第5話 ミスカリキュレイト(誤算)

 現代日本において、比較的老舗のゲームメーカー“COMPs(コンプス)”。シューティングアクションや対戦格闘、ホラーアドベンチャーなど、多彩な分野で実績を残していた同社が、21世紀初頭に満を持して発売したトライステーション用アクションゲーム『ハンティングモンスター・フロンティア』ですが、世に出た当初は、ゲーム業界に限ってもそれほど大きな影響は与えませんでした。

 いくつかのゲーム雑誌や関連メディアはレビューなどで高い評価をつけたものの、広告戦略がいまひとつ噛み合わなかったこともあってか「ちょっとコアな人なら知ってる名作」止まり。発売本数はDL版含めて20万本は超えたので、一応ヒットしたと言えますが、それでも「爆発的な人気を得た」「広く人口に膾炙した」というには遠い状況です。


 しかし、開発チームがよほど自信があったのか、あるいは執念か、家庭用版発売の1年後に『ハンティングモンスター・フロントライン』と微妙に名前を変えた同作のPC版を発表します。

 PC版は家庭用版に比べてオンラインによる協力プレイ機能が大幅に強化されたうえ、ゲーム自体は基本無料というガチっぷり(ただし無課金だと一日1回しかクエストを受注できません)。未だ日本製の基本無料のゲームがそれほど多くなかった時期だったことと、コンプスというゲームブランドへの信頼度もあって、PCでオンラインゲームができる環境のゲーマーたちが「物は試し」とダウンロードして──見事にハマりました。

 口コミと掲示板等のネットを介して一気に評判が広がり、結果、サービス開始後1週間でプレイヤー数が開始初日の30倍を超えるという人気ぶりを博します。人気が人気を呼び、サービスから1年が経つ頃には課金プレイヤーだけでも100万人を超える、日本のオンラインゲーム界でトップレベルの人気タイトルとなり、“狩りゲー”、“ハンティングアクション”というジャンルの草分けとなったのです。


 ゲーム業界(だけに限りませんが)では「柳の下のドジョウ」を狙うのが通例ですから、その後、他社からも『デビルイーター』、『討魔録』といった狩りゲーのパクり……もといフォロワーも多数リリースされましたが、名前を挙げた2タイトル以外は結局鳴かず飛ばずな結果に終わりました。

 これは、『ハンティングモンスター・フロントライン』(そしてHMFLをかなり研究して作られたと思しき『デビルイーター』、『討魔録』)が、“オンラインRPG”ではなくあくまで“オンラインアクションゲーム”だったことに一因があると思われます。


 ゲームプレイヤーのモチベーションを保つための方法はいろいろありますが、そのなかでも比較的容易で確実な手段が“レベルアップ”です。特に日本人は他の国と比べてもRPG好きと呼ばれるだけあって、地道な努力けいけんちかせぎの末に自分のキャラがどんどんレベルアップして強くなるという構造を好みます。

 しかし、『HMFL』ではプレイヤーキャラクター自体はほとんど成長しません。正確には、下級から上級に昇格したときと超級と認められた際、それぞれ“守護のお守り”、“攻勢のお守り”と呼ばれる特殊アイテムがもらえて、素の防御力と攻撃力が+20されますが、恒久的直接的な強化はそれだけです。

 無論、より高品質な武器や防具を装備すれば攻撃力や防御力は相応に上がりますが、だからと言って、よくあるMMO-RPGのカンストプレイヤーのように「最初のダンジョンのボスキャラに殴られてもHPが1桁しか減らない(しかもHP自体5桁近くある)」などということはありません。

 プレイヤーがゲームで最初に挑む巨獣アストーラス程度の敵に、完全装備の超級狩猟士が対峙したとしても、ボサッとしていたら(あるいはプレイヤーの腕前がヘッポコなら)、倒される可能性は少なからずあるのです。

 逆に超級にまで達するくらいのベテランプレイヤーなら、裸一貫で店売りの一番貧弱な武器しかなくても、アストーラスくらいなら瞬殺(言葉のアヤです。攻撃力の関係で2、3分はかかります)するのも難しくはないのですが。

 つまり──現実リアルのプレイヤースキルが一番重要になります。


 このシステムは、ゲームに緊張感をもたらすとともに、ゲームバランスの設定を非常に困難にします。

 「レベルを上げて物理で殴ればいい」はゴリ押しやクソゲーの代名詞ではありますが、同時に(プレイスキル)弱者への救済措置でもあるのです。レベル20で倒せないボスでも、ほかの場所を回ってレベル25までキャラを育てれば楽に倒せる──そう思えば(そしてそれが事実なら)プレイヤーもプレイするモチベーションを保ってくれるでしょう。

 しかし、そういった成長要素を排したシステムを構築すると、キャラクターではなく“プレイヤー自身のプレイスキルの成長”が必要となるのですが、これはメーカー側としてはかなり読みづらい要素です。

 凡百のメーカーは、『HMFL』クローンを作る際、このバランス設定を誤り、あるいは安易にレベル制を導入したりした結果、結局大半のプレイヤーに早々に飽きられてしまいました。

 それらが廃れる中でも生き残った本家コンプス、そしてナゴムット(『デビルイーター』のメーカー)、EIKO(『討魔録』のメーカー)はさすが老舗と言えるでしょう。


 そして──「『HMFL』がRPGではなくアクションゲームである」ことは、牧瀬双葉氏……いえ、リーヴ嬢(本人は「嬢ってガラじゃない」と嫌がりそうですが)の今後の狩猟士としての暮らしについても、大いに影響を及ぼすのでした。


  * * * 


 あれから部屋でひと休みして色々と現状や今後の予定なんかを考えた結果、「とりあえず元の世界にほんに戻ることは難しそうだから、当面は狩猟士として生きていく」という結論に達していた。

 なにせ文明レベルがレベルなので、異世界がどうとか転生がどうとか言っても、大半の人に理解されるとは思えない。せめて大異変前の魔法文明全盛のころなら、あるいは何とかなったのかもしれないが……。

 そして、宿に部屋を借りたことで改めて気づいたんだが──今の自分は、着衣と防具、武器以外は、本当に着の身着のままの状態なのだ。

 出現(?)したのが町のすぐそばで、かつ財布や登録証入りのポーチがベルトに付いていたのは本当に幸運だった。

 所持金が尽きる前に、早急に生活基盤を構築するべきだろう。


 この体は随分頑健なようだし、荷運びとか農作業とかの力仕事もやってやれないことはないだろうが、やはり折角持っている“上級狩猟士”の資格を活かさない手はない。

 無論、長年愛好していたゲーム(とそっくり)の世界に来れてワクワクしているという部分がないわけではないが、同時に「これはゲームでもなく遊びでもない」という現実じじつもキチンと理解はしているつもりだ。

 幸い協会側にはリコッタ嬢を通じて、「上級までいったけど負傷で心身ともにポンコツ化して能力下がってるよ!」的な説明はしてあるから、いきなり凶悪な上位巨獣を狩れなんて無茶ぶりはされない……はず、だよな?

 当面は、巨獣まではいかない大型の食用動物狩ったり、薬草や茸の採集をしたり、ちょっと危険だが鳥系巨獣の巣から卵を盗み出したりして、ちまちま稼いでいけばいいか。


 「よし。そうと決まれば、まずは腹ごしらえだ」

 さっき屋台で串焼き肉を食べたばかりだとは言え、この巨体にはあれっぽっちでは、満足できなかったらしい。

 ──いや、そう言えば、「狩猟士になる素質のある人間は、基礎能力が高い分エネルギーが大量に必要で、空腹になるのも早い。だから、クエスト中もあんなに頻繁に焼肉や焼魚を食べるのだ」なんて考察を、『HMFL』のWikiで見たことがあるな。

 もし、それが事実だとすると……もしかして、このリーヴもエンゲル係数が異様に高くなる!?

 マズい。これは「この世界に慣れるまでのんびりサブクエでちまちま金策」なんて言ってる場合じゃないかもしれないな。

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