47.夜空を席巻する火の星


 たったの数瞬。

 それだけで街に静寂が訪れた。

 二人の侵入者は倒され、炎上都市に平穏が取り戻された。


「……やはり弱いな、俺の敵は……ん?」


 ぼそりと呟くと、ウサギのプラウの眉がピクリと動く。

 直後、風を圧縮した弾丸が音速を越えてプラウの元へ飛んでくる。

 

「ふん」


 しかしほぼ視認できないはずのその弾丸を、首を少し傾けるだけで回避する。

 気づけば数10m先の、オフィスビルの破壊された玄関から園田みどりが這いだしている。

 足元はふらつき、頭から血が一筋流れている。それだけで済んでいるのが奇跡のようだった。


「……げほ、避けられた……!」


「イレギュラーか。軽く打っただけなのに死んでいたらどうしようかと思っていたところだ」


 その台詞が終わる前に、園田は銃のトリガーを幾度も引く。

 銃口から飛び出したのは無数の弾丸。それらが一斉に襲い掛かる。


「一発で駄目なら数で――というわけか。だが」


 プラウが飛び上がる。

 そう、この距離では撃ったのを確認してから回避が間に合ってしまう。

 そして。


「回避された場合のことを考えたほうがいいな。撃ったら次を想定してすぐに動け」


 とん。

 園田のまさに目の前。一度のジャンプでそこまで飛び着地した。


「な――――」


 何か行動を起こす前に、プラウの左手は容赦なく園田の細い首を掴み、軽々と身体を持ち上げていく。

 すぐに足が着かなくなり、じたばたと悶えるがまともな抵抗はできない。

 プラウはニヤリと笑い、開いた右手を見せつける。するとその手が突如燃え上がった。


「……かはっ、ほのお……?」


「そう。俺は炎。焼き尽くし、侵略するものだ」


 めらめらと眼前で赤い炎が燃えている。見ているだけで目が焼かれそうだった。


「さて、どうやって死にたい? このまま窒息するか、炎に巻かれて死ぬか、それとも――――」


「やめろおおおおっ!」


 真上からの襲撃。

 声と共にそれを感知したプラウは素早く園田を離し、隕石のようなその拳を回避する。

 

「大丈夫、みどり!?」


「げほ、げほっ……だい、じょうぶです」

 

 落下してきたのは神谷だった。

 ダメージから復帰し、ビルの真下で園田が捕まっているのを目視するや否や十階の窓から躊躇なく飛び降りたのだ。

 

「遅かったな。さっきのが効いたか?」


「ノーダメ! まさかあんなので倒せるとか思ってたの?」


 やせ我慢だ、と園田は思う。

 あれが無傷で済むわけがない。


「なら手加減はいらないな――いくぞ」


 ごう、とプラウの両手が燃え上がる。

 その拳には赤い炎。

 対する神谷は白い光。

 二人は少し似ていた。

 どちらも徒手空拳をメインとする戦闘スタイルだ。

 

 まず動いたのはウサギのプラウだった。

 燃える拳が神谷に向かって鋭く襲い掛かる。


「くっ!」


 紙一重でかわす。

 避けられたのは相手がわざわざ宣言してから攻撃したからだ。


 凄まじいスピード。そして無駄のない動き。

 

「……余計な動きが多いな。だから次に繋がらない」 


 間髪入れず次の拳。

 プラウの言葉通り、大げさな動きで回避した――つまり体勢を崩した神谷にそれは避けられない。


「が……っ!」


 脇腹に痛みが炸裂する。

 まるで熱した巨大な鉄塊に殴打されたような衝撃だ。

 そして、


「痛がっている場合でもないな」


 乱打が始まった。

 鈍い音が連続する。容赦のない殴打が神谷を襲った。


「どうした、このままでは終わるぞ! まだ楽しませてくれよ!」


「やめなさい!」


 切羽詰まった声と共に園田は風の弾丸を撃ち出す。

 だが。


「羽虫だな」


 ついでのように。

 神谷への攻撃を続けながら弾丸を払った。

 

「え…………」


「だから出来損ないだと言ったんだ。そもそも相性が悪いんだよ。そんなそよ風では炎を消すことはできない――ただ火勢を強めるだけだ」


 そう言って神谷の首根っこを掴んだかと思うと、園田に向かって放り投げた。

 神谷が小さいとはいえ数10kgの塊だ。それが飛んできたとなれば――当然受け止められず二人まとめて倒れ込む。

 そしてその様子を見ながらもプラウは既に次の攻撃に入っている。

 まさに炎のような勢い。攻め手が全く緩まない。


「弾丸というのはこうやって撃つんだ」


 銃の形に作った右手、その人差し指の先に小さな火球が生まれている。

 それが音も無く撃ち出され、


「はっきり言って同情するよ。こんなゲームに巻き込まれたお前たちのことを」


 着弾――同時に爆発的に広がった火炎は神谷と園田を中心に辺り一帯を焼き尽くす。

 

「うあああああああっ!!」


 ひとかたまりに吹き飛ばされた二人は受け身もとれず道路の上を何回かバウンドしてようやく止まった。

 なんとか身体に力を込めようとするが起き上がれない。既に二人はボロボロだった。


 強すぎる。

 こちらが何もできなくなるほどの苛烈な攻撃。

 それはまさに、攻撃は最大の防御という言葉を体現していた。

 

(……どうすればいい) 


 遠のきそうな意識を必死に手繰り寄せ、神谷は考える。


(スピードもパワーもわたしより上。上位互換と言っても過言じゃない)


 神谷が弱いわけではない。

 異能によって大幅に強化された身体能力は、人類が到底追いつけない領域に達している。そしてそれはこれまでの戦いを経て、まるで経験値を得てレベルが上がるようにさらに強化されていた。


 しかし。

 ただ、ウサギのプラウはその上をいく。

 それだけだ。


 絶望的な状況だった。

 二度のプラウとの戦いでも、ここまで攻略の糸口が見えないことは無かった。

 

「寝てていいのか? 次だ」


 はっとして顔を上げる。プラウが開いた右手を空へと掲げていた。

 見ると、無数の小さな火球が上空に配置されている。

 あんなものが落ちてきたら。

 想像するだけで背筋が凍った。

 

 だが、それを見過ごさない者がいる。


「――――撃ち落とします!」


 空の火球を確認した直後立ち上がっていたのは園田だ。

 素早く火球を『分析』、数とサイズを計測する。


(数は56個。サイズは直径約6cm。厳しいですが――無理をすれば!)


 二丁の銃から風の弾丸で一発一発精密に狙い撃つ。

 大量の火球へと弾丸がまっすぐ向かい、そして直撃。

 弾丸は火球の内部で拡散し、跡形もなくそれらを吹き散らした。


「すごい……!」


 思わず感嘆する神谷。

 だが、代償は大きい。


「くっ……! いっつ……」


「え――ちょっと大丈夫!?」


 頭を抑え膝をつく園田に神谷は慌てて駆け寄る。

 一気に異能を行使した影響が出てしまっていた。

 強烈な頭痛が園田を苛む。


「ほう、出来損ないにしてはなかなかやる。だが」


 その声を聞いた直後、何故か神谷はあたりが明るくなったように感じた。

 今、この世界は夜のはず。だが満月が輝いているとはいえこの明るさは異常だ。

 不思議に思い、思わず見上げると――――


「ちょっと待ってよ…………」


 途方に暮れる。


 空には無数の火球が浮いていた。

 それはさっきと同じ――いや。


 同じなのはそれだけだと、そう表現するべきか。


「…………ッ」


 何とか顔を上げた園田は再び『分析』を使う。


(数はさっきと同じ――でもこのサイズは……ッ!)


「100倍……100倍です! 直径6m、56個の火球が……このままでは……!」


「これならどうする?」


 笑うプラウは右手を降ろし。

 同時に火球が落下を始める。

 ひとつひとつが巨大。そしてそれがいくつも地上に落ち――猛烈な爆炎を撒き散らした。


 まさに絨毯爆撃。

 広範囲を紅蓮の炎が舐め尽くす。 


「ククク……ハハハハハハハハハッ!!」


 楽しくて仕方ない、そんな哄笑が地獄のような光景に響き渡った。

 

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