26.Heaven or Hell


 ギロチンのように振り下ろされる脚を、壁を背にたくましい両腕で何とか防ぐ。

 あまりの威力に硬直する筋骨隆々の男。それを見て、間髪入れずに飛び上がったチャイナ服の女は再び上から被せるように蹴り下ろす。だがそれも再びすんでのところでガードされる。


「……さすがに反応早いな」


 今だ、とタイミングを見計らって飛び上がる巨体の男。このままチャイナ女の頭上を飛び越え形勢逆転を狙う。だが、そうは問屋が卸さないと同時に飛び上がっていた女の手刀が肩口にめり込み、筋肉の塊を大地に叩き落とした。


「それはさすがに通せないよ」


「ぐぬぬ……」


 痛む身体に鞭打ち立ち上がった巨体。しかしチャイナ女の攻めは継続中だ。男のタンクトップの胸ぐらを乱暴に掴んだかと思うと、自身の三倍はあろうかという体躯を軽々と前方の壁に投げつけ、バウンドさせる。空中でなすすべも無く手足をばたつかせる男の顔面に、チャイナ女のしなやかな脚から繰り出される爪先が突き刺さった。吹き飛んだ筋肉ダルマがゴロゴロとバウンドしながら転がる様はまるで肉団子のようだ。


 しかし、巨体は決して少なくないダメージを受けつつもなお起き上がる。それを確認したチャイナ女は今度こそ引導を渡そうと、右足による高速の連続蹴りを叩きこもうとし――その瞬間。

 

 ぴきーん、という効果音と共にあたりが暗転し、男の身体が光り輝く。

 

「えっ」


 チャイナ女の放ったキックの弾幕を、まるで意にも介さずすり抜けた男は女の両腕をがっしりと掴むと、『Counter!』というシステムボイスと共にハンマー投げのように女を振り回し始める。


「よし勝ったぁ!」


「え!? 嘘でしょここから死ぬの!?」


 なおも回転を続ける筋肉男。凄まじい遠心力が生まれているのは想像に難くない。その回転はみるみる勢いを増し、その全エネルギーを乗せ、タンクトップの巨体は流れるようにチャイナを地面に叩きつけた。

 瞬間、まだ半分ほど残っていたチャイナ女の体力ゲージが一瞬にして空になり、同時に『KO!』という派手な文字が画面上で躍った。


「いやったーーーー!」


「マジかー……」


 ぐっと拳を突き上げ、快哉を叫んでいる黒髪で背の低い少女が神谷沙月かみやさつき

 がっくりと肩を落とす明るい髪をポニーテールにまとめている少女が光空陽菜みそらひな

 二人は最近発売された『ブレイズギア・アルティメット』という格闘ゲームで遊んでいる最中だった。

 今しがた、神谷操る大男――『ラグナロク長松』が超必殺技で光空操るチャイナ女――『フェイ』を撃破し大逆転勝利を決めたところだ。


「これで5勝4敗ね。いやー、やっぱりパワーだよ勝負を決めるのは」


「納得いかないっ! 完全にこっちが押してたのにぃ! ていうかさっきは「スピード最強!」とか言ってなかったっけ?」


「えへ、人間考えが変わることもあるの」


 珍しく噛みつく光空に、ニヤつきながら返す神谷。

 もっかい! と再戦を望む声に応え、キャラクター選択画面に戻る。


「今度は私がラグナロク長松使うからね。沙月はその日本刀のお兄さんとかでいいんじゃない?」


「やだ、次もラグナロク長松使う」


 空前のラグナロク長松ブームが巻き起こっていた。

 格闘ゲームの類において慣れないうちは重量級パワー型が猛威を振るうことが多く、この二人の間でもそれは例外ではなかったようだ。

 しばらく大男を取り合ったあげく、結局両方が使うということで落ち着いたらしく再び対戦がはじまった。ラグナロク長松ミラーマッチである。


「次は私が勝つから」


「次もわたしが勝つよ」


 狭い画面内を、所せましと二つの筋肉の塊が動き回るのを見ながら神谷は思った。

 めっちゃ楽しいな、と。

 ゲームのことが本当に好きかどうかわからない、などと思い悩んでいたさっきが嘘のようだった。

 勝手にうじうじ考えて自分から距離を取っていただけで、いざやってみるとこんなに楽しい。

 

 ああ、そうだ、と思い出す記憶がひとつ。

 カガミがいなくなったころ、悲しみを紛らわすために色んな趣味に手を出したがどれも全く続かなかった。

 だがゲームだけは違ったのだ。それだけには没頭できた。そもそも性格的にゲームという媒体が合っていたのだろう。有り体に言えば、気に入ってしまった。


 ――――なんだ。ちゃんと好きだったんだ。


 そんなことを、光空の操るラグナロク長松のフライングボディプレスに押し潰される自分のラグナロク長松を見つめながら漠然と思うのだった。

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