06.

 ***


 夕食を終え、風呂に入り、宛がわれた自室で今後について考えていた時だった。

 水差しに水が無くなっており、このままでは夜中、喉が渇いた時に大変な事になるのでは?と急に現実的問題にブチ当たったのは。

 ――水を汲んで来よう。

 そう思い立った珠希は水差しを手に、スリッパを履き、そっと部屋の外へ出た。もう9時過ぎだ。普段ならこんな時間には絶対に眠らないが、他の人達はもう眠っているかもしれない。起こさないようにしなければ。

 完全に部屋着だが、こんな時間にロビーに人などいるわけがない――あれ、これフラグ?

 心中一人会話をしていたら、賑やかな笑い声が聞こえて来た。もしかすると、宴会でもやっているのかもしれない。困ったな、そうだとしたら通りにくい事この上無いのだが。

 覗いてみて、あまり大人数じゃなかったら心を無にして通り過ぎよう。

 そう誓った珠希は階段からロビーを覗き込んだ。


「――でさぁ、―――つの!マジで!」

「はぁ?マジキチじゃん、ウケル!絶対塩もみの方がイケてるって!」

「それな。甘いよりはしょっぱい方がマシっていうか」


 ――あれっ、何だこの、夜中のコンビニ付近のような懐かしさは。

 めくるめく、家の近くのコンビニに出没する不良達の鮮やかな思い出が蘇る。あの自転車でコンビニ来てた不良のお兄さん、元気かな。1週間前に警察とお話しているのを見て以来、顔見てないけど。

 喋っているのは男女だった。向かい合わせに座り、話に花を咲かせている。

 絡んで来るような人達じゃ無さそうだし、気にせず通り過ぎよう。

 しかし、そんな思惑はものの数秒で打ち破られる事となった。


「あー、ちょい待ちぃ!え、何々?どーしたのさ、こんな時間に。あ、アタシ等の声で起きちゃった系?」

「うわ、話し掛けて来た!」

「そうそう、俺達退屈してっからね!誰か通り掛かればそりゃ話し掛けるっしょ。あ?何か食べる?何か今日の残り物の唐揚げしかねぇけど」

「無駄にコミュ力高い!そしてそれ多分、今日私達が食べきれなかった分だ……!」

「あ、そーなん?ごちでーす。鶏肉うめぇわ」


 気付けば男の方がどこからか持って来た椅子に座っていた。こいつ等、出来る。しかし、夕食の時に散々食べた唐揚げの臭いが胃にキツイ。

 ちら、と男女を見やる。

 女の方は毛先だけ真っ赤に染めた髪に浅黒い肌をしていて、どこか健康的な印象を受ける。カチューシャで髪を留めているのには理由があるのだろうか。

 男の方もメッシュが入った髪に浅黒い肌。この人達、容姿こそ似ていないが共通点が多い格好をしている。キョウダイなのかもしれない。


「はいはーい、ゲストちゃんお名前は?ちな、俺はヨアヒムで、そっちがテューネな」

「ウィッス!よく名前噛みそうだねって言われるテューネでーっす。よっしゃ、アゲアゲで名を名乗りな!」

「ヘイ!女子高生超能力者の珠希だよ!特技はスプーン曲げ!実生活では何の役に立たないけど、宴会芸的には大成功しちゃうぞ!」

「ヒューヒュー」


 ――ノリが訳分からなかったけど何とか乗り切れたようだ。いや、乗り切れてないなこれ。大火傷だわこれ。後で傷が疼いてくるタイプだわ。


「ってか、軽く流したけど超能力って何なん?スプーン曲げ出来んの?」

「ちょい興味あるわー、ってはい!グラスのついでにスプーン取ってきた。タマちゃんのいいとこ見たーい!」


 グラスに飲み物を注ぎながらテューネが手を叩く。しかし、それよりも気になった事があったので珠希はグラスに注がれる液体にストップをかけた。


「あの、私お酒はまだ飲めないっていうか――」

「え?マジで?でも大丈夫!アタシ等が飲んでるこれ、ジュースでーっす!」

「そうそう!宿屋のおばちゃん、俺等に酒出してくんねーし!」

「それな!マジでリンゴ酒超飲みたいんだけどー、つったらシカトこかれたわ」

「そんなわけで、中身、オレンジジュースだから問題ないぜ」


 この人達、白面でこのテンションか。

 懐かしさを覚えていたはずなのに、そこはかとなく疲れてきている。クラスにもいないタイプの人物だ。

 ぼんやりと――否、唖然とリズミカルな会話をリスニングしていたらスプーンを握らされた。


「で?スプーン曲げってマジ出来んの?」

「『面白い事しろ』、とか言い出す村長さんの無茶振りにも対応出来んじゃん!うらやまー」

「ギャハハハ!今の物真似クソそっくりだったわ!」

「えーっと、スプーンはもう曲げて良い感じですか?というか、これ宿のスプーンだよね?曲げたら戻せないよ、大丈夫?」

「オッケー!ちゃんとタマちゃんの勇姿見てんよ!」


 スプーンが戻せないという問題には触れて来ないが、良いのだろうか。いや、本当は難しいけれど曲げた後にちゃんと戻そう。綺麗に。死ぬ程疲れるけど。

 目の前のスプーンに意識を集ちゅ――


「あっ?」


 曲げよう曲げよう、そう思ってスプーンを見つめた瞬間だった。いつも以上に滑らかにグニャリ、とスプーンが歪んだのは。あれ、寝る前だったから集中力がいつも以上にあった?そんな馬鹿な事が起こりうるのなら、数学赤点なんて絶対に取らなかった。


「おおおおっ!マジ曲がってんじゃねぇか!え、ちょい触らして」

「あ、どうぞ」

「うっわ!結構かってぇわ!握っただけじゃ曲がんねぇの丸わかりだわこれ!」

「つかこれ魔法?こんな芸に魔法使う人間って初めて見たわー」


 久しく見ていない新鮮な反応を尻目に、今日は調子が良いようだからあのスプーンも元の形に戻せる気がしてきていた。いや、首の部分がどうしても歪になるのは仕方無いけれど。

 しかし、そんな珠希の心配は杞憂に終わった。

 スプーンの観察を終えたらしいテューネがスプーンの端と端を手に持つ。そのまま、特に力を入れた様子も無くスプーンを元の形にねじ曲げた。


「えー、良いなあこの特技。ちょっとアタシにも教えてくんね?」

「や、素手でスプーンねじ曲げられる人には要らないかなって……」

「スマートにスプーン曲げたいんよ。素手でスプーン捻るとか、ただのゴリラだわ!」

「つか、タマちゃん他に何か出来ねぇの?」

「透視とか?箱の中身当てたり」

「マジか。え?それさ、祭の屋台でくじ引きの当たり引き放題じゃね?俺、いっつも外ればっかり引くんだよな」

「ヨアヒムさんには言わなきゃいけない事があります。何とあの出店の定番、くじ引きのお店は――体感8割くらい、当たり無しの外れクジを500円で売ってるだけです」

「は!?ウッソだろ、マジ?えー、萎えんだけど。つか当たり分かるん?」

「分かりますね」

「超実生活向きじゃーん。俺も透視欲しいわぁ」


 楽しそうに話すので言わなかったが、本当に実生活には向かない。透視と言ってもその状態に持って行くまでかなりの集中力を要求されるし、調子が悪いとその後に頭が痛くなったりして最悪の気分にもなる。しかも使う機会もそう多いわけではない。

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