第33話 トライアルハント(相互試用)

 オンラインゲームである『HMFL』に於いては、狩りに出かける際に、知人友人だけでなく、たまたま(ゲーム内の集会所で)出会ったプレイヤーと臨時で組む、いわゆる“野良徒党”は当たり前の話だった。

 コミュ力高めってほどじゃないが、人並み程度にはあるつもりの双葉おれも、足掛け7年のプレイ期間中に数えきれないほどの野良徒党を組んできたし、狩りの後に改めてギルドカードを交わして“猟友フレンド”になった相手もたくさんいる。

 だからこそ誤解してたんだが……この世界、ゲーム『HMFL』とよく似てはいるが微妙に異なる現実の世界では、そんな簡単に野良徒党が成立するはずがなかったのだ。


  * * *  


 協会付属の食堂で砂地芋デザートポテトの蒸し焼きを軽く(といってもタレント基準なので結構な量ですが)摘みつつ、話しかけてきた自称「中堅後衛」の(少々“チャラい”格好をした)青年ハーレィと相談した結果、リーヴ一行は彼と組んで重甲象狩りに挑むことを決めました。

 雑談がてら色々聞いてみたところ、幸いに相手むこうもランク70台の後半で、それなりの手練れであることがわかりましたし、報酬その他の条件などについても、巧く折り合いがつけられたからです。

 ただし……。


 「では、明日の早朝、ここら集合して重甲象狩りに出かけることに……」

 「え? いや、待てまてマテ!」

 早速エノーモスへのリベンジを果たそうと、リーヴが切り出したところ、慌てるハーレィに制止されました。

 「? 何か明日は別の用でもあったのか?」

 「いや、そうじゃなくて……」

 ふと何かに気付いたようにハーレィは言葉を切りました。

 「──もしかしてアンタ、徒党パーティじゃなくもっぱら単独ソロでの狩りに慣れてるタイプかい?」

 「別にそんなことは……」

 否定しかけて、リーヴは言葉に詰まります。

 確かに、『HMFL』ではたくさんの狩猟士プレイヤーと組んで狩りはしてきました。

 また、此方このせかいに来てからも、多くの後輩や教え子たちと一緒に狩場に出かけたことはあります。

 ですが──女狩猟士リーヴになってから、対等な立場で相応の実力のある面子メンバー徒党パーティを組み、体力と精神力の限界に挑戦するようなギリギリの獲物あいてに挑むようなことは、はたしてあったでしょうか?

 強いて言うなら、ヴェスパの両親と一緒に行った洞窟で遭遇したギガントアショトル狩りは、確かにリーヴの能力をもってしてもかなりキビしい巨獣でしたが、あの時はそばに達人級マスタークラス狩猟師ハントマイスターというデタラメな存在がふたりもいたため、逆にそれほど危機感を覚えていません。

 「……いや、確かに、徒党での狩りは、基本的に自分より下位の狩猟士を教え導くためにやることがほとんどだったか」

 訓練所の教官をやってるので、と付け加えます。

 「あ~、駆け出し連中の先生いんそつ役な。悪いけど、ソレと本来の徒党での狩猟は大きく違うから」

 納まりの悪い赤毛の蓬髪をガシガシと掻きながら、青年狩猟士が顔をしかめつつ呟きます。

 「それはわかる、つもりだ」

 本来、狩猟士の徒党とは、「誰かが他のメンバーを一方的に見守り、保護する」のではなく、「各自が狩猟に必要な役割を担い、それを的確に果たしつつ、ミスがあった時は互いにフォローする」というのが理想です。

 なかには、ひとりが強力なリーダーシップをもって司令塔の役割を果たすタイプの徒党もありますが、それならばなおのことリーダーが他メンバーの能力や癖などを正確に把握していなければなりません。


 「つまり、強敵に挑む前に、我々は互いの能力その他を知らないといけない、と?」

 「そーいうコトだな。で、そのためにも事前に軽めの依頼をひとつふたつこなしておこうぜ……ってのが、俺からの提案だ」

 それは、リーヴから見ても、実に合理的で納得のいく提案でした。

 むしろ、なぜそのコトに思い至らなかったのか、と自分に呆れるくらいです。

 言い訳するならば、仮に巨獣や怪獣相手に力尽きても、3度までは体力全開リスポーンで挑めるゲームでの上級狩猟の感覚が、未だ双葉リーヴから抜けきっていなかったのでしょう。

 野良徒党を組んだ際は、最低限の常識を守っているなら、多少ヘマをしても「ドンマイ!」とあまり強く責めないのが『HMFL』に於ける礼儀マナーでした。

 しかし、この世界では「力尽きる≒死」なのですから、徒党仲間の見極めにはよりシビアになって然るべきなのです。

 そういう面では、ランク82の立派なベテラン&上級狩猟士とは言え、ある意味リーヴは、1から徒党を組み、四苦八苦しながらランクを上げている下級狩猟士より見通しが甘いとも言えるでしょう。

 「わかった。むしろ、こちらからお願いしたい」

 「了解しましたわ」「はいでス」

 雇用主マスターであるリーヴが賛成したので、彼女に従う支援役アシスタントのカラバとケロにも異論はないようでした。


  * * *  


 私達──私とハーレィ+支援役ふたりが重甲象狩りに先立つ“予行演習”として選んだのは、【小形象5頭分の素材の納品】というランク30以上の下級狩猟士ならギリギリ可能な難度の依頼しごとだった。

 小形象パントスは名前に“小形”とついてはいるが、実際の大きさは地球のインドゾウくらいはある鼻操種の大型獣だ。

 形状や生態も地球のゾウに似ているが、強いて違いを上げれば、胴体が心持ちスマートでゾウよりも幾分機敏に動けることだろうか。さらに胴体部の皮膚もより丈夫で、生半可な刃物では傷つけられない──という一文がHMFLの解説にあった気がする。

 (まぁ、上級まで上がった狩猟士の武器は、たとえ片手剣といえども“生半可”と形容されることは、まずないだろうけどな)


 巨獣と大型獣という違いはあれど、同じ鼻操種なので基本的な動きなどにはエノーモスと似ている点もあるので、この依頼を選んだのだが……。

 結論から言おう。依頼は、時間切れや大きな負傷などのトラブルもなく成功した。

 私達はいくらかの余分も含めて7頭のパントスを倒し、美品といってよい素材5頭分を協会に納品することはできた。そう、「できた」のだが……。

 生憎あいにく、今回の主目的である「リーヴとハーレィの狩猟スタイルを互いに把握し、少しでも連携をスムーズにする」という面では、大いに問題を残す結果となったのだ。


 「とりあえず、先にソロ主体でやってきたアンタの動きが見てみたい」と言われたので、まずは私単独でパントスに挑むこととなった。ケロたち支援役も今回は見学だ。


 “隠密”の上位スキル“隠形”を発動し、灌木に身を隠しつつ食事中の小形象に斜め後ろから接近する。

 それでもなにがしかの気配を感じたのか、ふとパントスが草を齧るのを止めた瞬間──大きく降りかぶった「百屯煩魔」を地面にたたきつけ、反動を利用して“棒高跳び”で宙に舞う。さらに空中で体勢を整えつつ、振り返った小形象の頭にハンマーの一撃を叩き込む!

 上級狩猟士向けの大型獣だけあって、この一発だけでは倒せないが、それでも脳震盪を起こしたようで、動きが格段に鈍っている……ところにさらにアッパースイングでもう一発!

 あとは鞭のようにしなる長い鼻の動きに注意しつつ、ラッシュを叩き込み続ければ、おおよそ1分余りでパントスは地に伏すこととなった。

 「ふむ。コイツを狩るのは久しぶりだが、意外と巧くいったか」

 呼吸を整えつつ、少し離れて観察していたはずのハーレィの方を振り向いた私の顔は、おそらく“ドヤ顔”状態だったに違いない。

 だが……意外にも彼は、頭痛を堪えるような表情でこめかみを両手の中指で揉んでいた。

 「あーーーうん。とりあえず俺と組んで狩りしてる時には、さっきの大道芸アクロバットは止めてくれ。闘技場の花形スター以外であんなことやるヤツ初めてみたぞ」

 む……いや、確かに巧く獲物にキまればよいが、味方に誤射ならぬ“誤打”したらシャレにならないか。

 「それと、“隠密”系のスキルを使ってるみたいだけど、他の並人にんげんと組む時は使わないほうが無難だな。獣人や龍人ならともかく、普通の人間だと見失う可能性が高い」

 なるほど、コチラも誤射対策か。

 「それと……」

 まだあるのか!?


 ──結局、その後も様々な面からハーレィに注文ケチをつけられ(しかも一理あることばかりなので)、私は大いに凹むことになったのだった。

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