118.託し託されるもの


 吸収された神谷沙月を助け出す。

 それは言うまでもなく容易ではない。

 園田には、具体的な方法すらまともに思いつかなかった。

 だがアカネは任せてと言う。自信に満ちた表情で。


 記憶が戻ったアカネは以前と雰囲気が少し違う。

 少しだけ大人びたようで――いや、彼女はもともと自分たちより大人だった、と園田は思い直す。

 きっと『自身がなぜここにいるのか』というアイデンティティを取り戻したことで地盤が固まったのが大きな理由なのだろう。

 

 園田が神谷の隣に居続けることをアイデンティティとしているように、アカネにはアカネの自己がある。あの世界で必死に戦い続けた彼女なら、その彼女が確信をもって主張するなら。

 それは間違いなく信じるに値する。




「アカネちゃん、右!」


「ええ!」


 園田は自分目がけて飛んでくる透明な斬撃を、身をかがめて回避する。

 不可視の攻撃は頭上を通過し遠くの金網を真っ二つに切断した。


「ちっ……」


 舌打ちするルナは指を何度も打ち鳴らす。

 すると不可視の爆発が幾度も巻き起こり園田とアカネを吹き飛ばした。

 見えない攻撃――ルナはそれを駆使し戦う。


「どうしたのよ! 前とは戦い方が違うんじゃないの!?」


 よろけながらも嘲笑するアカネに、ルナは余裕を含んだ笑みで返す。


「君たち程度ならこれで充分だからね――――」


 放たれたのは無数の弾丸。

 見えない攻撃がアカネを襲い――しかし全て撃ち落とされる。

 園田みどりの弾丸が迎撃したのだ。


「……残念でしたね。私けっこう目はいい方なんですよ」


「忌々しい……ッ!」


 その様子に、アカネは明確な違和感を覚えていた。

 ルナには明らかに余裕がない。

 神谷を吸収し、おそらくは以前戦った時以上の力を手に入れているはずなのに。はっきり言って前回戦った時の方が強かったとすら思う。

 そもそも滅ぼすつもりなら自分たちなど放っておけばよかったのだ。そう断言できるほどの力があるならすぐにでも実行できたはずだ。

 

 それだけ自分たち二人を憎んでいるのか――アカネはそう考え、こんなことを前にも考えていたことを思い出す。

 そもそもあの世界で敢行されたゲームもそうだ。天使兵など使う必要はない。さっさと滅ぼしてしまえばいいものを、なぜ彼女はあんな方法をとった?

  

 ルナは矛盾している。

 滅ぼすと言う割にそれを無為に引き延ばすようなことばかりしている。

 あの【TESTAMENT】というゲームもそうだ。あのゲームはおそらくアカネに倒されたルナが力を取り戻すために作ったもの。クリアしプラウの力を集めた神谷を吸収することで力を取り戻したのがその証拠だ。

 だがわざわざそんなことをする必要があっただろうか。

 神谷沙月と言う存在にさせなくとも、あのゲーム――おそらくは向こうの世界へのゲートだ――を作れるほどの力があればそれを使って一体ずつプラウを吸収することもできたのではないだろうか。


 明確な目標があるはずで、それに向かって進んでいるはずなのに、どうもそこから遠ざかるような行動が目立つ。

 そこにルナの真意があるのか。

 あるいはその道筋を楽しんでいるだけなのだろうか。


 しかし、ルナが本当に楽しそうにしているところは見たことがない。


「くぅあ……っ!」


「みどり!」


 死角から振るわれた透明な剣が園田の背中を切り裂いた。

 血が飛び散り、園田は倒れ――そこに透明な槍が落下する。

 そこに滑り込んだアカネが大鎌で弾き飛ばして守った。


「アカネ……ちゃん……」


「行くわよみどり。あいつのところまで連れてってあげる」


 園田は頷き立ち上がる。

 一歩踏み出すと、砂が少し舞い足元に煙を作る。

 揃ってひとつ呼吸をし――同じタイミングで走り出した。


 彼我の距離は30mにも満たない。

 だがその距離が途方もなく長く感じる。ルナは、余裕がないとはいえ神のごとき力を使う。

 ほぼノーモーションから繰り出される不可視の攻撃はまともに回避することも難しい。


「アカネちゃんそこで思いっきり跳んで!」


 指示に従いジャンプで回避するアカネ。

 浮いた足のすぐ下で、空間がねじ切れた。食らえば下半身がちぎれていただろう。


「なぜそれが避けられる……!?」


 明らかな困惑を見せつつ、ルナは幾度も攻撃を繰り返す。そのたび二人はそれをすり抜け、やり過ごし、時には止まることでしのぎ、また前進する。

 そしてそれを為しているのは園田みどりだ。


「どうしてでしょうね――強いて言うなら、戦っているときのあなたの仕草が沙月さんに似ているからでしょうか」


 動作は少ないが、明確に存在する。

 指の動き。視線の向き。眉の震え――それらの微細な違いから、言語化できないような根拠のもと、園田は攻撃を判別していた。


「仕草も、外見も――そこまで似ていて、どうして『血縁がない』なんて嘘をついたんです?」


「――――黙れ」


 その言葉が女神の逆鱗に触れた。

 見えない小さなナイフが園田の全方位に配置され一斉に襲い掛かる。

 かわせない。わかっていても防げない。そんな攻撃。


「っだあああああ!」


 そこに割って入るのはアカネだ。

 大鎌を振り回してナイフを蹴散らし――それでも残ったナイフは全身を盾にして園田を守る。

 刃が何度も突き刺さっては血が噴き出す。


「アカネ……ちゃん」


「呆けない!」


 全身を駆け巡る痛みを気力で無理矢理に黙らせ駆け出す。

 そのあとを園田も追う。

 残り5m。

 

「《レイジングブル》!」


 巨大な風圧が弾丸となる。

 園田の撃ちだしたその攻撃はルナに向かって一直線に――ではない。

 狙いはアカネの背中。強烈な爆風は追い風となり一気に少女の身体を運ぶ。

 のこり1mを切った。


 アカネの大鎌から鮮烈な赤光が迸る。

 空の小瓶が地面に落ちた。


「その力は……!?」


「あいつが残してくれたものよ!」 


 あの水竜――プラウ・ファイブを倒した後。

 アカネの異能のことを聞いた神谷から渡されたもの。

 神谷の血を使うことで発揮した、空間の抜け道を作り出すほどの力。それをいつでも使えるようにするために。

 神谷の血が入った小瓶を、奥の手として残していたのだ。


「だが……まだわたしには届かない! 今の君にあの時ほどの力は無いし、その程度でわたしは倒せないよ!」


「――――知ってるわ、そんなこと」


 アカネは笑う。

 笑顔のまま、大鎌をルナに向かって全力で振り下ろす。

 柔らかいものをかき分ける、懐かしい感触がした。


「ぐ……ああああああああああっ!」


 絶叫。

 空間をも切り裂く一撃がルナに叩き込まれた。

 あたりの景色が歪み、ねじれてはまた戻る。

 

 ルナの身体に裂け目が開く。中は真っ白な光の奔流であふれている。


「行ってみどり! そこに飛び込んで!」


「行ってきます!」 


 身体を開かれる壮絶な痛みに耐え兼ね仰け反るルナ――その胸の裂け目に向かって、園田は一息に飛び込む。

 ぎゅるり、と周囲が歪み、周り、園田の身体が吸い込まれる。


 直後、景色の歪みは消え、裂け目も完全に閉じた。


「はあ……げほっ、お前、何を……!」


「何って……吸収されたなら中に入って引きずり出せばいいだけの話じゃない」


 でしょう? 

 嘲るように首を傾げるアカネに、ルナの怒りが爆発した。

 

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