負けるわけにはいかない・水無月

第12話 光

 聡子の仕事は順調だった。6時に出勤して1ルート目を確認して荷物を積み込み、朝7時に出発する。朝早いのは早朝から営業する店舗に届けるためだ。


 通常の自分たちの商品販売のほか、他社が販売する商品を委託されて配送している。朝早い時間に営業する店に合わせて配送するので、委託配送を請け負うところが少なかったり、自社配送ではドライバーの確保ができなかったりするが、その分、手数料を工夫することで新規参入の配送会社としては食い込めるメリットが多い部分がある。しかし、同時にこちらの商品を売るというメリットもあって経営的にはプラスになっているルートが多い。そのように宮前が手腕を発揮したこともあるし、徹底したルート設定で2時間から3時間のルートを一日2本か3本というのがやり方だった。


 委託販売の納品のこともあってルート数は多岐にわたる。それらを手分けしてドライバーたちが配送しているのだ。いつ、どんな風に回るかは注文に応じてなので配送係の吉住の手腕による。


 扱う車が普通免許で乗れる車に限定しているのでパートで人を集めやすいのも良いところだった。ルートに合わせて6時出勤、7時出勤、8時出勤の勤務形態は固定のままで、既婚の女性社員でも当たり前のようにルートを担当している。勿論、通ってくる人間もいるが、柔軟に対応できているのは見事としか言いようがない。


 そして、大きいのは早朝から働く分、午後の時間が比較的自由になりやすいことだった。2ルートを終えると大体、11時前で、そのあと勤務終了まで別の仕事を入れることができた。


 聡子は基本的に7時からの2ルートを担当して、そのあとは倉庫を片付け、時には宮前と一緒に製作作家を訪ね、いずれは既存の販売店へセールスにいくと告げられた。しかし、まずはルートの仕事を一通り覚える事と、事務所スタッフを覚えることが一番の課題、それが終われば、宮前の仕事を覚えるというのが条件だった。


 宮前の仕事の教え方は丁寧だが、ビシビシやられたのだ。男性との接触には気を使うが、不意打ちで体を触られると発作が起きやすいという自己申告もあってその点は配慮されたが、そもそもこの仕事は男性的な部分が多い。男性スタッフは気を使ったが、慣れればハイタッチ程度は平気になっている。だが、突然後ろから声をかけると極端に声を上げるのは相変わらずだったが。


 お互いにお互いの反応に苦笑しながらも聡子は宮前の期待にこたえている。順調だった。

 それだけではない。事務所で紹介されたリス、と呼ばれたネット担当、在庫管理担当の栗林と仲良くなった。


 彼女は仲村と組んで、仮眠室としている3階の部屋で商品の撮影をし、プレゼン用の資料を作りインターネットでの販売もしている。これがなかなか好評で、売り上げの40%は通販だという。意外とアクティブに営業活動をしていたのだ。


 この栗林と妙に気が合い、仲村を巻き込んでネット販売にもっと力を入れてはどうかと聡子は何の気なしにアドバイスした。


 つまり、どうしても残ってしまう「売れ残り」の「福袋販売」である。「はずれ」感覚のない福袋を販売すればよいという聡子の考えである。そして、送料無料まであといくら、という少額を満たすための少額商品のインデックスを作ってみてはと提案したのも聡子だ。地味なイメチェンだったが、これが宮前の耳に入った。


 聡子の様子を見ながら仕事を任せていた宮前が、目の色を変えた。近辺でアパートを探してはいたが、実際会社まで通うとなると、移動時間が聡子の負担になるかもしれないからとこのまま社宅に住まわせろ、と遥人に言ったのだ。遥人に対して正式に、撮影用にキープしている3階仮眠室兼スタジオの部屋で寝起きすることを許可したのもこの頃だ。


 宮前は聡子の経験と目利きの良さを見抜いて戦力になると遥人を口説いたのだ。聡子が戦力になれば、宮前は社宅を引き払って近くに住む妻のマンションから通うことができる。そうなれば、一室空きが出るわけで聡子がそこに住めばよい、という考えだった。最初は一応の経歴は知っていたものの、これほどまでとは思わなかったと正直に告白したこともあった。目の付け所、商売のポイントが宮前と同じ部分があり、また、違う部分もあると驚かされるばかりだという。戦力になるなら囲い込みたいという気持ちの表れだった。


 遥人も宮前も週に何度か長距離のドライバーとしてトラックに乗っている。だから聡子は遥人に対して、仮眠室で寝起きをするのは最低限にと言っている。体調管理のために生活のベースは元の部屋で生活できるのが望ましいと考えていて、あくまで聡子は居候は自分だからという形を崩さなかった。最も、二人の間にあるのは色艶というよりも、昔のままの、イトコたちとの合宿感覚で、そう言った背景もあって、あっさり宮前の申し出を遥人は受け、聡子の住居問題は解決した。


 最も、歓迎したのは独身組も既婚者組も一緒だった。


 宮前と遥人と吉住が、大学卒業と同時に設立した会社は小さいながらも結束が固い。時には仕事が終わってから遥人の部屋で打合せと称した飲み会が開かれたりもする。部署を超えての交流でもあり、正社員もパートもアルバイトも関係ない。社宅に住んでいるメンバーも参加する。特に、既婚組の夫妻二人共がこの会社の社員ではなく、他業種に勤務する彼らの配偶者も参加可能とあって、お互いにいろいろ刺激になる時間でもある。だが、これが遥人は気が気ではない。


 慣れてきたとはいえ、聡子に対して配慮していた部分があった。仕事でも社宅でも負担にならないようにと遥人は気遣って複数回この飲み会を開いたのだが、逆に、参加者が聡子の料理を気に入ってしまってグイグイ質問したのには閉口した。自分が作りたいとか、夫に作ってみたいとか、妻に作らせたいとか、戸惑う申し出だった。遥人にとっては慣れ親しんだ如月家の味である。坂上の本家の味や、坂下の祖母の味で、特別変わったことはないように思うのだがこれが好評だった。


 レシピを教えてほしいと迫ってくる彼らに、それでも発作を起こすことなく、たどたどしいながらも聡子は一通りの人間と話をすることができたのは、大いなる進歩だった。飲み会が終われば、当たり前のように遥人の部屋で雑魚寝してしまうスタッフには驚いていたが、聡子自身は女性スタッフと一緒に雑魚寝という経験も面白がっている。最も、夜中にトイレ前で男性スタッフが寝ていて聡子が発作を起こしてしまったことも何度かあった。それでも、聡子は泊まっていけと声をかける。聡子の中で少しずつ変化があったのか。聡子自身が精神的に新たな展開を迎えたことは確かだった。

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