契約の儀式を行ったり、私達みたいにランク測定が目当てで行く人もいる。あちら側の世界の住人の力を借りる事が出来るのは、『父』のお陰だから、それに敬意を払って立派な神殿を建てるの」

「そういう不思議な感じで召喚術って成り立ってるの?」

「そこは諸説あるよ。今の召喚術形態を創り上げたのはアバカロフとクルトだけれど、「召喚術は父が人に与えた英知だ」、って言う人も少なからずいるかな。召喚術作成秘話については触れない方が良いよ」


 難儀なものよな、と人外代表・フェイロンは溜息を吐く。


「首に輪をかけて引き摺って来るのが即ち召喚術であるのに、それを認めようとせぬ輩がいやに多い事よ」

「いやいや、お前が澄まし顔出来るのは有角族だからだって!……って、何で俺は人外側のフォローしてるんだろ……」


 ダリルががっくりと項垂れた。召喚術、そういえば互いの同意の上で召喚しているとは誰も一言も言っていないような。何だか自分が置かれた現状と、喚ばれる人外の境遇が似ているように感じて同情を禁じ得ない。


「強い意志を持っておれば、そもそも召喚に応じないという選択肢が生まれる。種に準じてタラタラ生きているから面倒事に巻き込まれるのだよ」

「その不満を克服したのがクルト式召喚術だから」

「自分一人でアーティアに行けぬ弱者の弁なぞ知らんよ」

「あっ、フェイロンの目線は人外よりなのか……まあ、当然だけれど」


 何だか余計に鬱陶しい話になってきたし、むしろテンションが下がった。召喚師とかカッコイイ、なんて自宅ではそう思いながらファンタジー小説を読んでいた事もある。

 ――が、自分が召喚師なら召喚術の勉強なんて絶対にごめんだ。聞く限りかなり面倒臭そうだし。

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