牧瀬双葉は転生超人である──ただしチートはない

嵐山之鬼子(KCA)

第一部 転生編

第1話 スタンピート(爆走)

 「人がゴミのようだ」とは、とある悪役の著名な慢心セリフ(兼負けフラグ構築ポイント)だが、眼下の現状を表現するにも、先ほどのセリフほど的確なものはそうないだろう。

 すなわち……。


 「ひぃ、く、来るな…(DOKAAAAAAN!)…ぐへっ!!」

 「ちきしょう、ハロルドがヤられた。至急援護をたの……(BAKOOOOOOOOM!)…へげぁッ」

 装備も含めて総重量が100キロを軽く超えているはずの成人男女たちの体が、どこぞのボクシング漫画のフィニッシュブローを食らったが如く、軽々と宙に舞っているのだ。

 さすがに頭(というか顔)を下に真っ逆さまに落ちるような御約束ヘマはしていないようで、今のところ命に別状はなさそうだが、この状況があと半時間も続けばそれも怪しい。


 (そもそも、いくら完全武装してるからって、「森○くんふっとばされた!」をリアルに体現して生きてるだけでも、十分人間ばなれしてるよなー)

 殺伐とした“現場”にそぐわぬいささか呑気な感想を脳裏に抱く──もっとも、その意味では自分も似たり寄ったりのインチキじみた存在ではあるのだが。

 「(はぁ~、この仕事、やっぱり断るべきだったかねぇ)ハーレィ、そろそろ矢が尽きる」

 半ば後悔とも諦めともつかぬネガティブな感慨を抱きつつも、口調だけは至極真面目に、相棒……というほど親しくもないが、それでも時折“仕事”で一緒になる、それなりに気心の知れた青年に声をかけておく。

 「こっちも弾数の残りが心もとないな。これまでに何頭倒したっけ?」

 「私とお前で合計9頭だ。一応、規定の討伐数には、あと1頭で届く」

 「引くか? もっとも、素材回収ができる状況じゃねぇから、矢弾代の分、討伐報酬だけじゃあ赤字に近いが……」

 正直、身の安全と面倒くささを天秤の片方に乗せるなら、それもアリかと思わないではないが、生まれ育った環境からくるメンタリティが、あちらこちらに散らばる“素材”──メガバフズ(大型野牛)の死体を放置して帰ることに、強い拒否感を覚えてしまうのだ。

 (「お残しは許しまへんでー」ってか?)


 メガバフズは茶灰色の野牛バイソンをふた回りほど大型にしたような動物だ。全長は5プロト(=メートル)弱、体高も3プロト近くあり、普段はのんびり草をんでいるが、いったん敵を認識すると、その巨体を活かした体当たりで執拗に攻撃してくる。

 肉は少々硬いものの美味だし、毛皮や骨、角なども加工素材としてはなかなか優秀で、総体的に見て利用価値はかなり高い。

 一般人が相手にするのはかなり危険度が高い……というか、単独ではほぼ自殺行為だが、狩猟士ハントマンであれば、1対1ならノービス(駆け出し)であっても、多少時間はかかるかもしれないがそれほど苦労せずに狩れる獲物だ。

 ──そう、「1対1なら」。

 普段は食餌量の関係かあまり群れることのないメガバフズだが、さすがに繁殖期には1ヵ所に集結し、つがいの相方を見つけようと、いわば集団お見合いに近い様相を呈することがある。

 人間側としては、この絶好の機会を逃すわけもなく、その“お見合い会場”に狩猟士の一団を送り込んで濡れ手に粟の大儲けを狙うのだが……。

 たとえ1頭でも、まともに食らえば車●飛び必至のハリケ●ンミキサーもどきを、十数頭相手に四方八方から食らえばどうなるか──その答えは、今目の前にあった。

 あるいは熟練者が、それなりの重装備に身を固め、かつ崖を背にするなど見えない場所からの奇襲を防ぐポジショニングをしていれば、突撃を受け止められる可能性は十分あるが、ノービスをやっとこ卒業したような、アプレンティス(下級)になりたての狩猟士達では、そこまで望むべくもない。

 ──え? 「その事を教えてやらなかったのか」?

 無論、出発前に伝えはした。

 とはいえ、今回一緒に“仕事”することになった4人組は、アプレンティスに昇級したばかりで、まだまだ経験も浅い。とくについ先日、初めて「蹄獣種」の巨獣、アストーラスを撃破したばかりで少々調子づいていたことも、悪い方向に働いたのだろう。

 「あのアストーラスを倒せる俺たちが、ちょいと大きな牛相手に警戒する必要はない」とでも思ったのかもしれない。


 「まったく……なんで、マスター(上級)クラスの俺たちが、わざわざ武器を飛び道具に持ち替えて参加してるのか、わからんもんかね」

 高台の上から弩砲バリスタを撃ち続けてるハーレィが溜息をついた。

 「想像力には各人によって限りがある。その限界を超えた事態には、人はなかなか対処できないものなのだろう」

 同感ではあったが、多少は新米連中を擁護するようなセリフを吐いてから、今いる大木の枝に使用していた長弓ロングボウをくくりつけ、念のためにと持ってきていたもうひとつの武器を手に取る。

 「片手剣グラディウスか。盾がないみたいだけど大丈夫か?」

 「どのみち、メガバフズの突進は、小盾バックラーくらいでは受け止めきれない。かわすしかないのだから、問題はない」

 わずかに心配げな表情を見せるハーレィに対してそう返すと──タイミングを慎重にみはからって、木の上から飛び降りる!

 “ゲーム内で何回も経験した通り”見事にメガバフズの1頭、それも残っているなかでもひときわ大きな個体の背に、巧く飛び乗ることができた。

 メガバフズなどの多くの蹄のある草食獣にとって、背中というのは色々な意味で死角にあたる。“第5の肢”とでもいうべき長い鼻を持つ「鼻操種」や体の柔らかな「剣牙種」ならともかく、体の構造上、蹄獣種には頭のすぐ後ろの背部を攻撃する手段がないのだ。

 あえて言えば、その場で寝転がって横向きに一回転でもすればどうにかなるかもしれないが、この乱戦というのもおこがましい混沌とした場で、そんなコトをすれば自分も即、他のメガバフズに轢かれることになるだろう。

 頃合いを見て、首の後ろ延髄に相当する場所に鋭く尖ったグラディウスの先端を挿し込み……。

 乗っている個体がビクンと痙攣した瞬間、近くを並走──もっとも本人(本牛?)にそんな気はないだろうが──していた別の個体の背に飛び移る。

 3メートル以上の高さで5メートル近い距離、しかもふたつの巨体が最接近するタイミングを見計らって跳ぶというのはなかなかシビアだったが、どうにか成功させることができた。


 そこからは、ある程度メガバフズの数が減るまで同じことの繰り返しだ。

 6頭ばかり倒したところで、いくら興奮しているからとはいえさすがにヤバさに気付いたのか、それとも単純に数が減って面積あたりの密度が下がったせいか、手近に乗り換えられる牛が見当たらなくなったが、その分、先程までボーリングのピンみたく跳ねとばされてた連中が息を吹き返す。

 そう、落ち着いて対処すれば、あれでも一応狩猟士のハシクレ。巨獣でもない相手にそうそう遅れをとることはないのだ。

 「あとは正攻法で十分だろう」

 さっきまでとは逆に、近くに他の野牛がいないことを見計らってから、しがみついている個体の急所を貫いて倒す。

 生命の灯が消えるとともにガクリと膝を折るメガバフズから、あえて慣性に逆らわず投げ出されるまま飛び出し、前回転受け身の要領で着地。すぐさま四方に視線を走らせ、敵味方の現在位置を見極めて、そのうち一番近くで背を向けているメガバフズにダッシュで接近する。

 この大きさの動物に正面から立ち向かうと、いかにマスタークラスの狩猟士といえど、片手剣ではさすがに「急所をひと突きで倒す」というわけにはいかないが、まぁ、その辺りは工夫次第だ。

 走る勢いを殺さぬまま剣を振るって左後ろ足の腱のあたりを深く切り裂き、返す刀で(いや、剣だけど)で左足にも切りつける。そちらは少し浅くなったが、それでも後肢に力が入らなくなったメガバフズはまともに立つこともできない様子だ。

 チラリとそれを確認したところで、あえてトドメは刺さずに別の獲物を探して駆け出す。

 ひとつところに留まっていると、かなり減ったとはいえほかのメガバフズの突進に巻き込まれかねないからだ。


 ──ガスッ!


 周囲に気をつけているとはいえ、それでも時折、野牛の突進が脇をかすめ、あるいは僅かに接触していくこともあるが、まともに跳ね飛ばされないなら「この程度は」問題ない。


 (……と言っても、コレ、下手な小型乗用車に跳ねられた程度の衝撃はあるはずなんだが)

 一度だけならともかく、二度三度とその衝撃をくらっても、たいしたダメージも負わずに動き続けられるんだから、つくづく狩猟士ってタフだよなぁ──と、他人事のような感想を思い浮かべつつ、ひたすら残った10頭弱の野牛狩りに精を出す。


 おおよそ十数分後、(最初にビリヤードの玉みたくなってた新米連中も含め)たいした怪我人も出さずに、今回の“依頼しごと”は無事終了した……と思いきや。


 「この大量の牛を解体さばかないといけないのか……」

 「そこそこ苦労したんだし、ボーナスできるだけもらっとかないとな」

 さっき狼煙玉を使ったんで狩猟士協会の運搬班の搬送馬車が間もなく到着するはずだから、メガバフズの死骸全部を自分で運ぶ必要はないが、逆に協会の馬車に載せた時点で、狩猟士個人は獲物の死骸に手を出せなくなる。

 一応、協会の受付で報酬金を受け取るときに、ご祝儀として雀の涙ほどの“おすそ分け”はもらえるが、それとは別に狩猟士は、馬車が到着するまでに自分で解体した分の獲物の素材等は持ち帰ってよいという決まりになっているのだ。

 つまり──時間との勝負なワケだ。

 「あぁ、クソっ、5等級生物のクセに、なんでコイツらこんなに硬いんだ」

 ボヤくハーレィだが、文句を言ってるわりにその手つきは迅速かつ正確だ。下手すると……いや、下手しなくても協会で正規の解体講習を受けて三級解体士の資格を持つ自分より巧い。

 「何となく、「ここをこうすればいちばん簡単に切れる」ってのが勘でわかるんだ。それに、お前さんもかなり速くなったじゃないか、あっちの連中を見ろよ」

 ああ、確かに、新米組は4人いる割に呆れるほど手際が悪いな。

 これまで大型草食獣の解体をこなした経験がないのか、もしくは極端に少ないのかもしれない。


 「──っと、そろそろタイムリミットか」

 “常人離れした”聴力が、この窪地を囲むように生える灌木の林の向こうから接近してくる馬車の疾走音を補足した。

 ほどなく犬橇のように縦に繋がれた2頭の馬(ただし、現代日本の競馬場などで見られるサラブレッドの1.5倍近い体格と遥かに太い四肢を持つ“スレイプニル”と呼ばれる品種だ)に牽かれた協会所属の搬送馬車が姿を見せた。


 「ひゃっはー、コイツぁ大漁だ。この依頼、ハーレィさんとリーヴさんに請けてもらって正解ッすね」

 先頭の馬に乗って来た狩猟士協会の職員が歓声を上げる。モヒカンヘアと素肌に革ベストという格好のせいで、パッと見は世紀末世界のならず者にしか見えないが、これでも御者(?)としての力量は高いし、いざという時(=道中、大型動物などに襲われる時)に備えて下級狩猟士としての資格も持っているのだ。


 「ちょ、ちょっと待てよ! そこのふたりの上級狩猟士だけでなくて、オレたちだって頑張ったんだぜ?」

 3頭目の解体途中でもたついていた四人組のリーダーらしき青年が、抗議の声を上げる。単なる自己顕示欲だけでなく「だから、コイツを解体するまで待ってくれ」と言いたかったのだろうが、職員は非情だった。

 「へっ、半分以上が矢か弩弾ボルトで倒されてるじゃねーか。それ以外の獲物も半分近くは傷がつき過ぎて商品価値が下がってるし」

 「ぐぬぬ……」

 四人組はリーダーと紅一点の女性が両手剣グレートソード、ひとりが大槌ハンマー、もうひとりがアックスを装備している。どれも一撃の威力重視だが、その分、機動性にやや難があり、メガバフズの群れを相手にするにはあまり向いていない武器だ。

 今回の狩りでも、その欠点がモロに裏目に出た形だ。その挙句に焦ったせいか、あるいはまだまだ未熟なのか、1、2撃でメガバフズを斃せず、何回も攻撃して獲物を無駄に傷つけてしまっている。

 「まーまー、この場で細かいこたぁ、言いっこなし。さっさと積んで町に戻ろうぜ! 俺ァ、さっさと熱々のバフステーキ食いたいんだ」

 パンパンッと掌を叩いたハーレィが明るくそう言って割って入り、ちょっと剣呑になった場の雰囲気を霧散させた。この辺りの機微はさすがだな、と感心する。


 ちなみに──馬車への野牛の積み込みはこの場にいる全員で手分けして行うことになる。俺とハーレイが各3頭、四人組が合同で2頭を解体して、必要な素材を採ったが、それ以外にもメガバフズの死骸はまだ10頭近く残っている。

 いくら搬送馬車がデカい(現代地球の4トントラックの積載量ぐらいありそうだ)からって、これが全部載るものかと思ったんだが、そこは職員モヒカンもプロ。どういう積み方をしたのか、とりあえず9頭を馬車に載せてしまう。オープンタイプの荷台カーゴの縁より遥かに高く積み上がっているのに、簡単には崩れなさそうなのが、職人芸プロのワザマエを感じさせるな、うん。

 さすがに往路よりは格段にスピードが落ちるが、それでも常人の駆け足よりなお速い程度のペースで馬車が動き出す。

 完全武装のままそれに追随して走る自分の──いや、“自分たちの”人間離れっぷりを痛感しつつも、“前世”でよく聞いた「家に帰るまでが遠足」というフレーズを思い出す。

 そう、“これはゲームではなく現実”なので、猟果を満載した馬車が町までの復路で肉食獣や野盗に襲われないとも限らない。だから、その護衛のためにわざわざ伴走しているのだ。


 (はぁ……今更言っても仕方ないけど、どうせならもう少し殺伐度の低い世界に転生うまれたかったよ)

 いや、選択の余地があるなら、そもそも“異世界転生”なんて経験したくもなかったのだが。


 私は、特注の背負子に載せた推定500キロ近くありそうな荷物(メガバフズを解体した肉とめぼしい素材)の重みに内心溜息を洩らしつつ、馬車から遅れないよう走るペースを上げるのだった。

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