63.月下の騎士
気づくと満月が照らす交差点の入り口に立っていた。
園田には見覚えのある場所だった。
人の気配はなく、車ももちろん通っていないのでかなり広々としている。
あたりを囲っていた機械の森林は根こそぎ消えていた。やはりあれはプラウ・ツーの一部だったのだろう。
ただ、今重要なのはそこではない。
「沙月さん!」
目の前に神谷がいる。
最初にこの世界へ来た時とほとんど同じだ、と園田は頭の片隅で思った。
「なんで勝手に行こうとしたんですか!? せめて私を待ってくれれば……」
「みどり、その……うう」
何か違和感があった。
神谷の声色も、態度も、やたらと委縮しているのだ。
身体を縮こまらせて、あちこち視線をさまよわせている。まるで、怒鳴られた時のように。
そこまで気が弱い性格ではなかったはずだ。
「だ、だって、だって、早くカガミさんに会いたくて……そしたらゲージが溜まってて……」
「焦っちゃダメ、準備は大事だって言ってたのは神谷さんじゃないですか」
「仕方ないじゃん! とにかくクリアしたいんだよわたしは!」
まるで幼い子どものようだ。
以前の自分の意見を撤回してまで意見を通そうとしている――いや、こんなのは意見にも満たない。ただのわがままだ。
明らかに情緒不安定だったが、口論している場合かというとそうでもない。
「……もう始めてしまったからには仕方ありません。プラウを倒しましょう」
「うん……」
頷き合う。すると妙な音が聞こえた。
がしゃん、がしゃんと等間隔で鳴り響く金属質の音。
その源は交差点の反対側からだった。
「鎧……?」
神谷は思わず呟いた。
西洋の城にでも置いてありそうな鈍色の甲冑で全身を覆った者が、こちらへ歩いてくる。
その右手には月光を反射し光り輝く金色の剣が握られていた。
「沙月さん、あれ、プラウです」
「また人型……スリーみたいに喋ったりするかな」
園田の視界には『plough4』という文字が躍っている。まず間違いなくあの騎士がプラウだろう。
騎士はゆっくりと歩を進めている。彼我の距離は50m弱。
まずは敵の動きをよく見て慎重に――そう考えていた園田だったが、
「さ――沙月さん!?」
「さっさと終わらせよう」
そう言って静かに異能を発動させた神谷は騎士へと一気に距離を詰めようとする。
園田の考えとは真逆、とにかく短期決戦を狙おうとしているようだ。
だが。
(……なに……? 身体が重い……!)
神谷は違和感を覚えた。
前回よりも明らかに速度が落ちている。
プラウ・スリーを倒したときの出力とは比べるべくもない。
そんな前回との落差が『重い』という感覚の正体だった。
だがそれは普通ありえないことだ。
異能は戦いを経るごとに強度を増していく。プラウ・スリーを倒した今、あの時よりも強くなっていなければおかしいのだ。
この時点で神谷の直感は淡い危機感を訴えていたが、走り出した身体は止まらず、すでに騎士との距離は詰められている。
「こっの…………!」
がむしゃらに拳を振るう、その瞬間。
コン、と軽い音と共に、その拳が軽く跳ね上がった。
騎士が剣の柄で下から弾き上げたのだ、と気づき――同時に完全にノーガードの身体を晒していることにも気づいた。
黄金の剣が閃く。左から右へと振り抜こうとしている。
神谷は自分が二等分される様を想像した。
「ぁ――――」
「させません!」
割り込んできた声と共に撃ち出されたいくつもの風の弾丸が剣を弾き、軌道を変えた。刃の切っ先が肩をかすめ、少しだけ赤い血を散らせた。
慌てて後ろに飛び距離を取る神谷。遅れて脂汗が吹き出した。
「大丈夫ですか、沙月さん」
「…………」
返答する余裕もない。
あの騎士の戦い方は途轍もなく洗練されている。
前回戦ったウサギ――プラウ・スリーが苛烈、暴力の化身だとしたら、今回の騎士はまさに流麗。卓越した剣技を振るう騎士という存在が、今まさに目の前にいた。
プラウ・スリーに勝るとも劣らない強さを持っている――そう判断した神谷はおもむろに両手を前にかざす。
「ちょ、ちょっと待ってください! プラウの力――もう使うんですか!?」
「使わなきゃ勝てない! わたしの最大限で一気に終わらせる!」
それをやって、前回はピンチに陥ったのではなかったか――そんなことも顧みることができないほどに焦っているのか。
園田は愕然とした。神谷がこんな状態で、本当に勝てるのか。
前回だってギリギリだったはずだ。万全の状態で、それでも敵わなくて、賭けじみた策をぶつけ、その上に土壇場で神谷が新たな力を手に入れたからこそ勝てたのだ。
しかしこの場合。
相手の力量も性質もほとんどわかっていない状態だ。どの力が通用するのか。そもそも使うべきなのかを、本来は見極めなければならない。なぜなら、使える時間には限りがあり、活動限界に達すれば重いペナルティを課せられるからだ。
今の神谷はそれら全てを無視し、とにかく倒そうという意思しか無くなっている。
「
吼えるような声に、しかしプラウの力は発動しない。
身体から出るはずの光球も無い。
二つのプラウの力を同時に行使する
「……ッ!? なんで出てこないの!?」
予想外の事態にうろたえる。しかしその隙を待ってくれるほど、騎士のプラウは優しくはないようだ。
神谷の懐へと踏み込み、大上段へと掲げた剣を一気に振り下ろす。
「くそ!」
直前で迫る刃に気づいた神谷はなんとか右に避ける。
剣が叩き込まれたアスファルトはひび割れるわけでも砕けるわけでも無く、あまりにも綺麗に切り裂かれていた。
その光景に、園田は背筋を冷たくする。とんでもない切れ味だ。生半可な防御は通用しないだろう。
「ダブルがダメならシングルで……!」
「沙月さん! あの剣は危険です、防ぐのではなく――――」
「プラウ・ワン、
焦燥に囚われた神谷の耳にその言葉が届くことは無く。
巨岩の左手が顕現した。
だが、いつもと違う。左手の甲に表示された数字が200からスタートした。
(なんで……!?)
前回、活動限界は500秒まで伸びたはず。なのになぜここまで短くなっているのか――そう考えたが、発動してしまったものは取り消せない。
その縮小されたリミットが、さらに焦りを加速させる。
「人型サイズなら捕まえてしまえば――!」
騎士を掴もうと迫る巨大な手。
騎士はそれを一瞥したかと思うと――その手元が一瞬ぶれた。
途端、ぴたりとゴーレムの左手が空中で静止する。
「なに……? 動か、」
疑問に思った瞬間、巨岩の手がバラバラになり地に落ちる。
呆然とした。その破片の断面はあまりにも平坦で――一呼吸の間に切り刻まれたのだと理解する。
しかし、これは当然の結果とも言える。先ほど地面を容易く切り裂いているのを見ていたのだからプラウ・ワンを使うべきではなかったのだ。完全にプレイングミスだった。
今の神谷は強敵を前にしているのにも拘らず正常な判断ができない状態。
それはつまり、絶体絶命だった。
そして、その外。
「行っちゃった……」
アカネは白いゲーム機を前に立ちすくんでいた。
目の前で光に包まれ二人が消えた。
疑っていたわけではなかったが、二人の話は本当のことだったのだ、と理解した。
「記憶を無くす前のあたしは、あっちの世界で異能を使っていた……なら」
今、あの二人は強敵と戦っているはずだ。
おそらく危険な戦いだ。話を聞いただけでそう感じたのだから、当人たちはもっと恐ろしい目にあっているかもしれない。
「見過ごせないわ」
誰かが命の危機に晒されている。そしてそれを助ける力があるなら。
ためらう理由は何ひとつない。
誰であろうと困っている人は助けたいと思う――それがアカネという少女だった。
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