45.レベルを上げれば勝てると思いたいお年頃
「わたしの異能は空気の操作です」
粛々と園田は自身の異能の説明を始める。
……さっきまでの惨状は無かったことにするようだ。
「空気の操作……ってそれめちゃくちゃ強いんじゃないの?」
「と、思うんですけど……」
口ごもる。
あまり使うと脳を中心に身体に負担がかかる――それを言うべきか。
言ってしまえば神谷はきっと心配するだろう。最悪同行させてもらえなくなるかもしれない。
(やめておきましょう)
少なくとも、今のところは言わない方が良さそうだった。
「汎用性が高すぎて扱いが難しい――と言えばわかりますか。なんというか、粘土を大量に渡されて『これを使ってなにか作ってね』とだけ言われてるような……なんでもできそうですけど、だからこそ選択肢が多すぎてどうすればいいか途方に暮れる、みたいな感じです」
これは嘘ではない。
空気という決まった形の無いものをどうやって扱えばいいのか正直わかりかねるのだ。使いこなせばそれこそなんだって出来そうな異能ではあるのだが……園田は自らの想像力の無さを嘆いた。
「あーわかる。わたしオープンワールド系のゲームあんまり得意じゃないんだよね。まず何したらいいかわからなくなるっていうか」
「それはちょっとよくわからないですけど」
「ああ、うん……でも、ならあの銃は何に使うの?」
「あれはですね、」
園田は先ほどの騒動の際ベッドの下に放り込まれていた黒い銃を取り出す。
少し大ぶりなハンドガンである。
「いざ戦うってときになったら自然に生まれたんです。だからその時は風を圧縮して作った弾丸をメインに戦ってました」
「なるほど、じゃあ飛び道具で戦うって方向が分かりやすくて良さそうじゃない? それなら異能のイメージもしやすいだろうし。近接格闘のわたしとの相性もいいと思う。後ろから援護してもらう形で」
「銃から何かを飛ばして戦う感じですね」
「そそ」
正直、こういったやり取りを園田は楽しく感じていた。不謹慎かもしれないが、自分の意思で何かに打ち込むというのは初めてだったから。それも神谷と一緒にできるのだからひとしおだ。
「…………り。みどり!」
「っ! は、はい! なんですか?」
「じゃじゃーん」
神谷がぱっと右手を広げると、甲高い音とともに白い光に覆われた。
「わ……! やっぱり沙月さんも」
「うん、使えるっぽい。でもこれけっこう危険だな……不意に発動しないよう気を付けておこうね」
「はい」
もし今の神谷が異能を全力で振るえばこの寮を素手で全壊させることも容易いだろう。それだけの力が備わっている以上軽率に扱うわけにはいかない。それは園田も同じことだ。
「でもこっちで使えるのは完全に盲点だったな……それなら……」
「沙月さん」
「ん? なに、みどり」
「私、この異能を使う練習がしたいです。ただそのぶん【TESTAMENT】を始めるのが遅くなってしまいますが……でもできるだけ万全の状態で挑みたいんです。前回はわけもわからず戦うことになってしまったので」
このままでは駄目だ、と園田はずっと不安に思っていた。
神谷を手伝うことになったはいいが、今の自分で役に立てるのか。足手まといにはならないか。
自分に自信を持つには余りにも経験が足りていない。
まだ神谷の隣に胸を張って立つことが出来そうにない。
「もちろんいいよ。わたしもそうしようと思ってたから。それじゃあ期間は……」
「三日ください」
出来る限り時間をかけたくなかった。もちろん準備は大事だとは思うが、それと同じくらい早くゲームをクリアさせてあげたいという気持ちも強い。
だからこその提案だった。
三日あればそれなりに仕上げられるはずという、父親に様々な努力を強いられ続けていた園田だからこその分析だった。
だが、
「いや一週間」
「え……そんなにとっていいんですか!?」
「うん。確かに早くクリアしたいっていう気持ちはあるんだよ。でもちゃんと備えていかないとダメなんだ。だって無理して失敗したらさ、」
その先は言葉にしなかった。
口にしたら現実になってしまいそうで怖かったから。
「だから、要するに折衷案だね。早くクリアしたいけど準備もしなきゃ。だから一週間。これ以上やってもあんまり意味がないと思う」
「……わかりました。みっちりやりましょう!」
それからは場所と時間を決めていった。
学校から少し離れたところにある高速道路の高架下。寮のみんなが寝静まったころに始めることにした。寮生は運動部員が多く、就寝時間も早めなのは助かった。おあつらえ向きに寮長の北条も昨日から一週間以上寮を開けることになっている――というより、神谷が一週間と期間を設定したのはそれが大きな理由でもあったのだが。
他の人はまだ良くても、北条にだけは【TESTAMENT】のことがバレてはいけない。
彼女は寮生のことを第一に考えてくれていると神谷は思っている。だからバレてしまえば絶対に辞めさせられるだろう。どんな手段を使ってでも絶対に。
それだけは避けなければならない。
一日目。
「必殺技を作ろう!」
「いきなりですか!?」
二日目。
「みどり、そろそろ……」
「まだもうちょっと時間ください!」
「……うん、いいよ。わたしも付き合う」
四日目。
「へいみどり! それわたしに向かって撃ってみて!」
「えい!」
「あぶぁっ」
「ああっ顔面に!」
七日目。
「よし、このへんにしとこうか」
「おつかれさまでした」
放課後。
神谷の自室にて。
「満を持してって感じだね」
「ええ」
園田は学校の体育に使うジャージ上下に身を包んでいた。
神谷は上半身は園田と同じジャージ、下は制服のプリーツスカートだ。
二人ともスニーカーを履いている。
「沙月さん、下それでいいんですか」
「うん。わたしは脚も攻撃に使うからできるだけ動かしやすい方がいいかなと思って……まあほとんど気持ちの問題だけどさ」
「…………見えちゃいません?」
「いや、あっちには誰もいないから気にしなくても……それにスパッツ履いてるし」
ぴら、とスカートをめくってみせる。
たしかに紺色のスパッツが着用されていた。
「ぶっ!?」
「どうしたの?」
「そ、そんな風に見せたら駄目でしょう! えっち!」
「理不尽だ! ……もう、馬鹿なこと言ってないでそろそろ行くよ」
こっちは真剣なんですがと何やらぶつぶつ呟いている園田は放置して、既に起動していた白いゲーム機の画面を指でタッチする。
すると膨大な光が広がって二人を包み、そこで意識が一度途切れた。
そして。
【TESTAMENT】の起動三度目を迎える彼女たちを待っていたのは、燃え盛る都市と――これまでのプラウを遥かに凌駕する強さを持った苛烈な敵だった。
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