外伝その5. とある女性狩猟士の休日

──カーン…カーン…カーン……


 時代劇などで耳にした半鐘に似た鐘の音が窓の外から聞こえてきて、わたしは寝台ベッドの上で目を覚ましました。


 「ふわぁ……そろそろ起きる時間ですね」

 少しだけ残った眠気を振り払って、寝台から身を起こします。

 無意識に寝台横のサイドテーブルを手探りしかけて、すぐに気づいて手を引っ込めます。

 「なかなか抜けないものですね、習慣というのは」

 かなり視力の悪かった“以前”は、朝起きて一番にするのが「眼鏡をかける」ことだったのですが、“こちらの世界”に来るとき、神様(いえ、声や言葉遣いが女性っぽかったので女神様でしょうか)が「アチラで眼鏡かけていると色々不便でしょう」と視力を両目1.5に回復してくださったのです。

 裸眼でも視界がクリアーだなんて小学生時代以来で、“こちら”に来て良かったと思える数少ない事柄のひとつですね。


 ──もったいぶっても仕方ないので白状してしまいますが、わたしはいわゆる“転生者”です。

 本名は田中史花、此方このせかいでは単に「フミカ」と名乗っています。

 なんでも、転生に携わった女神様いわく、わたしは地球の列車事故で死亡したのですが、その事故自体が別の世界の神様のミスによるものだったそうで……。

 かといって、すでに衆目に晒されて確定しているわたし達(わたし以外にも10数人、死者がいたそうです)の“死亡”をおおっぴらに覆すわけにはいかないので、別の世界に記憶を持ったまま転生させるという形で、補償することになったのだとか。

 その際、どのような世界に転生するのかと、付加する特技(?)の内容を選ばせてくれるという話でしたので、わたしは「自然と緑が多くて、竜とか人に友好的な亜人とかもいる世界」に、「どんな強い敵の攻撃を受けてもダメージを受けない無敵の防御能力」を希望しました。

 ええ、お恥ずかしながら、わたし読書が好きで、なかでも『指●物語』や『ロ●ドス島戦記』みたいなファンタジーの世界に憧れていました。

 現代っ子(ちなみに享年19歳・大学生でした)ですから、テレビゲームやアニメの類いも多少はたしなみましたし、そちらの影響もあったんでしょうね。

 そうして連れて来られたこの世界は──正直に言えば、いささか想像していたのとは異なる世界でした。

 個人的には、錬金術士の女の子たちが活躍する某シリーズみたいな世界をイメージしていて、自分も魔術や錬金術を学んでみたかったのですが、実際に放り込まれたのは『ジュラシ●クパーク』というか『ロストワ●ルド』というか……。

 転生後しばらくして夢の中で女神様と会話する機会があったのですが、それによると『ハンティングモンスター・フロントライン』というアクションゲームを模した世界なのだそうです。

 わたし、運動神経がいまひとつなので、アクションゲームは苦手なんですけど……と言うか、それ以前に随分と殺伐とした背景を持つ世界でした。いえ、「魔王軍の侵略を受けて、人類滅亡まで秒読みに入っている」なんて古典的RPGの世界に比べたら、随分穏当ではあるのですが。


 ともあれ、愚痴っていても仕方ありません。幸い、わたしには「無敵の防御力」がありますから、多少どんくさくてもこの世界の花形にして必須職業でもある狩猟士ハントマンとしてやっていくことはできるでしょう。

 そう腹を括って、わたしは狩猟士訓練所の門を叩いたのです。

 予想通り体を動かすことには少々苦戦しましたが、幸い座学で巨獣モンスターや採集物に関する知識を覚えるのは得意でしたので、平均より2日遅れで訓練所の基礎コースを卒業することはできました。

 その後、訓練所で同期だった方たちと運よく徒党パーティを組むことができ、そのうちのひとりが戦闘慣れしていた(前職は衛兵さんだそうです)こともあって、それなりに順調に狩猟士としての経歴キャリアを積むことができました。

 女性ばかり4人、しかもわたしも含めて素質タレントを持たない者が半数を占めるというハンデがあったにも関わらず、むしろ標準よりかなり短い期間で、新米ルーキーから下級アプレンティスへと昇格できたのは、運もあったのでしょうが、戦闘経験があるサニーさんがリーダーとして引っ張ってくださったからでしょうね。


 小さなミスや齟齬こそあれ、そんな風にほぼ順風満帆といってよい狩猟士生活ハントマンライフを送っていたからでしょうか。わたしの心にも少なからぬ慢心が生じていたようです。

 単独でごく簡単な(ように見える)依頼クエストを請けて……結果から言うと失敗して生命の危機に瀕し、少なからぬ心理的外傷トラウマを背負うことになりました。

 けれど、そんな状態のわたしを徒党なかまのみんなは見捨てず、励まし、色々気遣ってくださったので、何とか立ち直ることができたのです。あの時ほど、友人なかまの存在を心強く思ったことはありません。


 ……と、朝早くから物思いにふけっていても埒があきませんね。

 わたしは、寝台から降りて、軽く身支度を整えます。


 狩猟士の中には(女性も含め)「寝るときは下着インナー姿になればいいじゃん」という方も少なくないのですが、わたしはまだ現代日本での習慣を引きずっているので夜着に着替えています──といっても、某アルプスの少女みたいな簡素シンプルな袖無しの生成り地ワンピース一枚(プラス、ショーツ)という格好ですが。

 今わたしが寝起きしている2プロト半四方ほどのこの部屋は、宿屋と短期賃貸アパートを兼ねたような形態のお店の2階で、わたしたちの徒党は全員、この2階に並びで部屋を月単位で借りています。

 他の泊まり客の方も女性ばかり(地球で言う女子寮みたいな感じでしょうか)ですし、そういう意味では多少ラフな格好で廊下をうろついていても気にすることはないのかもしれませんが……そこまでの思い切りは、わたしにはありません。


 夜着を脱いで枕元に畳んで置くと、わたしは普段着に着替えました。

 ダンガリーに近い感触の黒く染めた布地の長袖シャツに袖を通し、首元までボタンを留めます。ボトムは草色に近い濃緑色の膝丈スカート。この上に白い袖無しエプロンを着けるのがこの地方の若い女性の習慣ならわししです。足元は紺のハイソックスとかかとが低めの革のスリップオン。

 依頼おしごとの時は、上に防具を着ける関係でもっと動きやすい(その分露出も多い)服装をしているのですが、町中ではなるだけこういう目立たない格好をするようにしています。

 その、こちらが女性狩猟士と見ると、同業非同業問わず無用に絡んでくる人もいますので……。

 徒党仲間のサニーさんのように腕っ節に自信があれば、堂々と自分が狩猟士であることを喧伝していてもよいのでしょうが、わたしは下級狩猟士とは言え素質持ちではなく、近接戦が得意な前衛でもありませんから。


 今日は狩猟おしごとはお休みですが、休日だからこそできる事というのもあります。

 財布その他の入った小革鞄ポーチを持って部屋を出ると、ちょうど徒党仲間のひとりと顔を合わせました。

 「あ、フミカ殿、おはようでござる」

 「はい、おはようございます、スフィアちゃん」

 元気な(ちょっと早朝にしては大きすぎるかも?)声で、わたしに挨拶してくれたのは、徒党ウチの前衛の片割れであるスフィアちゃん。

 この町の出身で、ご実家は兵士や狩猟士に武術の基礎を教える道場を営んでおられるのだとか。

 まだ15歳で背はわたしより2ミプロ(≒10センチ)ほど低いのですが、実家で剣術の基本を学んでいたおかげか、危なげなく刀を振るって立ち回れる立派な我が徒党のアタッカーです。

 低めの身長も、素質持ちなのでこれからぐんぐん伸びるでしょうしね。


 「フミカ殿も朝の鍛錬でござるか?」

 「はい。少しずつでも弓使いとして成長できれば、と思いまして」

 狩猟士としてのわたしは、短弓ショートボウを使う後衛です。

 射程が非常に長く、それでいてカタナ重槍ランス並みのダメージを叩き出す長弓ロングボウと異なり、短弓は純粋な攻撃力は拘束鞭バインドウィップロッドに次いで低いですし、射程も4種の飛び道具中、一番短いというハンデを背負っています。

 そのぶん、連射できる(と言っても、わたしの場合1~2秒で1発射るのがせいぜいですが)ため、多人数による狩猟では、おもに獲物てきの牽制や行動妨害(動きかけた瞬間に目元に矢を撃ち込んで出鼻を挫くなど)を担当することになります。

 その役目を果たすためには、正確で迅速な弓射が不可欠です。此方このせかいに来るまで、弓なんて触ったこともなかったわたしは、圧倒的に練習量けいけんちが足りていません。

 そこで、スフィアちゃん経由で道場の一角にある射撃場を貸していただき、弓の練習をしているのです。

 スフィアちゃん自身も、午前中に依頼しごとの予定がない時は、朝は実家の道場に顔を出して剣術の稽古に励んでますから、こんな風に顔を合わせて同行することがよくあります。


 「──そう言えば、少し気になったのですが……」

 道場までの僅かな時間、ちょっとした雑談を交わします。

 「? なんでござるか、フミカ殿」

 「いえ、この町にご実家があるのに、どうしてわたしたちと同じ宿に泊まってらっしゃるのかな、と」

 「ああ、なるほど」

 いつも天真爛漫なスフィアちゃんが、珍しく「苦笑」とも言うべき複雑な笑みを浮かべています。

 「実家いえにいると、母上はともかく、父上が過保護過ぎてうるさいのでござるよ。それに、狩猟士として働き始めた以上、拙者若輩ではあり申すが、まがりなりにも一人前の大人……のハシクレではあります故」

 確かに、中卒でも社会に出て働き始めたのなら社会人だという理屈は、ある意味もっともな話です。まだ若い(幼い?)娘のことを心配なさるスフィアちゃんのお父様のお気持ちも、わからなくはありませんが……。


 道場では、実戦かりのばを意識して、的から30プロトくらい離れた位置で、立ち止まらず軽く歩きながらなるべく速く矢を射る稽古を続けます。

 「……100本射て、的の中央付近に当たるのがギリギリ半数ですか。まだまだですね」

 「お、おう(いやいやいや、弓術師範とか狙撃兵とかでない限り、それだけ当たれば十分でござるよ?)」

 お稽古を終えて、こちらを見物していたスフィアちゃんが、なんだか不思議な表情をしています。

 ? わたし、何か失礼なことでもやってしまったのでしょうか?


  *  *  *  


 スフィアちゃんのお母様のご厚意で、道場で朝食をご馳走になったあと、わたしは、まだしばらく実家にいるというスフィアちゃんと別れ、徒党仲間にして“師”である人物のいるであろう場所へ向かいました。

 「──こんにちは」

 「いらっしゃい、フミカさん」

 わたしたちの宿のある七番通りから、歩いて10分ほどの場所にある、庭付きの小さな家(というより“庵”と言うべきかも)。そこで待っているのは、わたしと同じく後衛で、軽弩クロスボウでさまざまな効果の弩弾ボルトを自在に撃ち分けるビギンさん。

 実は彼女このかた、この世界では希少な錬金術士アルケミストでもあるのです! 当然、この家は錬金術士の工房になっています。

 「と、申しましても、亡くなった祖父から幾許か手解きを受けた程度の、まだまだ修行中の身なのですけれど」

 ……などと謙遜されていますが、わたしが狩猟士協会の資料室で調べた限りでは、ビギンさんクラスの腕前があれば立派に錬金術士として独り立ち可能で、それどころか町役場あたりから専属契約のスカウトを受けてもおかしくありません。

 「お役所仕事は、できれば遠慮したいですね。まだまだ自分の腕も磨きたいですし」

 なんでも、役場と契約を結んで公認錬金術士になると、軍や狩猟士協会が必要とする品をできるだけ迅速・大量に納入することが求められるそうです。

 「それはそれで、ある意味、製造者つくりてとしての技量は上がるのでしょうが、創造的クリエイティブとは言えない気がして……」

 確かに、例のシリーズの影響があるせいかもしれませんが、錬金術士と言うとフリーダムに好きなものを色々工夫しつつ創るというイメージをわたしも抱いています。

 研究者としての自由な立場を護るため、あえて錬金術士として生計を立てることはせず、生活費(+各種素材)を狩猟士として稼ぐ道を、ビギンさんは選ばれたのです(ちなみに、この方が使用する軽弩の弾はすべて自作品です)。

 その話を聞いた時、ビギンさんの意思の強さに、わたしは大いに感銘を受けました。

 そして、一度は断念した“夢”ですが、このひとに弟子入りすれば叶うのではないかと思い至り、熱心に頼み込んだ結果、なんとか錬金術の基礎を教えていただけることになりました。


 「あの時のフミカさんの勢いは、怖いくらいでしたしね」

 乳鉢で転進草ローリングラスの種をゴリゴリとすり潰しながら、ちょっと困ったような顔で言うビギンさんのその言葉に、わたしは恥じ入るばかりです。

 「申し訳ありません。長年の夢が叶うかもと思うと、つい……」

 「ああ、いえ、迷惑というワケではないんですよ。ただ、私自身も修行中の身で弟子をとるというのが、なんとも滑稽に思えたものですから」

 現代日本で例えるなら、「大学院で学んでいる院生の身で、学部生を指導する」みたいな感覚なのでしょうか。珍しいですが、ないわけでもありませんよね?

 ともあれ、現在は、今日みたいな休養日の午前に、半刻(≒1時間)ほどの時間、座学指導を受け、その代償として1刻ばかりビギンさんの調合を手伝うという約束けいやくになっています。

 ──あれ? これって実質、実技指導みたいなものですから、わたし、何も損してないんじゃあ……。

 「あはは、まぁ、今お教えしてるのって、本当に基礎の基礎ですから。徒党で使う薬類の調合なども覚えていただければ、私もその分楽できますし」

 本当にビギンさんには頭が上がりません。

 「えーと、ところでフミカさん、ひとつ気になっていたんですが」

 「? 何でしょうか」

 「どうしてスフィアは“ちゃん”付けで、私の方は“さん”なんでしょう。わたし、まだ16歳であの子とひとつしか違わないんですけど」

 !

 「い、いえ、その、いくら年下とは言え、師匠筋にあたる方を“ちゃん”付けで呼ぶのは、さすがに失礼かと思いまして」

 (落ち着いた雰囲気だから、てっきりわたしと同い年くらいかと思ってたことは言わない方がいいですよね?)


  *  *  *  


 今日は“錬金術の応用による干果と乾酪の急速製造法”を教わったあと、作ったばかりのドライフルーツ(ベリー)とチーズをパンにはさんだサンドイッチにハーブティーを添えた昼食を、ご馳走になってしまいました。

 ビギンさんは午後はご自分の研究と修練を進められるそうなので、わたしはお礼を言って工房を辞去しました。

 ちなみに、工房内には寝台などがない(そもそも物が一杯で生活スペースがほぼ皆無な)ため、朝晩の食事と夜の休養はビギンさんも宿に借りた部屋でとられています。


 「ぅぅ……なんだかビギンさんには借りばかり作ってるような気がします」

 (例の単独依頼失敗事件の時も、お薬の格安提供で随分お世話になっていますから、そのうち本気で何かお返しした方がよいのでしょうね)

 そんなことを考えながら、わたしは冷やかし含めた買い物がてら、宿近くの商店街を見て回ることにしました。


 地球にいた頃は、半引き籠りの活字中毒者ビブリオマニアだったことを考えると、わたしも随分と健康的になったものです。

 (中毒になるほど読む本が存在しない、というのもあるのでしょうね)

 このパンバーの街は、ルノワガルデ公国内で3、4番目に大きな街だけあって一応“本屋”と呼べる店も存在するのですが、現代日本と比べるとやはり書物は高価です。

 一般に狩猟士は高給取りのお金持ちのように思われていますが、わたし達のような下級アプレンティスに上がりたての新米ルーキーに毛が生えた程度の者では、装備費と消耗品の補填に報酬の半分近くが消えるのが普通で、かつかつとは言いませんが、それほど余裕があるワケでもありません。

 財布の中身と今月末の部屋賃の支払いを思い浮かべて、わたしは本屋の店先で惹かれた『鋼鉄はがね叙事詩サーガ』と題する一連の書の購入を渋々断念しました。


 代わりに、革製品屋さんで具合の良さそうな長靴ブーツが出ていたので、お金を払い、サイズを微調整してもらってから購入します。

 「お嬢さん、お目が高い! そいつは西部産のメガバフズの革使っているから、とにかく丈夫で長持ち、しかも重さもそれほどじゃないからね」

 店員さんの売り口上も満更嘘でなさそうで、その場で履き替え、軽く足踏みやジャンプしてみた感覚も悪くありません。これなら狩猟場にも履いて行けそうです。

 この出費で他に衣類を買う余裕はなくなりましたが、それでも目ぼしいものがないか(もしあれば、お店と交渉してしばらく取り置きしてもらうこともできます)一応チェックするようになったあたり、わたしも随分とこちらの商習慣に馴染んだものですね。


  *  *  *  


 宿に帰ると、玄関口に隣接した食堂で、徒党リーダーのサニーさんがエールのジョッキ片手にすっかりできあがっているのが見てとれました。

 ──これからご飯食べにあちらに行くと絡まれそうですね。幸い、まだそれほどお腹もすいていませんから、もう少し時間が経ってから行きましょう。

 少々手持ち無沙汰になったわたしは、協会の資料室で調べた巨獣の資料からの抜粋や、ビギンさんの講義の内容を書き留めた雑記帳ノートを読み返すことにしました。

 ちなみにこの雑記帳、A4くらいのサイズで藁半紙みたいな紙が20頁ほど綴じられた代物ですが、宿賃一泊分に近い値段がします。幸いにして鉛筆と近似の筆記用具があるため、ある程度小さめの字を書くこともできるのですが、その筆記具自体もかなりお高い食堂の一食分くらいするのです。

 紙も鉛筆モドキも錬金術の応用で自作できるらしいので、読み魔であるのと同じくらいメモ魔でもあったわたしとしては、早く上達して少しでも筆記関連の費用を浮かせたいところ。そういう意味でも、錬金術を覚えられる程度の魔力がわたしに備わっていたのは幸運でした。


 1刻ばかり経って、そろそろサニーさんが部屋に帰った(あの方はお酒は好きですが、泥酔するほどは滅多に飲まれません)頃合いを見計らって、1階の食堂に下ります。

 今日の日替わり定食は、養殖クック肉のソテーと、バイオレットリーフに雪葱を散らしたマリネ、主食は香味茸と飼羊シヴォミルク入りリゾットでした。

 元日本人としては時々お米が食べたくなるのですが、この世界にも一応お米に近い穀物は存在します(ただし水稲ではなく陸稲らしいです)。

 気候の関係でルノワガルデ国内ではほとんど栽培されていないのですが、幸いにしてこの宿の厨房長さんが南方の出身でそちらとツテがあるらしく、今日みたいにコメを使ったメニューが時々食卓に並ぶのがうれしいところです。

 (もっとも、その大半がリゾットかピラフ、さもなければお粥なのですが……まぁ、贅沢は言うべきではありませんね)


 晩ごはんのあと、口をゆすぎ、タライにお湯をもらって部屋に戻りました。

 こちらでは銭湯おふろはかなり贅沢こうかなので、狩猟に行かなかった日は、こんな風にお湯を絞った手拭で体を拭くだけに留めるようにしています。


 (住めば都とは言いますが、意外と慣れるものですね)

 現代日本の標準からすると信じられないほど単純シンプル、あるいは原始的プリミティブで不便な生活くらしですが、じつはそれほど不満がないのは、自分でも意外です。


 明日は朝一番に狩猟士協会に集合で、依頼を請ける予定なので、少し早いですが、今日はそろそろ寝てしまいましょう。

 わたしは夜着に着替えると、やや堅めの寝台に仰向けに横たわり、上掛け布団を被って目を閉じました。


 (明日の…標的ターゲットは………大角羚羊……でした、ね)


 まだ見ぬ巨獣の姿を脳裏に思い描きながら、わたしは眠りの世界に落ちていきました。

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