くみな! ただいま参上っ!

 それは、847と同じセイバーだった。

 だが、塗装は全く異なり、銀色のボディにリボンのような金色の帯が描かれている。

 そのセイバーが、銃撃を放つ。

 それに驚いたUFOは、とっさに847の背後から離脱した。

 直後、847の横を通り過ぎる。

 セイには、機首に描かれた数字「937」と、垂直尾翼に描かれた数字「92-7937」が一瞬だが見えた。

『闇を祓いし、黄金こがねの刃! 92-7937、くみな! ただいま参上っ!』

 堂々と旋回する、金色のセイバー「937」。

 そんな中で、陽気な少女の名乗りが響く。

 それはまるで、937自身が名乗っているようにも見えた。

『くみな……くみななのね!』

「全く、遅いですよリーダー!」

 はしなにも、セイにも、笑みが戻る。

『すまない、セイ。後は私が』

 すると、今度は冷静な男の声が無線で入ってきた。

 どうやら937のパイロットらしい。

 しかし、セイバーは1人乗りである。コックピットにはパイロット1人しかいない。

 ならば、陽気な少女の声は、一体どこから来るものなのか。

『ふっふーん、真のヒーローとは遅れてやってくるものなのだっ!』

『くみな、無駄話はそこまで。敵が来る』

『あ、了解! だぁりん!』

 賑やかな会話に引かれたように、UFOの目標が937へ変わる。

 937も、翼についた金色のタンクを捨て、真正面から迎え撃った。

 交差する、2機の軌跡。

 そこから、両者は互いの背後を狙い旋回を繰り返し始める。

 だが、タンクを捨てて身軽になった937の旋回は、847より鋭い。

 あっという間に、UFOの背後を取ってしまう。

 射撃開始。

 弾はばらけており、数発がUFOに命中しただけで決定打にはならない。

 射撃2回目。

 再び数発弾が命中し、UFOの姿勢が明らかに崩れた。

 そして、射撃3回目。

 UFOの全身が青く染まり、砕けるように光の粒と化して音もなく消え去った。

『やったあーっ! くみな、やりましたっ! ねえだぁりん、褒めて褒めてー!』

『ああ、よくやったよ、くみな』

『えっへへー』

 消えたUFOを見届け、勝利の旋回を繰り返す937。

 それを、姿勢を立て直した847が、静かに見守っていた。

『本当にいつもありがとう、くみな』

『なあーに、お安い御用ってもんよ!』

『無駄話はそこまで。セイ、時間がない。すぐ着陸するんだ』

「了解。はしな、もう少しの辛抱だ」

 指示を受けたセイとはしなは、疲れを湛えながらも安堵し、ようやく帰路に就いたのだった。


     * * *


 937が隣に付き添うされる形で、滑走路へ着陸した847。

 静まり返った駐機場エプロンに、古風なエンジン音を響かせてやってきた2機のセイバーは、所定の位置で横一列に並んで止まり、エンジンを停止。

 すると、2機のセイバーは不意に光に包まれ、その姿を縮め、2人の男と2人の少女に姿を変えた。

 847が姿を変えたのは、先程までコックピットに映っていた少女はしなと、パイロットのセイ。

 ダンサーを連想させるシャツとズボンを着ていたはしなは、姿を見せるや否やふらりと倒れ込んでしまう。背中まで伸びた青と朱の髪が、ふわりと舞う。

 とっさに、隣にいたセイが両腕で受け止める。

 彼はいつの間にかヘルメットやマスクを外していて、体育会系を思わせるベリーショートヘアーの若々しい顔を露わにしていた。服装もフライトスーツからジャケット姿になっている。

「やっぱり、赤くなってる」

 セイは、はしなの首元を見てつぶやく。

 本来は青かったチョーカーの水晶が、音もなく赤く点滅していた。

「セイ……ごめんなさい……」

 弱々しくセイの顔を見上げるはしな。

 その目は、妙に艶めかしい色を帯びていた。

「私、もう――」

 震える手が、セイの頬にそっと伸びる。

 そして、目を閉じると顔を引き寄せ強引に唇を己の唇で塞いだ。

 長く砂漠を歩いた末やっと水にありつけたかのように、塞いだ唇を激しく吸うはしな。

 セイはまるでわかっていたかのように、抵抗する事なくそれを受け入れる。

 息が苦しくなるまで続く、2人の口付け。

 未練がましく唇同士が離れた時、両者の口と口を繋ぐ白い糸が一瞬できた。

「謝る事ねえだろ。死にかけてるって言うのに」

 セイはそう言うと、はしなの体を軽々と両手で抱き上げる。

 所謂『お姫様抱っこ』の状態になっても、はしなはしっかりとセイに抱き着き、まだ足りないとばかりに短い間隔で口付けを続ける。

「……んっ、でも、体が、熱くて……んむっ、今すぐにでも、脱ぎたいくらい……」

「待ってろ、すぐベッドに連れてってやるからな」

 セイははしなと口付けを続けながら、足早に施設へと駆けていく。

 そんな2人の様子を、もう一組の男女が静かに見守っていた。

 片方は、セイと同じジャケットを着た、低いポニーテールの若い男。

 もう片方は、低めのツインテールに分けられた金髪と、黄色と黒のチェッカー模様のヘアバンドが目立つ、サロペット姿の少女。

「ね、ねえだぁりん、よかったら、くみな達も――」

 少女が、だぁりんと呼ぶ男の腕に色目を使って抱き着いてきた。

 ダメ押しとばかりに、サロペットの上からでもわかる、たわわな胸の膨らみをわざとらしく腕に押し付けてくる。

「まだ青いよ」

 だが男は、少女の首元を指差して冷静に指摘する。

 首元には、はしなについているものと同じチョーカーがあり、水晶は青く光っている。

 へ、と動揺した少女に対し、男は顔色ひとつ変えずに忠告する。

「健康体なのに食べ過ぎるのは、体に毒。それに、夜のメインディッシュ感が減る」

「えー、でもセイはめっちゃ大食いじゃん。はしなに対しても――」

「あの人は例外中の例外。素人が真似していいものじゃありません。だからくみな、君との営みは『一日最後のお楽しみ』だ」

「むー……」

 男の穏やかな笑みには反論できないのか、悔しそうに頬を膨らましつつ、しぶしぶ腕を離す少女――くみな。

「そもそも――」

 男が顔を戻した時、世界に変化が訪れた。

 誰もいなかった駐機場エプロンに、突如ワープしてきたように次々と姿を現す人、人、人。

 この飛行場の整備士達だ。

 彼らは先程起きていた戦いの事などまるで気付いていないように、それぞれの作業に没頭している。

 それを見た男は、目を僅かに細めて言葉を続けた。

「俺達には、まだやらなきゃならない事もある」

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