83.雲間に覗く幼月
…………まだ心臓がばくばく言ってる。
本当に突然だった。突然みどりがわたしに覆いかぶさり、そして身体を触って――少し怖かった。
荒い息。潤んだ目。あんなみどりは見たことが無かったから。
それでも彼女が何をしようとしているのかわかって、それをわたしは止めないとと思って、
「…………言いすぎちゃった」
きっと真摯に訴えかければ止まってくれるはずだと、みどりならそうしてくれると信じて語りかけた。このままじゃ、きっとお互いが傷ついてしまうと思った。
でもかけた言葉は真っすぐすぎて、彼女の心を貫いてしまったのかもしれない。
最後のあの瞬間、みどりは酷く傷ついたような表情をしていて――それが頭に強く焼き付いてる。受け入れるべきだったのかな。でももし受け入れたとして、その後どうなっていたんだろう? もっと深い後悔が待ち受けていたかもしれない。
これからどうすればいいのかな。
今からみどりの部屋に行ってみる? いや、彼女も今は話せるような状態じゃないはずだ。それはわたし自身もそうだから。
それに何を話せばいいのかもわからない。そもそもわたしは、あの子があんな行動に出た理由もわかっていないのだから。
やけに重く感じる身体を起こし、セーラー服を整える。口をつけられた首を拭ってみるも、彼女の痕跡はもう乾いた後だった。
「あたし便利屋じゃないんですけど」
「ごめんね。アカネ以外頼れなくてさ」
寮の屋上に呼び出されたアカネは辟易した様子だ。
すでに日は沈み月が昇りつつある。
「それで? まあ一応聞いてあげるけど」
「うん、それがね――――」
「ふーんそう。押し倒されたの。で、貞操の危機だったと。みどりを止めようとして言いすぎちゃったのね。へー」
「な、なんか全然驚かないんだね……もしかして」
「みどりが死にそうになってたからむりやり聞きだしたわ」
「し、死にそうに……そっか……」
さすがに少し落ち込む神谷。
やはり言葉が過ぎてしまったのか。もっとうまい言い方があったのかもしれない――などと後悔にふけっていると、
「でも今回に限ってあんたは悪くないわ。これっぽっちもね」
「え……めずらし。わたしの味方?」
あんたにも非がある! などと言われるのは覚悟していたのだが、肩透かしだった。
「あたしはね、加害者が常に100パー悪い論者じゃないけど、それでも今回は完全にみどりが暴走したせいだと思うわよ」
「そ、そっか……」
「まあその場を実際に見たわけじゃないから、何とも言えないってのがほんとのところだけどね」
聞いた印象だけでものを語るのってあんまり良くないことなのよ――アカネはそんな風に呟いた。
やはりアカネに相談してよかった、と思う。この子なら公平に接してくれるはずだ。
……と言いながらも普段は園田をひいきすることが多いのだが。
「ねえ、わたしこれからどうしたらいいと思う? ものすごく気まずいんだけど」
「そりゃあ直接話し合うしかないでしょう。っていうかもう明日セッティングしてあるから」
「明日!? 心の準備が……」
明日ということは、寝て起きたらその日のうちに、ということだ。
さすがに性急すぎる、と思わざるを得ない。
だが、
「あのねえ、じゃあいつ準備できるのよ。明後日? 来週? 来月?」
「それは……」
「あんたたちそのままずーーーーーっと気まずいままでいるの? 辛くない?」
「きつい」
考えたくもない。同じ寮に住んでいる以上、例え接触を避けたとしてもすれ違う頻度はかなり多くなるだろう。加えてクラスも同じ。そうやって距離が近くなるたびにお互い顔を背けて過ごして、いつかはその気まずさにも慣れて――そうなればたどり着くのはただひとつ。疎遠だ。
「でしょう?」
「……よし。頑張って話してみるよ」
園田と疎遠になるなんて考えられない。それは絶対に嫌だ。
もう隣にいるのが当たり前のようになっているから、いなくなったら寂しいし悲しい。
それが神谷の素直な気持ちだった。
「しかし、みどりはなんであんなことしたんだろうね」
素朴な疑問だった。うーん、と首を傾げていると、アカネがあんぐりと口を開けていた。こんなに驚いているところを見たのは初めてだった。
「……ど、どうしたの」
「あんたマジ? マジでそれ言ってんの?」
完全に未確認生物を見る目だった。
信じられない、という文言が顔に書いてあるようにすら見えるほどに。
「嘘でしょ……いやでもあたしの口からはっきり言うのも……」
「なんて?」
「……いやいいわ。あした、それも含めて全部話し合いましょう」
最後までアカネの言っていることが神谷にはよくわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
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