第19話 竜峰神殿
【竜峰・白い渓谷】
数少ない緑がある【竜人の集落】がある黒い山の洞窟から【神殿】に繋がる道を歩き、やがて抜けると
万年雪が積もる標高の高い峠に囲まれた白い渓谷がある。
渓谷の岩から崩れた【氷晶石】は雪解け水の川を流れ、削れ【獣人族の村】の住人が回収し、見た目から【溶けない氷】と言われ行商に高価な値段で取り引きされている。
そんな【白い渓谷】の道を真っ赤な血で濡らす少年。
昨日あった時とは違い、トカゲの鱗の様な質感で、黒とは違う、髪と同じく濃い灰色の胸当てをしている。
「「「!?!?」」」
【神殿】に向かうマルキーナ夫妻とフィオは驚いた。
フィオは慌てて駆け寄ろうとすると
「はぁいひょうふ…ふふお〜…ふぃっふぇ〜」
いつか聞いたような空気が引っ掛からない音。
それを発した血だらけの少年ノーブルは立ち上がる。
立ち上がると倒れた身体の下敷きになっていた、少年と同じくらいな身長をした【黒い岩の棒】が見えた。
「ふぁっ…へ…」
【黒い岩の棒】を引きずりながら歩きだした。口を手で押さえモゴモゴしている。フィオはノーブルが血だらけ口を手で抑える前にチラリと見えた。
口の中に歯がほとんど無かった。
「ッ…?!」
ズルズルと【黒い岩の棒】と痛ましい身体を携えた少年にマルキーナ夫妻もフィオも固まってしまった。
その状態に気付いたノーブルは立ち止まり、向き直ると
「あれ?【神殿】に行くんでしょ?一緒に行きましょう。」
そういって昨日と【同じ】白い歯がキッチリ揃った笑顔を振りまいた。
そう言って再び歩き出すノーブル。混乱した一同は【神殿】辿り着くまで終始無言であった。
しばらくすると顔にひんやりとした空気が撫でる。
そして聞こえてくる音と振動。
【竜峰神殿】
【白い渓谷】を終着点。
上は空が見えない断崖絶壁。
地上は周りから落ちる大滝のドドドドドという音と飛沫から起こる霧に包まれる。
両端を大滝の水量に削られたのか岩の1本道。周りを囲む滝の湖である。
岩の一本道の奥には断崖絶壁が大口を開けた様な洞窟の入り口がある。
洞窟の入り口から中にまで白い氷を思わせる【氷晶】の大柱が数え切れない程並ぶ。
洞窟に入ると滝の音が一気に静まる。
入り口から漏れる光と樹液の燭台の光のみ薄暗い道をしばらく歩く。
すると進行方向から日の光が見える。
光の先へ初めて辿りついた者は皆絶句する。
まるで丸い型で穴を開けたような崖と大穴と丸い天窓のような青空。
塔の内部と言われても不思議ではないが階段はない。一階という表現が正しいかは謎だが階層はない。
円の向かい側にいる人は石粒に満たないほど小さく見える程、日の光が差す円状の大穴は大きい。
入り口から続いた道も此処からは円形の【回廊】である。
大穴に落ちないための手すり程の高さの塀と
天井を支える数え切れない柱が連なる道を住む人は【大穴の大回廊】と呼んでいる。
【竜峰神殿】の内部を上から大雑把に見ると【取手付きの虫眼鏡の形】になるだろう。
そんな【氷晶】でできた【大穴の大回廊】の白い壁側には円から生えるように入り口とは別の廊下の入り口ある。
その廊下から【竜人の集落】が使う【集会の間】や
【冥神】の使いなどを迎える【歓待の間】
宮殿を管理する者の【番人の間】【巫女の間】など
様々な用途で使われる部屋に辿り着く。
その部屋のどれにも【集落】では滅多に見かけない【木造の扉や家具】【鉄の燭台】などが置かれている。
一見は豪華で神々しい砦だが、集落が住むには周りに草木も無く、家畜も養える環境ではないことと、冬は滝が氷瀑となり道を塞ぐなど問題点が多いため難しい。
そんな【竜峰神殿】に辿り着いたノーブルとフィオ、マルキーナ夫妻。
【大穴の大回廊】で血だらけのノーブルを見つけた老齢な竜人の【番人】が叫びだす。
「ノーブル様ああ!?昨日の夜からお帰りにならず…それどころか…おっ…お怪我をなされたのですか!?」
番人の竜人が心配する。【竜峰神殿】に至っても布生地一枚の纏ったような服?は変わらないらしい
「ん?ああ、鼻血と歯が抜けて派手に血が出てるだけで大丈夫だけど…このままはマズイよね…【歓待の間】に行ってくるよ」
そういってノーブルは平気であると笑顔で答える。顔は血だらけなので頭おかしい人にしか見えないため怖い。
「そっ…そうですか……ん?マルキーナか…するとフィオか…大きくなったもんだ」
「はっ…はい!」
本来は竜人が行う成人の儀で初めて訪れる【竜峰神殿】だが、フィオは先程からスケールが大きい景色が多過ぎて震えていた。
「ふむ、マルキーナご苦労だった、後で【族長の間】に顔を出したら戻っていいぞ」
「はい、分かりました。よし…じゃあなフィオ、成人までしっかり務めたら子供作りに戻るんだぞ?」
そういって肩をポンポン叩く
「はい」
何年も似た内容を言われ続けたため、特に間も無く返答すると
スンッ
という音と共に【大穴の大回廊】が映っていた視界に黒いモヤが入ってきたが、それは瞬きの間の一瞬
バギギギギッ
といつの間にかマルキーナの前に走ってきていたノーブルが黒いモヤの正体だと認識した時にはノーブルは再び黒い残像のようにブレて
ギィィィィィィィィィィンッという甲高い音と白と黄色の織り成す火花を撒き散らすながら
「ゥヴボッ…!!??」
空気以外の物を含んだ様な呻きをあげ吹っ飛ばされていた。
【大穴の大回廊】白い回廊に舞う赤い斑点、それを残しマルキーナ夫妻と番人、そしてフィオから少し離れたところまで吹っ飛んだノーブル。
そのまま白い床にバチンッという音と共に体を打って【黒い岩の棒】を正面に抱えた状態でゴロゴロゴロと転がっていく。
転がる勢いが弱くなったところで、今度はその勢いで体を起こす、殺し切れなかった反動で軽く仰け反ると、すぐに力無く膝をついた…
「あ…あっ…ああああああああああああがぁあああああ!いッ…っでぇぇええええ!!あああ!ああ!もう!ジッ…しッ!師匠!!待ってください!!!」
叫ぶノーブルの視線を追うと、先程マルキーナの前に立ったノーブルの位置に
顔半分が赤い傷跡に覆われた大きい老剣士が立っていた。
「………」
喋らない、こっちが何か喋っても許されないそんな空間。
「「「「…」」」」
ノーブル以外の4人は突然の襲撃に固まっている。
ノーブルは【黒い岩の棒】を持った手が麻痺しているのかプルプル震えている。
「ああああ…クソ…受け身失敗したぁ…!…ゲホッ……うそ…内臓やられてる…コレ?…絶対この武器僕に合ってないって…あのくそドワーフ…ゲホケホ…って違う違う…」
ノーブルは【黒い岩の棒】を抱え何やら1人でブツブツと呟いていたが気を取り直して、老剣士を睨む
「はぁ…師匠…なんとなく分かりますが…僕の目的もあって【竜峰】に入れたんです…あまり感情で動かないでください…」
そうノーブルが伝えると…
「……………………………ふぅうぅう、…ふぅ…その通りですね、ノーブル君…どうも私にもまだ【若さ】が残っていたようです。」
老剣士は深く息を吐き、そして軽く微笑み、優しい声を出した。顔の傷跡さえなければ【大きくて優しいお爺さん】という印象で伝わるかも知れない
そんな老剣士の様子にノーブルはため息を吐き
「はぁ…また後で話しましょう…この場ではちょっと…」
そう言って膝をついたまま周りを見渡す。
先程の【何かが衝突する音】と【ノーブルの叫び】に【神殿】にいた番人や巫女が何事かと他の廊下から【大穴の大回廊】に顔を出し始めた。
その様子を確認した老剣士。
「…そのようですね、ノーブル君、私はしばらく部屋に篭ります。今回の件は君に任せっきりなってしまうでしょう、……よろしくお願いします。」
老剣士はチラリとフィオを見ると、直ぐに向き直りノーブルに頭を下げる。そして顔を上げると周りにグルッと見渡すと
「皆さんにも…お騒がせして申し訳ありません…ではこれにて…」
胸に手を当て深く頭を下げると【大穴の大回廊】から1つの廊下に曲がり去っていった。
「………………………………………ふぅう」
老剣士が見えなくなるとノーブルは震える腕と共に【黒い岩の棒】を床に置いた。
「………………なんだったんだ?」
マルキーナは一連の行動にただ呆然と誰に問うまでもなく、心を口にする。
その姿を見たノーブルの目に感情はない【静穏】を求める彼は【起こったであろう喧騒】を回避し、ただ満足した。
「…えっと…マルキー…ナさん?申し訳ありません」
急な謝罪に目を丸くするマルキーナ。一昨日の深夜に【竜人の集落】に辿り着いた時点でほぼ確定だが、彼は子供とはいえ【冥神のハーディス家】である。
この500年、閉鎖的な生活を送っている数少ない竜人族が【奇病】【災害】などで絶滅しないのは、その度に【冥神の一族】が干渉し過ぎない程度に手助けをしていたからである。
故に竜人族はノーブルに無礼は働けない。そんな相手に謝罪されしどろもどろになっていると、マルキーナの妻が悲鳴をあげた。
「あっ…!?あなた!血が!首に血が!?切れてるわよ!!?」
「ええッ…!?」
そう言って首に手を当てるとヌルッとした感触、慌てて当てた血を見ると真っ赤であった。
「うぉおッ…!?なんだ!?」
周りがざわつき、フィオも口を抑え目を丸くしていた。
そんな周りの【喧騒】が起こりだした状況にノーブルは小さく舌打ちするとマルキーナの動揺は無視して、語る。
「…マルキーナさんは僕が【集落】を出るまで【神殿】には近づかないでくださいね」
「な…なんでだ!?」
「その傷で分かるでしょう?…僕が間に入って受け流さなかったら、斬られてましたよ。」
そう言ってノーブルは自分の首辺りを手刀で振るジェスチャーを送る。
それを見て青い顔をする、マルキーナ夫妻。
「なんでた…なんでオレが…」
「貴方と同じですよ」
「「えっ?」」
その言葉にポカンとするマルキーナ夫妻。ノーブルは未だに痺れが残ってる腕を気に入らないのかプラプラさせながら伝える。
「フィオ」
「…え?なっ…なんでしょう?」
浅いとはいえ血が結構な量出ているマルキーナにノーブルは平気そうだか腕がどんどん赤く腫れ上がっている。
「あの人がフィオのお父さんだよ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
その反応に苦笑するノーブル。
「お父さん」
フィオに教え込むように繰り返す。戸惑うフィオ。やがて口を開く。
「……ぇえ?…っと……あの…そのっ!ごめんなさい!!」
「へぁ?……んん?…なんで謝るの?」
ノーブル的には「えええええええ!?」みたいな反応を予想していたため、自分が驚いて変な声を上げる。
「その…お父さん?ですよね…?その人がノーブル様を…だって…腕とか…だっ…大丈夫なんです…じゃないですよね?…こんな赤いし…指え…おかしいよね…反対に向いてるよ!?」
「…」
「もう…もう…ノーブルもおじさんも血がいっぱいで…お父さんに【マケタ】から?…えっと…え?ワタシのお父さんが【カッタ】の!?…えっと…ワカンナイ…やっぱり…ごめんなさい…っとしか…っ…あっ…あ…」
「…」
「えっ…あっあっ…床キレイで白いのに…血の赤いので…汚れて【シンデン】って…ダイジで…【ミコ】なったから…そうじするんだっけ?…ええとどうやって」
「…」
「…えと【ミコ】やって…それにコドモつくるの?だっ…け?…リオが産まれた時みたいに?血がいっぱいでおばさん叫んで…でも血はそうじして…えっ?ノーブル!ノーブル!腕が青いよ!なんか変な色してる!?…ええ?ああ…もう…なになになになに…もうわたし…ワカンナイヨ…!ワカンナイ…オシエテョオオオ…ゥあっ…あああああゥゥああああああああああああああああああああああああああン!」
「…」
混乱の極みに達したのかフィオは眼から大粒の涙を流し、呼吸が苦しくなって嗚咽しそれでも大声をあげて泣き出した。
それをただただ見つめる座ってノーブルは肩がプルプルと震えている。
マルキーナ夫妻を首の傷を忘れて驚愕の瞳でフィオを見ていた。
((この子が泣くとこ初めて見た…))
いつも聞き分けが良く、マルキーナ夫妻とその息子たちのいう事を聞いて、家ではむしろ実の息子たちが騒がしく煩わしかったくらいだ。
「……わっかんないよねぇ…」
そうノーブルが【心の底から】呟いてしまった。眼の前で感情を放流しまくるのが羨ましくて、自分もこれくらいいいかな…と。
「ぅうあああ!ワカンナイよおおぅう!【お母さん】も【ホン】もお【お父さん】もぉおおぉおああ!!ノーブルう【ホン】分かるんでしょォオぉお教えてよぉおぉおおお!!??」
「ああ…【オレ】もさぁあ…わっかんないよぉ…なんか【蛇】が吐いたのが【ミスリル】かと思ったら【あの子】の呪いとおんなじ墨の素材でさあぁ!神さまぁああああ残念ハズレですってかぁあああああ!」
「なぁああああああああああああ!ノーブルまた分かんないこと言ったぁああああああああああああ!うあつ…えぐっつ…ング…ワ…ワワタシ知らないヨォぉおぉおああ!」
「うるさぁああああああああああああい!!?オレはちゃんと分かるように頑張ってるのぉお!!めっちゃ暗い所に落とされてさぁああああ!【南部】って知ってる!?!なんかいっぱい死んでてさぁああ!!!オレも何回か死んだわああ!!なぁああああにが【静穏】だ!【隠す恩恵】も【還る加護】もぜぇぇええんぶ邪魔くせぇぇええ!!??」
「知らない知らないしらなぁあああああああああい!!!死んでたあ!?生けてるじゃん!!!嘘つきいいいいいいいい!!!」
「ドワーフのクソじじいと師匠がいなかったらマジで死んでたわ!!師匠!?あんのクソじじいィいい?お前のお父さんかあああああ!!お前のお父さんのせいで歯が毎回飛んでくんだよ!!オレが母さんの指輪食ってなかったらオレなんか喋れなくなってたんだぞぉおぉお!!もうヤダぁああああ!!」
もらい泣きしたどころか逆ギレを起こし出すノーブル。彼も色々限界だったのか眼から鼻から口からボロボロと液体が流れ出る。
「うわああああそんなの知らないよぉおぉおぉお!お父さんのごめんなさいしたよおおおお!!お母ざんなら!!わたしだって…だっ…うわああああ分かんないいいよぉおぉお!!??」
「「うわあああああああああああああああああ!!」」
2人揃って泣きわめく、泣くことを自体が情けない自分の泣く原因になっている混沌とした心は収集がつかない。
そんな小さな【剣士】と【巫女】の姿を、周りは声をかけようもなく、子育てを経験したものは力尽きるのを待つしかないと大回廊から離れる。
子供らしく抱きしめ宥めようするものをいたが、2人は泣きながらお互いの両手を握りしめていた。ノーブルの指が更に可笑しな方向に向かっていたが、「先に逃げるんじゃねぇよ!!」と頑なに離れず、身につけてる衣類がビショビショに濡れた頃、白いの布生地が透けてほぼ全裸のフィオを意識したノーブルが【歓待の間】に引き連れていくまで2人の【慟哭】は続いたという。
【竜峰神殿】の【大穴】はその子供たちと同じ様に【竜】が【慟哭】を埋めるために作ったのかも知れない。そんな【竜人族の物語】が王都の子供たちに語られるのは、もう少し先である。
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